満月は神出鬼没!

第4話

あれから人間界の時間でいえば一週間が過ぎ八日目を迎えたけど、とあることから土壁が砕け穴が空いてしまった洞穴で過ごしている。


わたし自身は身体の痛みも体力も全然平気で、洞穴暮らしも結構窮屈になってきた。


でも人間界のわたしは、病院のベッドで機械に繋がれ寝たきりなのだ。


ブラクリーが、一度、人間界の様子を見せてくれたけど、自分で自分を眺めるっていうのは変な感じで、それも、あんなに痛々しいのは結構辛い。


顔にも身体にも包帯が巻かれていて、出ている箇所など目ぐらいなものだ。


その目も固く塞がれて眠ったまま。


パパもママも、意気消沈って感じで、本当に申し訳ないと思ってる。


けれど、あのままわたしのことを放って置いたら、わたしは身体の痛みに耐えられなくなり、魂魄を削り消えていたらしい。


それを考えると背筋が凍ってしまいそう。まだ死にたくないもん! 絶対、元に戻って元気になるんだから。


二人共、責任感じてたんだろう、この一週間一緒にいてわかったことだけど、結構二人はいい奴なのだ。


一日一回づつ、二人は交替でわたしのために食料を捕ってきてくれる。


それが、結構グロくて、間違っても食べたいとは思えない代物なんだけど『食べて元気出せよ』とか言って差し出される。


実際、食べなくても支障はない。


なぜなら、魂魄は口からの栄養を取る必要がないからだそうだ。


そりゃそうだよね。言ってみればお化けなんだから。

食べる必要ないよね。


それでも、どうにか元気付けようと思っているのか、二人は、彼らが思う食べれそうな物をせっせと運んでくれている。


魔獣の方は、基本、物は食べずに、心、気持ちって言ってたかな? それを食べるみたいで、心が飢えるって感じると食らいたくなるみたい。今は、わたしとの契約が成立してるから、細々とわたしの心を食らってるって言ってたっけ。


食べられている本人としては全く痛みもなく、心がなくなるといったこともなく、すこぶる元気に過ごしている。


「ここには、いつまでいなくちゃいけないの?」


黙って背中を向けているブラクリーに尋ねた。


もう、暇すぎてなにもすることがないのだ。始めは、三人でいろんな話しをして時間を過ごしていたが、もう話のネタもなくなってきている。


そりゃ会って間もない相手に話尽きないくらい話せと言われても限度があるってものよ。


しかも、常識が通用しない相手なんだから、話も噛み合わないことも多くてイライラするし。


黙ってた方がマシだってなるじゃない。


そしたら、退屈とストレスから空気も悪くなり、喧嘩も耐えなくなっている。


土壁に穴が空いてるのだって、二人のエスカレートした言い合いから喧嘩になり、歯止めが利かなくなった結果出来たものだもの。


「あっちの回復次第だが、早くても人間界で言う夜明けまではここで足止めだ」


「そう」


また、背を向けて出口の辺りで外を眺めている。


クリスターは、わたしの隣で仰向けで横になり、腕枕をして目を瞑ってはいるが、寝てはいないようだ。


こちらも暇ですることがなく苛立っているように見える。貧乏揺すりが止まらない。


「ねえ、あっちの様子はどうなの?」


空気の悪さに耐えかね取りあえず尋ねた。


「順調だ」


こちらへ向くことなく、ブラクリーが答える。


なによ! こっち見て話すぐらい出来るでしょ! なにが気に食わないのよ。あれから人間界は覗かせてくれないし、ずっと不安なのに何も教えてくれないし、わたしは本当に回復してるの? 


