美しいものには刺がある。輝くものには悪魔が憑く

第2話

わたしは山城学園高等部 二年F組 白野シラノ 卯乃香ウノカ


赤毛の長い髪をツインテールに結び、日本人のパパとイタリア人であるママとの間に生まれたわたしの瞳は、若干青みがかっている。


少々子供っぽく見える髪型は、愛嬌ということで片づけてしまえと思ってはいるが、もう高校生にもなってツインテールはないんじゃないかと周りにはからかわれている。


だけどこれは、わたしの彼、北条ホウジョウくんが好む髪型なのだ。


『卯乃香には、ウサ耳がないとね。今日も可愛いよ、卯乃香』そう言って、髪をすくい上げ口づけする。


北条くんは、その仕草に酔いしれる。そう、わたしではなく北条くんがだ。


髪の毛にキスされたからといってなにも感じない。


なんといっても神経が通っていないのだ。感じるわけがない。


けれど彼は疑うことなく、それが乙女を感じさせると本気で思っているらしく、これを頻繁に実行するのだ。


まあ、減るもんじゃないからつき合ってはいるが、北条くんは典型的のナルシスト気質なのだ。


わたしの思いは、届いていないんじゃないかと最近感じている。


その証拠に彼は、今日も一人で下校した。


北条くんは待ってくれない。


授業が終わり、部活をしていない彼は、わたしを放って帰ってしまう。


わたしも部活に入っているわけじゃないのにだ。


帰ろうと思えば帰れるのに、北条くんは待つことをしない。


わたしが早い時は、こちらが待っているが、気が向かなければ先に帰ってと言われてしまう。


だから最近、悩んでいるのだ。


わたしから告白してOKをもらったが、彼は本当にわたしのことが好きなのだろうか?


「どうしたの? また置いてかれた?」


北条くんの教室を覗いていたら、友達の一人 “咲希サキ”が声をかけてきた。


「まあ、そんなとこ。先帰ったと思ったのかな?」


惚けてそう返したら、咲希は呆れた顔でため息をついた。強がっているのはバレバレだ。


「カラオケでも行く?」


「うん。行く」


「ちょうど、愛梨アイリ彩音アヤネと行くつもりだったのよ」


「あっ、二人も一緒ね。楽しそう」


微塵も思っていないけどそう言った。


群れるのは好きじゃない。でもそれを隠して、三人とはそれなりに仲良くやってきている。きっと出来ていると思う。


言わゆる高校デビューってやつ。


新しい環境、新しい人、そのために遠くの学校に受験したのだ。


「卯乃香も歌いなよ」


咲希がパット片手に顔を寄せてきた。


「えっ、わたしはいいよ」


「いいじゃん、一曲ぐらい歌いなよ。スッキリするよ」


彼のことで落ち込んでると勘違いしてる咲希は、気を回して、わたしがたまに歌う曲を送信した。


本当は歌いたくなかっただけ。


歌うのは好きだし、ボイスレッスンにも中学時代までは通っていたので、素人が歌うのに比べれば上手く歌えると自負しているが、ここでは無難に上手くもなく下手でもなく歌っているから、気持ち良くないのだ。


周りと足並み揃えて、目立たず普通に高校生活を送るために空気読むように心がけているから。


歌い終わりマイクを置いて、氷の入っていないカルピスで喉を潤した。


本当は暖かい飲み物の方が喉にはいいのだが、気温も上がってきた6月下旬の今の季節には、やはり冷たい飲み物が飲みたくて、ドリンクバーの前で悩んだが、冷たいカルピスに。唯一氷だけでもと抜きにした。


「スッキリした?」


「まあ、そこそこに」


「もう、止めれば。あんなのと」


スッキリいていないのはお見通しで、そんなわたしに助言する咲希。


「そうなんだけどね」


その方がいいのはわかっている。でも、好きだという気持ちは変えられない。だからズルズルとこの関係を続けている。


「まあ、今は忘れて楽しめ」


「そうする」


この場の空気を悪くするのは好ましくない。だから切り替え楽しめているよう演じる。

演じるのも、子供の時から叩き込まれたわたしの武器だ。


家のパパは芸能事務所の社長、ママは副社長。ママは昔、イタリアで歌手として活動していたが、パパと出会い結婚を機に引退。その後パパと一緒に事務所を立ち上げ、わたしは生まれた時から子役モデルとして所属し、物心がついた頃には芝居や歌のレッスンをしていた。


小さい時はモデルとして、小学生の頃にはCMや映画に出ていた。


周りからはチヤホヤされ、わたしは天狗になっていたと思う。同級生達がガキに見えてバカにしていた。


だが、中学生に上がった頃から仕事が減りテレビにも出なくなると、チヤホヤしていた人間は離れていき、同級生達も距離を置くようになった。


そしてわたしは孤立していった。


高校では決してそうならないように心がけている。


「じゃあ、元気も出たみたいだし、また明日ね」


カラオケボックスを出て咲希がそう言って手を振った。続けて愛梨と彩音も手を振る。


三人は徒歩で通えるくらい近くの家だ。電車で通うわたしとは反対方向。


わたしも手を振って背を向けた。


疲れた。


みんなが嫌なわけでは無い。ただ、自分らしくいられないのが窮屈なだけ。


結局、彼のことはスッキリしないままだった。


トボトボと駅に向かって歩いていると、細く薄暗いわき道を見つけた。


こんな所に道なんてあった?


