決戦前の休息は結構大事だ
第6話
ゴーレムが土の山へと還っていくのを見届けた後、荒野を抜け森の上を、暫く魔界城目指して飛んでいたのだが、やっぱり可笑しい。さっきから、クリスターの乗り心地が悪いのだ。戦いの前までは安定した乗り心地だったのに、今は、速度的には変わらないが、たまに上下に揺れるのだ。これは、疲労が溜まっているせいかも。そう考えれば納得がいく。
後ろを飛んでいるブラクリーも段々遅れている。そういえば、さっき翼に土を命中させられていた。あの時、翼を痛めたんじゃ!
「ねえ」
「大丈夫だ。俺らは魔獣だ。このくらいでへばるわけないだろ」
わたしの心を読んだクリスターに先手を打たれた。
「最後まで言わせなさいよ! じゃなくて、休憩しよう」
「必要ねえだろ~。そんなことより、早いとこスターセント見つけて帰らねえと」
「そんなこと言ったって、この状況で魔界城に突入したら、勝てるもんも勝てなくなるでしょ。一旦休憩して体力回復しないと」
「そんな面倒くさいこと嫌だよ俺。休んでる時間、無駄じゃねぇ。さっさと片づけちまおうぜ」
時間を気にしないはずの魔獣が何故かことを急ぎたがる。何を考えているのか分からないが、二匹は絶対に疲れているはずなのに。このまま進んで二匹の身に何かあったらと思うと心配になるからやっぱり休みたい。
「だから、俺たちはそんなヤワじゃねえからね〜」
「やだ」
「はぁ?」
「わたしはかなり消耗したわよ。このまま突撃なんてありえないからね。どこか安全な所で、わたしに休息をもたらしなさい」
クリスターは、暫く黙っていた。そして、大きなため息を零すと、
「素直じゃねぇな」
と呆れた。
なによ! 大体、あんた達が素直にならないからじゃない! 休まなくちゃいけないのはあんた達の方よ! あんた達が休もうとしないから、わたしがこんな回りくどいこと言わなきゃならないのよ! ガラにもなく、女王様キャラなんて似合わないんだからね!
「それもなかなかイケてるぞ」
「もう! からかわないでよ!」
クリスターは辺りをきょろきょろと見渡すと、森の一角にぽっかりと空いた空間へと目を留める。そこには、緩やかに流れる滝と、ゆらりと揺らめく小さな滝壺が伺えた。
「あの辺りならいいか」
そう呟くと方向を変える。それに驚いたのはやはりブラクリー。
「おい、そっちじゃねえだろ! テメェーはまた勝手な行動を!」
「俺じゃないよ~。女王様が休憩しろってうるさいんだよ~」
「ちょっと、わたしのせい! 女王様はやめてよ! 大体、あんた達のこと思って、って、もういい!」
恩着せがましい言い方になると思って、それ以上言えなかった。
こうなったらとことんわがままでいてやる! ルキフェル顔負けなぐらいに!
機嫌を損ねて膨れてると、クスッとクリスターは鼻で笑った。
フン! 精々、馬鹿にしていればいいわ。うんと困らせてやるんだから。
「楽しみだな」
可笑しそうに笑ったクリスターが、滝壺の脇に下り立つと、わたしは滑り降りるように地面に降り立った。
そこへ、ブラクリーが吠えながら突進してくる。
「テメェーいい加減にしろよ! お前みたいな奴に、卯乃香を任せられるか!」
その声と共に、わたしの身体が宙に浮いた。ブラクリーに咥えら背中に放り上げられたのだ。
「きゃぁ!」
ちょっと、なんなのよブラクリー! あんた達のこと思って休もうって言ってんじゃない!