「パパや、ママは、どうしてる?」


「………」


黙ってしまったブラクリーに代わり、クリスターが答えた。


「変わらずやってるよ~。だから、お前は、明日に備えてゆっくり寝ちまいな」


「寝ちまいなってね! 大体、そんなこといったって、ここには昼も朝もないじゃない! あるのは夜だけ! 毎回毎回、そう寝ろ寝ろ寝ろって言われたって、何度も寝られるわけないじゃない! 暇があったら寝ろ寝ろって、いい加減寝るのも限界よ!」


「………」


わかってた。これが八つ当たりだってことは。


クリスターは、わたしが想像してることをもう考えるなって言いたいのだと思う。


きっとパパやママは、不安な気持ちで今の時間を過ごしている。


わたしが魔界から出ることができなかったら、人間界のわたしは、目覚めることなく時が過ぎ老いぼれ死ぬ。


その頃には、もうとっくにパパもママも死んでるだろうけど、わたしは一人で意識を取り戻すことなく死ぬのだ。


結局、パパやママがいなかったらすぐ死んじゃうかもしれないけど。


辛い思いだけしか与えられないなんて子供失格だ。


一度見た人間界の情景が、頭にこびりついて離れない。


あの時、ブラクリーはクリスターに怒られてた。あれは、わたしのことを思ってのことだったんだろう。あれを見なきゃ、こんな辛い気持ちになることもなかったかもしれない。


段々、自分でも呆れるくらい卑屈になってきてるのがわかる。


こう狭い空間に閉じこもっていると、いらない考えばかりが頭に浮かんで、外に出られない苛立ちで二人に八つ当たりしてしまってる。


だって、二人は自由にここから出られるし、わたしの食べもしない食べ物を捕りにって飛んで行くし。


あ~ヤダヤダ!! わたし、またそんな考え方してる! さっき、あいつらの気持ち汲んでたじゃない! いい奴だってわかってるのに。どうして、わたしはこんななの! 自分がこんなヤな人間だなんて思いもしなかった。


最低だ。


「おい。俺の背中に乗れ」


クリスターが、変化を解いた状態でそう言った。


「なんで?」


「ごちゃごちゃうるさいよ~。いいから乗れ」


わけがわからなかったし、背中に乗れば心、読まれるし、大体、この図体によじ登れる術をわたしは持ち合わせていないし。


しかめっ面で見上げてると、クリスターはわたしの首根っこを咥えてヒョイと放り上げた。


「きゃぁ!」


「テメェー、なにする気だ!」


わたしの悲鳴で、驚いたブラクリーが吠えた。


「確り、掴まってろよ」


「えっ?」


背中に放り投げられ慌てて毛並みにしがみ付いた瞬間、クリスターは出口に向かって走り出した。


「おいこら! まだ外は早い!」


ブラクリーは必死に出口を塞ぎ吠えたが、クリスターに交わされ、慌てて変化を解き追いかけてきたが、クリスターの速さに追いつけないでいる。


あっと言う間に空が開け、闇に光る月が現れた。


満月だ。


怪しく輝く、黄色い満月。


「よし。もう大丈夫だ。あいつは慎重すぎていけねぇ」


大丈夫なの?


「ああ。確り繋がってるから心配するな。これでスターセントを探しに行けるぞ。あの狭い洞穴ともおさらばだ」


やけに、月が綺麗だった。


ずっと洞穴の土壁ばかり見ていたからなのか、あれが魔界の月だからなのか本当のところはわからない。


でも、卑屈になっていた心がスッと消えた。


これも洞穴から出られた開放感なのか、クリスターが心を食らったのかはわからないけど、今はクリスターの気持ちに心打たれていた。


「基本、俺は優しいぞ。何度でも、心打たれろ」


「勝手に読まないでよ」


「そりゃ無理だ。お前は今、俺と繋がってるからな」


バッカじゃないの。格好つけて。


あえて口にはしなかった。どうせ、心が読めるのだ。口で話す動力を使う必要はない。


この悪態が本気でないことだって見透かされているんだから。


無駄な動力だ。


「こりゃ~、お褒めの言葉をどうも」


「褒めてない!」


あっ、結局、無駄な動力を使ってしまった。


「テメェー、勝手に洞穴出んじゃねぇ! もし、まだ安定してなかったら御陀仏だぞ!」


ようやく追いついたブラクリーが吼えた。


「大丈夫だっただろ~。お前はホント小心者だよ。こんぐらいの冒険やらないと、人生面白くないよ」


「テメェーに人生語られたくねぇよ! 誰が小心者だって! 俺はテメェーみたいに、後先考えねぇバカじゃねえってだけだ!」


「バカとはなんだ! バカとは! お前の方がバカだろが! 小さく纏まりやがって! 全身黒のくせにイメージもへったくれもないよね~。小さいお前は、魔獣辞めて使い魔にでもなればいい」


