闇にもまた光は注ぐのだと知った
第9話
クリスターの背中に乗り魔界城へと向かう道中、クリスターは、無言のまま飛び続けていた。
今までのクリスターなら、わたしの心を読んでペラペラといらぬ話をしてきたが、さっきの言葉通り心を読んでいないのか、ずっとこんな調子だ。
これはこれで、なんだか心地悪いような気もするが、ずっと心を読み続けられるのもやっぱりイヤなので、これに耐えるしかない。
そのうちに、森を抜け視界が開けると、遠くに聳え立つ山の頂上に大きな建物が伺えた。
「あっ、もしかして、あれが魔界城!」
「ああ。あれを見りゃわかるだろうが、あの山は、ほぼ直角の斜面をしているから、徒歩で行くのは無理なんだよ。力のない魔族は、到底、上れやしねぇ」
「すごいわね。あんた達がいなきゃ、絶対いけない所なんだ」
「わかったら感謝しろ~。特に俺にな。お前を運んでるのは、俺だからな」
「じゃあ、ブラクリーに頼むわよ」
「なに! あいつに渡すぐらいなら、感謝なんて、くそ食らえだ」
「はいはい。感謝してるしてる」
全くもって子供なんだから。どうにも、この二匹は、ライバル心むき出しなのだ。
しかし、息は合っているのだが、それを本人達は認めたくないらしく、完璧にハモりながら 『合ってねえ!』 と吠えていた。
『合ってんじゃん』 と心の中で突っ込んだのはいうまでもない。
「おい、そろそろ気配消さねえと、面倒な奴らに見つかるぞ」
山の山頂まで来ると、少し後ろを飛んでいたブラクリーが、前に詰め寄り声をかけてきた。
下には、薄いピンクにも紫ともとれる湖が広がり、その中心の孤島に、魔界城は聳え立っていた。
「わかってるよ~。今、俺も、そうしようと思ったところだ」
なにがどう変わったのかわからないが、二匹は、先ほどと、なんら変わりなく飛んでいる。
「ねえ、なにが変わったの?」
「はぁ?」
「気配消すって言ったけど、なにも変わってないわよ」
「言葉通り、気配、消してんだよ」
「なにそれ?」
「だから気を消して、下級魔族に、気付かれねえようにしてんだよ」
「そんなことできるの!」
「俺らを舐めるなよ。これでも、ルキフェル様に仕える魔獣だ。そんじゃそこらの雑魚と一緒にしてもらっちゃ困るってもんだ」
「へ~」
さほど感心もせず返答をすると、クリスターの機嫌が悪くなった。
「お前、信じてねえだろ! 俺は、この魔界で五本の指に入る魔獣なんだぞ!」
「テメェー静かにしやがれ! 気付かれんだろが!」
「うっせえ! こいつが俺の実力を甘く見やがるからだな!」
「そんなこと、今はどうでもいいだろ! 雑魚に見つかったら面倒くさいだろが!」
「あんた達いい加減にしなさい! もう、手遅れよ!」
先ほどまで静かだった湖が、怪しく波打ちうねり出す。
そこを中心として水から現れたのは、絶世の美女といっても過言ではないくらい美しい美貌の髪の長い女性だった。
その美しさに目を奪われ、声も出せず魅入ってしまい、頭の中がボ~っとする。
「卯乃香! しっかりしろ!」
ブラクリーの声にハッとし我に返ると、もう少しで、クリスターの首から手を放し、落下寸前だった。
あっ! 危なかった……。なに、今の?
「魅入るなよ! 惑わされちまうぞ!」
「なんなのあれは!」
「ルキフェル様に恋した、ウンディーネだ」
「四大元素、水の精霊が! なんでまた、魔王なんかに恋するのよ! あいつ精霊でしょ! 人間に恋するっていう話は聞いたことあるけど、魔王に恋するだなんてありえないでしょ!」
「あいつは可笑しいんだよ! しかも嫉妬深いから、お前みたいな人間の女を城に向かわすなんて許すはずねぇ」
「わかってんならなんで騒いだのよ!」
「お前が、俺を信用しねえからだろが!」
「テメェーらいい加減にしろよ! ごちゃごちゃ言ってねえで強行突破だ!」
「わかってるよ!」
ウンディーネは、わたしが思っていた優しいイメージをぶち壊すかのように怖い形相で、湖の水を、まるで大きな柱が天に聳え立とうとするように、うねりを効かせて立ち上がらせる。
「小娘ども! あの人の所になど、行かせわしないわ!」
イヤ――――――! どうしてこんな目に遭うのよ! 大体、わたしはルキフェルなんかに興味ないわよ! っていうか、ぶっ飛ばしたいぐらいなんだからね!
水を嫌う二匹は、高く伸び上がってくる柱の水を器用に避けながら前進する。
彼達にとっては必死だ。毛皮が濡れると、月光浴をして魔力を回復させなくてはならないらしく、だから、先ほども服を脱ぐといった行為にいたったのだが、今、この場で濡れてしまったら、たちまちウンディーネに殺られてしまう。
「ちょこまかと小賢しい!」
そんな声が聞こえてくると、柱だった水が意志を持ったかのようにうねり出し、まるで竜のように自由自在に動き出した。
うそ! なんで水が竜になってんのよ! イヤ―――――――! 追いかけてくる!
「クリスター早く! 後ろから来てる!」
「うるせえ黙ってろ! そんなのわかってんだよ!」
ブラクリーも、若干遅れ気味だが、必死に逃げている。
「ブラクリー! 二手に分かれんぞ! お前は左だ。俺は右に行く!」
「指図すんじゃねえ!」
「うるせえ行くぞ。スリー、トゥー、ワン、GO!」
クリスターのかけ声と共に、二匹は二手に分かれた。結局聞くのか! と突っ込みたかったが、今は、そんなこと言ってる場合じゃない。だって、水の竜は、わたし達の方へと追いかけてきたのだ!