その心の声を聞き取ったのか、ブラクリーはピタリと制止した。
「卯乃香……」
後ろへと振り返り顔を向ける。困った顔だ。と思う。多分。大体、人間の顔をしていないのだから、表情なんてものはさほど読み取れない。しかし、そんな感じは伝わって来る。心配かけさせてしまったことを申し訳なく思ているような、そんな感じだ。魔獣のわりにブラクリーは優しい。
「あのね、わたしも疲れたんだよ。まだ先は長いんだし、少しだけ休もう」
チラリと翼を見やったら、少し腫れていた。
その目線に気付いたのか、ブラクリーは、ハッと表情を変えた。
「……そうだな」
と、撃沈といった感じで顔を背けた。
図体はデカいし真っ黒だし、猫のように目はつり上がっているのだけれど、撃沈したブラクリーをちょっとだけ可愛いと思った。
「可愛い!? はぁ~」
わたしの心を聞き取ったブラクリーは、ますます落ち込んだ様子でため息をついた。
そして、その光景を地上で人型になったクリスターが、呆れた顔で見上げている。
「いい加減、下りてこ~い」
人型になると、自動的に服までついてくるのだが、その服を、クリスターは脱ぎ捨てながらそう言っている。
えっ!? なっ! なにやってんのよ、あいつ!
恥ずかしくなって目を逸らしたが、ブラクリーは構うことなく下降していく。
ちょちょ、ちょっと待ってよブラクリー! 今、下りるのはちょっと、あの、その、……イヤ、ぎゃぁ――――――――――――――――!
クリスターは全ての服を脱ぎ捨て、生まれたばかりの肌色の肌を露わにしてしまっている。
その前に下り立ったブラクリーが首をこちらへと向けると、ガシッとわたしは身体を咥えられ、あろうことかこいつは、クリスターの全裸の前にわたしをトンと下ろしたのだ。
「あんた達なんてことするのよ! この変態野郎! クリスター服着なさい! ブラクリーもなぜここへ下ろした!」
わたしが吠えていようがお構いなしに、クリスターは一歩二歩と近づいて来る。
「なんだ? ここの水は癒しの水だから身体癒すのにいいんだよ~。服のまま入っちまったら濡れるだろが」
「やだ、来ないで!」
こちらも一歩二歩と後ずさりする。
「毛皮、剥ぐくらいなんだ? 変化解いた状態となにが違う?」
違うでしょ、猫の身体と人間の身体では! と、反論しかけて振り返ると、ブラクリーも人型になりせっせと服を脱ぎ始めている。
あんたもかい!
前からも後ろからも挟まれた。その場でしゃがんで目を伏せた。
「お前も入れば。気持ちいいぞ」
早々と滝壺に入る水音がしてチラリと目線を向けると、クリスターは、ザブンと頭から突っ込んで泳ぎ出した。
「ほら、卯乃香も脱いで」
クリスターに気を取られていると、後ろからブラクリーに声をかけられ、手が伸びてくると肩を触った。
「ぎゃぁ――――! いっ、イヤ――――――!」
全裸のブラクリーを突き飛ばし、その場から走り去った。
「卯乃香!」
慌てたブラクリーは、全裸で追いかけてくる。
イヤ、来ないで! お願い! お願いだから、服を着て―――――――――!
「ウブゥ!」
突如、目の前に壁が現れ、顔面を打ちつけた。
差程痛くはなかったが、顔が濡れた。
えっ? 冷たい。
「勝手に動くな」
顔を上げると、そこにはクリスターが立っていた。
「ぎゃあ―――――――――――――――――!」
それは、前にも経験した、クリスターの瞬間移動。
それを今こいつは、全裸のままやりやがった!
しかも、案の定、抜けられないくらいの抱きつきようだ。
ギャアギャア言っていたら終いには声まで封じられ、結局、口パクのまま藻掻くだけ。
イヤ! 抱きつかないで! エッチ! 変態! ドスケベ! 裸はイヤ――――――――!
「俺ら、元々裸なんだけど。ごちゃごちゃ言ってないで水に入れ」
クリスターがそう言った瞬間、全身がひやりと冷たい感触を纏った。
きゃぁ!