「なんだとテメェー!! 貴様なんか魔族のくせに天使の羽なんか纏いやがって! テメェーこそ、天界でも行ってこき使われやがれ!」


「あんたらいい加減にしろ!! 言い過ぎなのよ! また、この間のようなことするつもり!」


ブラクリーは見た目と性格のギャップが違うため”黒のくせに”とか言われるとキレる。


クリスターは天使の翼が、魔族である誇りを傷つけられていると気にしている。


それをお互い知っていて、こいつらは口にした。


土壁破壊事件もそれが原因だ。またあんなことになったらわたしは止められない。


バツ悪そうに、二匹は顔を逸らし空を飛ぶ。


「降ろして」


「なんだと?」


「いいから降ろして!」


これ以上、心の中を見られたくなかった。


自分の無力さに嫌気がさしてる。こんな感情、読まれるのは絶対イヤだ。


クリスターは、それ以上なにも言わず降下すると地面に伏せた。


「おい、なにをしてる」


心を読んでいないブラクリーは、困惑するようにその行動を覗っている。


クリスターの背から滑り降りると、方向などわからないが取り合えず歩き出した。


見通しのいい荒野といった場所を無言で進む。といっても、進んでいるのか後退しているのか、実際のところはわからないが、取り合えず、目の前を目指していく。


眺める限り荒野が続いていて、目標物などありはしないのだが、それでも、この場で立ち止まっている心境にはなれなかった。


本当は、二人のいない場所まで駆けていきたい。


だが二匹は、変化を解いたまま、黙ってわたしの少し頭上を飛びながらついて来ていた。


クリスターは気付いただろうか?


わたしが隠したかった思いを読んでしまっただろうか?


ハーフであるわたしは、見た目が違うことでからかわれることが多々あった。


小学生の頃も活躍するわたしに妬みもあったのだろう。いじめにもあった。


古傷に蓋をして強がってるその奥まで、クリスターは読んでしまっただろうか? 知られたくない弱い心を。


頭上の気配は沈黙のまま、二匹は顔を背けて飛んでいた。


その時だ。


突如、突風にあおられ、目を瞑りながらも乱れる髪を押さえた。


なんなのよこの風! あっ!


リボンが解けて髪がなびく。


上の方で 『グワッ』 とか 『ウグッ』 と言った呻き声が聞こえたと思うと、スッと風が止み動かない空気に心臓がひやりとした。


ここまで一瞬のことだった。


目を開いた時には、先ほどいた場所とは明らかに違う別な場所に一人佇んでいた。


なに今の! えっ? ここどこ?


うそ、一人……。


空を見上げても二匹は見当たらない。


「クリスタ―――! ブラクリ―――! どこにいるの―――――――――――!」


声は闇へと吸い込まれるように消えていく。


やだ。こんな所で一人にしないでよ。わたしどうしたらいいのよ?


一人になりたいとは思ったが、本当になりたかったわけではない。頭上から見守ってくれていたから平気だっただけで、魔界に一人だと怖いし、心細いし、不安にもなる。足はガクガクとしている。


辺りは、先ほどとはうって変わって森だった。木々が生い茂り、といっても葉はつけておらず、枯れたようなゴツゴツとした木が、これでもかというくらいに枝を這わし天へと伸びている。


そんな薄暗い森の隙間から光が射すのが見えた。


「あっ」


仄かに、優しく光る黄色い光。


ホッとした。


光がこんなに人を安心させるなんて思わなかった。


今まで暮らしてた人間界では、夜中であっても煌々とネオンが灯り人がうごめいている。


明かりがあることが自然だった。闇がこんなに怖いとは思いもしなかった。


その光に吸い込まれるように足を伸ばす。


「!」


うそ……なんで?