イヤ―――――――――――――! なぜこっちを選んだのよ! あっ、そうか! あの精霊はわたしが標的なんだ! だからこっちへと向かってきているんだ。
もうイヤ! なんでわたしが、こんな目に遭わなくっちゃいけないのよ!
「きゃぁ!」
ザバンという水音と共に、先方の左斜め前から、竜の姿の水柱が立ち上がると、勢いよく、クリスターに突進してきた。追いかけられていたため、全力疾走で逃げるクリスターは、前からの攻撃に避けることができず、水流に飲み込まれる。
「アヴゥ!」
「ウブゥ!」
水をかぶりクリスターも、わたしも、かなりの衝撃を食らいながら吹っ飛ばされた。
「卯乃香! クリスター!」
ブラクリーの叫ぶ声を耳にしながら、湖の外へと飛んでいく。
クリスターの身体は、全身濡れぼそり、翼を羽ばたかす力も残っていない。
「クリスター!」
首にしがみついて叫ぶと、クリスターは器用に首と前足、翼を使い、わたしを腹に回すと、前足で抱きかかえ翼で自身の身体ごと包み込んだ。
「大丈夫だ。絶対、護ってやる」
苦しそうな声でそう呟くと、ギュッと強く抱きしめてくれた。
飛ばされ、地面に叩きつけられるまでの間、数秒だったに違いない。でも、この一瞬が、わたしにはとても長く感じられた。クリスターに抱きしめられることが、こんなにも落ち着かないなんて思わなかった。
胸が、キュンとなったのだ。
ドザザザザ―――――――――――――――――!!
と、大きな音と共に、周りの木をなぎ倒しながら停止すると、クリスターは、抱きかかえていた前足の力を抜いた。
「クリスター! 確りして!」
慌てて顔へと近づくと、クリスターの様子を窺った。真っ白の毛並みは土で茶色く汚れ、所々、地面や木で擦った傷を負っている。
わたしの方は、クリスターのお陰でどこにも傷はなく無事だった。
やだよ。ねえ、笑ってくれなきゃ、やだからね!
「わりい……」
か細い声で、クリスターは謝った。
ウンディーネにやられたことを謝りたいのだろうか? そんなこと、どうでもいいのに。
「なに謝ってんのよ! 確りしなさい!」
「結界、張れねぇ」
「はぁ? なに言ってんのよ! こんな時に!」
「お前の心、読んじまうから、離れてろ」
「バカ! そんなこと、今は、どうでもいいのよ!」
クリスターは、さっきの約束を破ってしまうことを気にしているようだ。こんな真っ当なキャラじゃないと思っていたのに、どうやら、あの約束だけは守りたいらしい。
でも、そんなの今はどうでもいいじゃないか。というより、今は、読まれることを承知で傍にいたい。そんな心境だ。
「魔力、完全に、失ったから……俺、暫く動けねぇ……すまん」
「もう! 謝んなくていいわよ! お願いだから死なないで」
「死ぬわけ、ねえだろ……心配すんな。俺は、お前を、一人にしねえよ」
そっと翼で包み直してくれたクリスターは、そのまま力尽きて眠ってしまった。
最後の一言は、効いたな……反則だよ。
弱音を吐かず、現実的な思考になったのは中三の頃からのことだ。それまでは、妖精や天使、魔物などの非現実的なものに興味があり、そんな本ばかり読んでいた。
なぜなら、現実逃避をしていたから。
両親の芸能事務所のタレントはわたしだけではない。わたしの仕事が減ったこともあって、他の子達に力を注ぐことになる。
見放されたような気さえしていた。
忙しい両親に寂しい心境を話せなかったし、いじめられていることも言えなかった。一人苦しさから逃れたくて、空想に浸り過ごすことが多くなっていたのだ。
しかし、それではダメなことも気づいていた。だから、心機一転、誰も知らない遠い学校に受験して、今の学校に入学したのだ。
新しい自分を、明るい人懐っこい性格を演じ、友達を増やしていった。
でも、満たされない。
本音を話していない表面的な付き合いをしているのが相手にもわかるのじゃないか。そう思うと知らず知らずに壁を作っているから、相手からも距離を置かれていると思う。
だから、いつも一人でいるような孤独を感じていた。
この間、見た咲希達の喧嘩も、わたしを心配して欲しいと思っている願望から見たものなのかもしれない。
実際、あの滝壺には、人間界を覗く能力は備わっていないことが、ブラクリーによって聞かされた。
偽クリスさんの言葉は、どこまでが本当で、どこまでが嘘なのか、わからないままになった。
わたしは、ずっと孤独でずっと一人。心が開けないでいる。
でも、クリスターはわたしが隠す心を読んだのだろう。だから、あの言葉が出た。きっとそうだ。
やっぱり、心、読まれるのは苦手だわ。
わたしには、心の闇がたくさんある。決して、純な心を持っていない。それでも、彼のこの腕、っていうか前足なのだが、手放したくなかったのだ。
この前足も翼も温かくて心地いい。どんなわたしでも、護ってくれるんじゃないかと錯覚するぐらいに安心できる空間だった。
気を失ったクリスターには悪いが、このままこの時間が、ずっと続けばいいと思ってしまった。
そんな安堵感に目が重くなる。ウトウトとし、必死に目を見開き堪えようとするが、この胸の暖かさに、もう限界だった。
いつの間にか、意識は遠のいて、クリスターと二人、眠りについてしまった。
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