わたしを抱えたまま、奴は瞬間移動したのだ。
あっと言う間だった。瞬きしたように一瞬暗くなったかと思うと、もう身体は水の中にドップリ浸かっていた。
うそ……。
「お前も結構、傷、作っただろ。手も膝も擦り傷だらけだしな。ここに入れば傷も癒える」
服のまま入っちゃった。一着しかないのに、着替えなんて持ってないのに。なんてことしてくれたのよ! どうすんのよ、びしょ濡れじゃない! こんな格好じゃ、風邪ひくじゃない!
「はぁ? お前が、裸は嫌だって言うから」
あんた達のことよ! わたしじゃないわよ! いいから放して! その格好で、わたしに触らないで!
口がきけなくとも言葉は伝わるのだ。心の中だが、かなりの剣幕で怒鳴りつけた。
「……」
クリスターはバツが悪そうに腕の力を緩めた。
空かさずクリスターからすり抜け背を向けると、
「クシュン」
ぶるぶると寒気が走り、くしゃみが出た。
「大丈夫か?」
と、クリスター。
大して、心配してなさそうな感じの言い方で。
声の呪縛も解けたのだが、それに答えてやる心境にはなれなかった。黙っていると、クリスターはチャポチャポと水音を立て上がって行った。
暫く、背を向けたまま膨れていると、背中からガシッと咥えられ宙に浮く。
「きゃぁ!」
クリスターが変化を解き、巨大猫型になって水から引き上げたのだ。
そのまま岸辺まで連れて行かれると、服を着た人型のブラクリーの前に下ろされ、クリスターも服を着た人型に変化する。
沈黙のまま空気が張り詰める。
それを破るように声を発した。
「わたし、怒ってんだからね」
「……」
「……」
反省しているのか、黙ったまま俯く二人を見てため息が零れた。
「はぁ~。あのね、人間界では女子の前で全裸はダメなの。それに、どうしてくれるのよこの服。着替えなんて持ってないわよ。わたしは裸になんてなれないからね」
「すまん」
「気が付かなくて悪かった」
クリスター、ブラクリー共に反省の言葉を口にする。
呆れるぐらいに常識がないことに、今、気が付いた。今まではそれどころじゃなかったし、実際、普通の常識がわかる環境にいなかったこともあって、そんなこと考えもしなかった。
こいつらは、人間界に対しては無知なんだ。だから、自分の常識の範囲に収まることがないのかもしれない。こちらも少し、柔軟性が必要なのかしら?
「取り合えず、俺の服貸してやるから、これに着替えろ」
そう言って、クリスターは上着を脱ぎ出した。
やっぱり、わかってないのか! こいつは!
「全裸はイヤだって、言ってるでしょ!」
「上だけだ。もうお前の前では、全部脱がねえ」
ちょっとは理解したみたいだ。ホッと一息つき、シャツ一枚になったクリスターから上着を受け取ると、濡れないように身体から放して隠れる場所を探す。
「見ないでよ」
「わかってるよ」
「信用しろ」
二人はそう言ったが、信用できるわけがない。なんていっても常識知らずなのだ。もし、今、わたしが言わなかったら、確実に、一緒についてくる様子だった。
「はぁ~」
ため息を零しながら森へと入り木の陰に隠れると、服を脱ぎ始めた。
制服のブレザーを脱ぎ、木に引っかけるとシャツのボタンを外す。下着までびっしょりだ。
全ての濡れた服を脱ぎ捨てて、クリスターの上着を羽織ると、結構大きくてお尻までスッポリと隠れた。でも、なんだか心許ない。なんといっても、この上着の下は裸なのだ。木に吊した服を見上げ、またため息を零した。
どうしよう。やっぱり、このままあいつらの前に出るのは恥ずかしいかも。せめて、下着だけでも着けたいところなんだけど。固く絞ったら履けるんじゃない? そう思って、水気をおもいっきりねじり上げ絞った。ぱんぱんと振って皺を伸ばし、できるだけ乾かして履くと、やっぱり冷たかった。でも、さっきまでの濡れた感触よりはマシで、恥ずかしいのよりはこっちの方がまだマシだ。