そこにあったのはありえない光景だった。


だってここは魔界で、わたしは人間界に行けないのだから、ここに、これがあるはずがない。


それなのにあれは堂々と、いかにもここの風景にマッチした佇まいで、初めからそこにあったかのように。


“フルムーン” 人間界にあったジュエリーショップだ。


怪しむ心もあったが、もし、これがこちらにあるのなら、これを通して帰れるかも。


恐る恐る、扉のノブを回した。


中は、このあいだ見た風景と同じ。やっぱり、あのショップだ。


「いらっしゃい」


微笑みながら顔を出したのは、このあいだの金髪店員。


どうしてこの人がここにいるのよ! 彼は人間界で会った人よ! 魔界で会うはずないじゃない! なのに、今、目の前にいる。……やだ、混乱してきた。落ち着いて考えて。もし彼がここに存在するというのなら、考えられるのは二つ。


一つは、ここが魔界ではなく人間界だった。


そうなれば、わたしはあの二人に騙されていたことになる。


もう一つは、彼が店ごと、こちら魔界にやってきた。


それはそれでありえない気もするが、そうなれば、彼は人間でない確率が高まる。もしかしてこの人も魔獣なの?


「また会いましたね。君がこちらにいるだなんて、びっくりしました」


黙っていたら、彼の方から話し出した。


『また会いましたね』っということは、やっぱり彼は人間界で会った同一人物。


どっちなの? 人間界か魔界か。人間か魔獣か。


緊張しながら、警戒もしながら声を発した。


「どうして、どうしてあなたがここにいるのですか?」


「どうして? それは僕のセリフですよ。ここは魔界。知ってるのかな?」


やっぱり魔界なんだ。


二人は嘘をついてなかった。良かった。ってなんでホッとしてるの! わたし、別に彼らを全面的に信用してるわけじゃないんだからね。って別に、今ここで言い訳する必要もないんだけど、つい、心を読まれる癖っていうか、クリスターがニヤついて笑う顔を思い浮かべちゃって、なんだか恥ずかしくなって、あ~もう。今、こんなこと考えてる場合じゃないのに! 冷静にことを読まなきゃ。


「わかってます。あなたは、魔獣なんですか?」


「まさか、とんでもない。君は、魔獣に連れてこられたんだね」


「はい。あなたにもらったピアスから出てきました」


「彼ら、とっても君を気に入ったみたいだったから、譲ってしまった」


「魔獣に会ったこと、あるんですね」


「もちろん。僕は元所有者だよ」


「あなたにも魔獣がついてるんですか?」


「いいや。ついていないよ。どうして?」


「じゃあ、なぜ魔界へと来れたのですか?」


「それは、僕の移動方法はこの建物。これはいわば、船なんだよ」


行き来が出来るの! わたしはあいつらに騙されたのか?


「じゃあ、わたしも連れて帰ってくれますか!」


「それは、申し訳ない。これは僕専用なんだ。一人しか乗せられない。君を人間界に戻すことはできないんだよ」


金髪店員は、すまなそうに眉を下げた。


「そう、ですか」


やっぱりダメなんだ。スターセントを見つけて、彼らに帰してもらうしか方法はないんだ。


なんだか、有力な手掛かりを失うみたいで帰り辛いんだけど。


「君は、ブレスを捜しているんでしょ?」


「えっ! どうしてそれを!」


「元所有者だよ。僕もそれを捜していた。三体揃えないと意味がないからね」


「でも、どこにあるかわからないの。ルキフェルが隠したってことはわかってんだけど」


「ブレスの場所なら、わかっているんだ」


「うそ!」


「ホント」


「どこにあるんですか?」


「魔界城の地下深くに眠っている」


「わかってるならどうして取りに行かなかったんですか?」


「僕一人ではどうにも」


と、両手を上に向け嘆いている。


「だって、クリスターもブラクリーもいたんでしょ」


「彼らは僕に、力を貸してくれなかった」


「どうして?」


「男だから。だそうだ」


「あぁ~そう……」


全く、そんな理由であいつらは判断しているのか! じゃあ、わたしは女だからってだけか!