そう思いながらも、誘われるように奥へと進むと、小さな店が現れた。


ここに来るためだけに作られたような道で、後にはなにもない。


店の看板には “フルムーン” と書かれていて、わたしの名前にピッタリではないか。


なんといっても、月にウサギはつきものだろう。


賑わう町並みから隠れるようヒッソリと建つ佇まいは、どこか、魔女でも出てきそうな雰囲気をかもし出している。


だが、不思議と不気味さはなかった。


どちらかといえば、惹かれるように店へと吸い込まれた。


扉を開けると、小さなベルの音がチリンと鳴り、足を踏み入れると、そこはヒンヤリとした冷たい空気と、しっとりとまとわりつく湿度が、とても心地よく肌を撫でた。


窓はなく、オレンジ色のやや暗めの明かりがほんのりと灯るだけ。


幾つもあるテーブルには白いクロスがかかり、その上には、品良くジュエリーが並べられた様は幻想的だ。


どうやら、アクセサリーショップのようだが、どの品にも値札がついていない。


かなりの高額なのか、それとも、ショップではなく展示館なのだろうか?


誰もいない店内をクルリと見渡すと、一つ、目に止まった物があった。


ピアスだ。


耳元についた小さな環から、段々と下へと大きな環が繋がっていき、先端には、三日月の形をした色違いの黒水晶と透明な水晶が、それぞれにぶら下がっていた。


対のはずなのに、デザインも若干違うようで、環に刻まれた模様が、それぞれ異なっている。


それが妙に気になった。


そいつだけが、周りから浮き上がったように鮮明に輝いて見えるのだ。


「それが、気になりますか」


店の奥から気配なくやってきた金髪長身の男性店員に声をかけられ、伸ばしかけた手をビクリと引いた。


かなりの美形、わたしのタイプなのだが、どこか浮世離れしているというか、現実味がないというか、この空間で見るからだろうか?


そんな彼の目は、わたしの混ざったブルーではなく、澄んだ濃いブルーの瞳でこちらを見ていた。


「あっ、いえ、あの……」


「手にとって構いませんよ」


「いや、その、大丈夫です」


愛想のいい笑顔で微笑まれたが、高い物を売りつけられては堪らないと思い、そのまま店を出ようと踵を返した。


だが、いつの間に傍までやって来たのか、急に手首を掴まれ心臓が一気に収縮する。


「気に入らないはずありませんよね。これを目に止めたのですから」


やだ。やっぱりこの人、この高価な物を売りつける気なんだわ。


「わたし、お金持ってないですから」


必死な形相で腕を振り払おうとしたが、彼は、微かに微笑んだまま、ビクともせずに手首を掴んでいる。


そして、口の端をキュッと怪しく引き上げると、


「お金はいりませんよ。ただ、この子達が貴女を気に入ったようなので。もらってやってはくれませんか?」


「はぁ?」


なに言ってんだこの人? ピアスに感情なんてあるわけないし。


それに、お金はいらないってどういうことよ。それこそ怪しいじゃない。


怪しむ表情を隠すことなく見つめていると、


「そうですね。タダでってことがお嫌なら、こういうのはどうでしょう?」


「えっ?」


なにを要求しようっていうの? めちゃくちゃなことを言われてもわたしできないからね。


怪しむ顔を崩せないまま金髪の店員を見つめ続ける。


彼は、クスリと勝ち誇った顔で笑うと、


「貴女の迷う心を頂く。ってことで手を打ちますよ」


そう言い切ると、彼は指をパチンと鳴らす。


その瞬間、シャラリと耳元で金属が擦り合わさる音がしたかと思うと、ズシリと両耳にかかる重さを感じた。


「えっ!」


とっさに手で耳元を探ると、先ほどまでテーブルの上に飾られていたピアスが、自分の耳にぶら下がっていることを確信した。


「なんで!」


「世の中には、まだ知られていない不思議があるのですよ。貴女も、またそれを思い知る。この瞬間から」


ドクンと全身の血が波打つように駆け巡る感覚が襲ったかと思うと、先ほどまでクヨクヨと悩んでいた思いがスッと消え、今すぐ会わなければという思いが駆け巡ったのだ。


なにこれ!


これが彼の言った『迷う心を頂く』ってことなの!