上下とも下着を着けると、もう一度上着を這おう。ぶるぶると寒気が走るのを堪えながらも濡れた服を手に森を出た。
二人は、森のすぐ傍で火を熾していた。
「おう、やっと戻ったか。濡れた服、その辺に吊しとけ〜」
クリスターは、近くの木を指しそう言った。これでもかなり恥ずかしくて、出て来るまでに勇気がいったのだ。
しかし、わたしの格好などどうでもいいような様子だ。
「お前はいいよな、毛皮、濡れなくて。俺なんて、変化解いたまま入っちまったから、飛沫がかかっちまって、足、濡れちまったよ」
クリスターは、そうぼやきながら丸太に腰を掛け、足を投げ出して焚き火にあたっている。
「どっちにしても、今は変化解けねえんだから、どうでもいいだろ」
「お前ね~、俺が、毛皮濡らすの嫌なの知ってんだろ~。お前だって嫌だろが。だから脱いだんだよね~。ズルイんだよ、お前は」
「なんだと! テメェーが全裸で抱きつくから、こうなっちまったんだろが! むやみに触れて、事、大きくしてんじゃねえ!」
「なんだと! お前も、はめてやろうか!」
「テメェーこそ、もういっぺん、濡らしてやろうか!」
どうして、こいつらは!
「また、あんた達、いい加減にしなさい! くだらないことで言い合ってないで、わたし、寒いのよ! そこ退きなさいよ!」
ぶるぶる震えながら吠えると、二人を押しのけ、クリスターが座っていた丸太に座ると、焚き火にあたった。
わたしの勇気はどうしてくれるのよ! こんな恥ずかしい格好で出てきたっていうのになんの反応もない。
それどころか、全く無視して、一人濡れた服干させといて、仲良く口喧嘩なんてどういうことですか!
「大体ね! あんたの濡れたなんて大したことないからね! わたしなんて全身なんだから! お陰で、こっちは冷たい思いしてんだから、火に一番あたっていいのは、わたしなんだからね!」
焚き火を、わたし一人がぶんどった形になり、ブラクリーがポツリと呟いた。
「……やはり、ルキフェル様、二号だ」
「お前、そのキャラもういいぞ。なんだか、お前が恐ろしく見える」
クリスターも続けて、いかにも嘘っぽく怖がる格好をする。
「うるさいわね! 決めたんだからね! わたしは、ルキフェルに負けないくらいに、あんた達をさげすんでやるんだから!」
「マジっすか!?」
「堪らんな〜」
ブラクリーは驚き、クリスターは呆れたように肩を竦めた。
「知らない! あんた達みたいな常識知らずには、これぐらいがちょうどいいのよ!」
フンと鼻を鳴らしそっぽを向いた。
こいつらの前で、いい子を演じるなんて馬鹿馬鹿しい。言いたいことは言って、したいようにする。もう、そう決めたんだから。
寒さのあまり、思考がまともじゃないのかもしれない。でも、今はどうでもいい。取り合えず、この寒さをなんとかして回避しなければ凍えて死にそうだ。
やっぱり、下着を脱いだ方が良かったのかもしれない。肌についているものが冷たくて、なかなか身体が暖まらない。
「お前、大丈夫か?」
さすがに、クリスターも心配になったようで、覗き込むように顔を近づけて尋ねてくる。
「大丈夫よ、これくらい。火にあたっていれば、すぐ暖かくなるんだから」
そう言ったが、一向に暖まる気配がしない。腕を擦って暖めようとするが、それも効果がないようだ。
どうなってんのよ。どうして暖まらないのよ!
……ダメだ。頭に血が上ったのかな? なんだかボーとしてきた。
……あれ? 景色が、揺れる……わたし、どうしたんだろ?
「おい! 確りしろ!」
「卯乃香!」
視界が暗くなっていく中、微かにそんな二人の声が聞こえてきて、ガシッと身体を支えられた感じを受けたと思った瞬間、気を失った。
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