「でも、君には貸しているんだろ」


「ええ、まあ」


多分、貸してくれているのだと思う。まだ何も始まってはいないけど、これからだけど、人間界に帰る手助けをしようとしてくれている。


それなのに、わたしは、自分のことばっかりで、こんなところで立ち止まってる場合じゃなかった。協力しようとしてくれているのに逃げてきちゃった。


「どうかした?」


険しい顔になっていたのを心配したのか金髪店員が尋ねてきた。


「いえ。あの、わたしさっきまで荒野にいたんです。そこに戻りたいんですけど、わかりますか?」


「ああ。それなら、ここを出て真っ直ぐ道を行けばたどり着けるよ」


真っ直ぐここに来たのだけど、本当にそれで着けるのかと疑問に思ったが、それを察したように 『大丈夫だよ。ちゃんと導かれる』 と、彼は付け加えた。


「うん、ありがとう。え~と」


名前なんて言うんだろうって考えてたら、これまた察しのいい彼は『ああ』と言って


「クリスだよ」


「あっ、ありがとう。クリスさん」


「どう致しまして……」


クリスさんにじーっと見られて、わたしも気づく。


「あっ、卯乃香です。うさぎのかおりと書いてウノカ」


「卯乃香ちゃん。また会おう」


「はい。今度は人間界で」


扉を出ると、真っ直ぐに伸びた道があった。入って来た時とは違った景色になっている。道沿いに道しるべのように宙に浮く赤い火の玉が続いている。


これを進むのね。


ゴクリと唾を呑んで一歩ずつ歩き出した。


火の玉の明かりは歩く度に移動して自分の周りを照らしている。


周りが火の玉の光で明るいから、その先が闇に包まれて反って怖い。闇に向かって歩いているようだ。


進むにつれて不安が押し寄せる。後ろを振り返ると、もう、そこにはショップの明かりは見えなかった。


「クリスター……」


なぜか、そう呟いていた。


ハッ! なに言ってんだわたし! いくら心細いからって、なんであんな、すぐに心を読みたがる奴のことなんて呟いてんのよ! 違うからね! わたし、そんなつもりないからね!


一人、言い訳をしながら前へと進んでいくと、また、強い風が起こる。


また、突風?