「あの、これって……」


話しかけようと彼がいた場所を見たが、そこには誰も立っていることはなく、辺りを見回してもどこにも彼はいなかった。


結局そのまま店を出て大通りまで戻って来ると、そこで運良く北条くんが通りかかったのだ。


声をかけようと手を上げたが、別の場所から見たこともない大人の女性が小走りに駆けよって来たかと思うと、その女は、北条くんの腕をキュッと抱きしめるように絡め取った。


「あっ」


小さく漏れる言葉は空しく、二人は腕を組み遠ざかっていく。


「どうして……」


なんなのあの女。北条くんはわたしとつき合ってるんだからね。腕なんて、まだ、触ったことないのに。あんなに身体密着させて。


……違う。邪魔者なのは、わたしだ。


だって、あんなに嬉しそうにしている北条くんをわたしは見たことがない。


わかってたことだ。


だからこそ悩んで、迷って、苦しんでいたのだ。


本当はわたしのことなんて好きじゃないんじゃないかって。


本当のことを知るのが怖くて聞けなかった。形だけでいいから傍にいたかった。


それが北条くんにとってはただのお遊びだったとしても。


終わりだ。


終わったのだ。


これでもう踏ん切りがつく。北条くんから解放され迷わなくてすむ。


あっ、これが本当の『迷う心を頂く』ってことなんだ!


迷わすものを根本から解決させることが本来の目的。


しかし、金髪店員はなんのためにこんなことをしたのか? そもそも本当にあの金髪店員の仕業でこの状況が起こったのか? それではあんまりじゃないか。この状況が作り出されたものだとしたら。


でも、そんなはずはない。これは起こり得る自然の成り行きだ。


そうすれば金髪店員はこの未来が読めていたのだろうか? それも信じがたいが、この状況を意図的に作り出したと考えるよりはマシだなと思う。


一様、スッキリはした。


モヤモヤとしていた気持ちは消えた。


でも、だからこそ霧が晴れたかのようにクリアになってしまったから、傷ついた心が露わになり、痛みが増してきたのも確かだ。


「………」


結局、彼、金髪店員は、なにがしたかったのだろうか?


わたしに前へ進めと、新しい恋をしろと言いたかったのだろうか?


すると、シャランと耳元でピアスが鳴った。


「あんたも、そうだって言ってるの?」


右耳にぶら下がるピアスの先端をそっと触れ呟いてみる。


あ~バカバカしい! ピアスに感情なんてあるわけないんだから。さっきの金髪店員の影響でつい、物に話しかけてしまったじゃない。あ~恥ずかしい~格好わる!


そう思って赤くなった両頬に手を当てた時だ。


後ろから、突如ビル風に襲われたかと思うと、夕焼け空が瞬く間に遮られ、猫が二匹、目の前で飛ばされていく。


片や、全身真っ黒で頭の上には三角の耳、お尻には長い尻尾。


片や、全身真っ白で頭の上には三角の耳、お尻には長い尻尾。


これを動物で喩えるなら、やっぱり猫だろう。


しかし、明らかに猫ではない箇所が二つ存在する。


それは、片や、黒い方の背中からはコウモリの翼を思わす羽が、片や、白い方の背中からは天使の翼を思わす羽がそれぞれにニョキニョキと生えていて、その図体は象をも思わす大きさで空に浮かんでいる。


しかも、しかもだ! その怪物は双方の首根っこをそれぞれに咥えながらも、器用に人間の言葉を話しているではないか!


「この腹黒エロ野郎! その目ん玉潰すぞ!」


「なんだと! この透かし野郎! 心臓えぐり出すぞ!」


「殺れるもんなら殺ってみろ~」


「殺ってやろうじゃねえか! 覚悟しろよ!」


二匹はガルルと唸るような声を発すると、その場で、っていうか空中なのだが、まるでそこに地面があるかのように身体を右へ左へとコロコロ転がるようにして、片方は額に、片方は胸に噛みついている。


激しく転がっているのを唖然と見上げているのはどうやら自分だけのようで、他の者は、突如起きる強風を鬱陶しそうに髪を押さえながら家路を急いでいる。


見えていないのだ。


自分以外の人間には、この化け物が見えていない。


あれ? そもそもわたしの目の方が可笑しいのか?


そうだよ。そうに決まってんじゃん。こんなことありえないもん。


あんな怪物がこの世にいるわけないじゃん。


今の状況が辛すぎて現実逃避でもしようかと思ったのかもしれない。


そう納得すると、何度も頭を振って正気を取り戻そうとするが全く状況は変わらず、相変わらずあの二匹はガルルと唸って転がっていた。


なんで! どうして!! どうしてこの幻は消えないのよ!!


そう心の中で悲鳴を上げた時、陽も沈み辺りは夜の風景になっていたが、明らかに自分の頭上だけが大きな闇に支配され、それは次第に近づいてきて大きさを増すと、真っ黒な毛並みが張りつくように波打っているのが伺えた。


「えっ、えっ、――――――――――――――!!」


“ドカッン”


案の定避けることなどできるわけもなく、強かに顔面に大きな衝撃を食らったのだ。


そして、気を失った。

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