どうやら、魔が動くというか、力が働く時に突風は起きるんじゃないかと思った。


それならこれで荒野に戻れる。そういうことだろう。


今度は突風にあおられながらも、目を開き前を見据えた。


解けた髪が前へと持っていかれる。景色が変わる。


火の玉は消え闇が広がり、一気に風は強くなった。


そして次の瞬間、視界が開けた。


あっ、戻ってきた。


目の前には、突風にあおられたクリスターとブラクリーが、翼を大きく羽ばたかせバランスをとっている。


目が合うと、クリスターは急降下で地に着き変化で人型になる。


そして駆けよってくると、強く抱き寄せた。


「大丈夫か! 怪我してねえか!」


「……大、丈夫」


急だったから驚いた。


勝手な事したのに、謝らなきゃダメなのに、こんな出迎えしてもらえる立場にないのに。


「そんなことねえよ~。お前は、俺たちの大事な主だ」


また、心を読んでいる。


でも、怒る気にはなれなかった。


今、とっても幸せな気分。心配してくれてたんだって伝わってくるから。


後ろからブラクリーも人型になって歩いて来る。


「無事で良かった」


「ごめんなさい」


クリスターに抱きしめられながらも、ブラクリーの方を見た。


「卯乃香が気にすることねえ。俺たちが言い過ぎた。調子に乗りすぎただけだ」


「で、お前、今までどこに行ってたんだ?」


そう言ってクリスターは、また心を読んだみたいだ。


そしてブラクリーも、わたしの頭にポンと手を載せ読み出した。


こういう時って便利なのかも。話すことしなくても、わたしが頭に浮かべたことを伝えられるんだ。結構、役に立つじゃない。


「卯乃香、他のこと考えるな」


「あっ、ごめん」


ブラクリーに窘められ、真剣にさっきの出来事を頭に浮かべ、二人に伝えようと心がけた。


森を歩いて、ショップに入って、クリスさんに会って、と、そこまで伝えた時、クリスターの抱きしめる手と、ブラクリーの頭に載る手が強ばった。


「どうしたの?」


「会ったのか……」


クリスターが、緊張気味に訊いてきた。


「ああ。そう言えばあんた達、男には優しくないんだってね。クリスさん、ちょっと可哀想だったよ」


「あの人はそんな柔じゃねえぞ。あの人は、」


何か言いたげだったが、クリスターはそこで言葉を止め、また心を読み出した。


「魔界城の地下か」


「行くしかねえだろ」


二人は頷くと、わたしから離れた。


ブラクリーはともかく、クリスターの心を読む時のこの体勢、なんとかならないだろうか。


妙にドキドキして心地悪い。そんなことも呼んでるのだろうか? そう思うと、さっきは便利だとか思ったけど、やっぱり、もう心を読まないで欲しいかも。


「ねえ、魔界城って、もしかしなくてもルキフェルのいる城だよね」


「そう。魔界最強の城だよ。お前、あそこに行くのがどれだけ恐ろしいことかわかってるか~。あの人のオモチャに成り下がった、あんな奴やこんな奴がうじゃうじゃ棲み着いてんだよ~」


クリスターの、いかにも不安を煽る言い方に心臓が縮み上がる。


「なに、あんな奴こんな奴って? 想像できなくて恐ろしいわ」


すごく不安になってきた。簡単に見つかる所に隠すわけないんだけど、それにしても魔界最強と聞いたら、たどり着けるのかってことになるじゃない。


ブラクリーが少し難しい顔で顎に手をやると、


「そうだな。城にたどり着くまでも、だが、見つからずに侵入ってのはかなり難しいだろな」


「大丈夫なの?」


本気で心配になってきたじゃない。


「心配するな。なんとかなるだろ」


そう言ったクリスターの楽観的な態度に、慎重派のブラクリーはまた吼える。


「テメェーは、またそうやって適当なこと言いやがって!」


「適当じゃねえよ。なんとかすれば、なんとかなるだろ」


「なんとかってなんだよ! なんとかって!」


「なんとかは、なんとかだろ!」


「なに、くだらないこと言い合ってんのよ! なんとかなるんでしょ! じゃあ、なんとかしてもらおうじゃないの! さあ、行くわよ!」


やっぱりこんな感じになるんじゃない。もうちょっとマシになるかと思ったが、あの二人の間には、これはコミュニケーションの一環なんだわ。


肩を落としながらも足を進めていると、変化を解いたクリスターが飛んできてわたしの身体を咥えた。


「ひゃぁ!」


ひょいっと放り上げられ背中の上にダイブ!


「ぐぇ」


ちょっと! 急に放り上げないでよ!


強かに、顔面を打ちつけてさすっていると、


「そっちじゃねえよ。それに、歩いて行こうだなんて、何年かける気だ」


「そんなに遠いの?」


「地上を歩くと迷い込むんだよ。さっきのお前のように」


「じゃあ、なんで下ろしたのよ」


「それは、お前が……」


そうだ。心を読まれたくなかったんだ。


「読んだのね」


「なにが?」


「だから、読まれたくないこと」


「なんのことだ? 俺は、青い目だろうが、白い肌だろうが気にしねえぞ」


「やっぱり読んだんじゃない! もう、最低!」


「なんだよ、怒らなくてもいいだろ~。俺は、気にしねえって言ってんだから」


「そんなことはどうでもいいのよ! 奥まで読んだのが気に入らないのよ!」


「奥までって、表面に浮かび上がってきたぞ? いかにも、気付いて欲しい! って言うみたいに」


最低! なんで、わたしが気付いて欲しいなんて思うのよ! しかも、あんたに!


ムカついたから、傍にあった翼の羽根をプチリとむしり取った。


「痛った―――――――――! なにすんだよ!」


ふん! 知らない!


真っ白な羽根をクルクルと回しながら、そっぽ向いた。


弱い部分を見せれたのはちょっと、ほんの少しだけど、心が軽くなるんだって、その時知った。


ありがとう。クリスター。


心を読んだはずなのに、彼は無言で飛び続けた。

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