極み攻める莉羅

「好きなところ座って良いよ。って言ってもソファかあっちの椅子くらいだけどさ」

「うん……」


 それならばと、目の前にあったソファに座った。


(これは……一体どうしてこんなことになったんだろうか)


 莉羅に連れられるように招かれた先は彼女の家だった。

 まあマンションの一室ではあるのだが、未来永劫俺のような人間には縁の無さそうな高そうな場所である。


「はい、ジュースにお菓子」

「あ、どうも……」


 ジュースの淹れられたコップと、クッキー等のお菓子が大量に入ったお盆をテーブルに置いた莉羅は、そのまま俺の隣に腰を下ろした。


「ふぅ……」


 息を吐きながら胸元に手を当て、ボタンを上から二つ外した。

 すると彼女の豊かな胸がたゆんと揺れ、その豊満な谷間をこれでもかと曝け出す――突然のことに固まってしまった俺だが、何をしてるんだと声を上げることすら出来ずにただただ視線を逸らした。


「あははっ、ごめんね。いつもの感じでつい……まあでも、こういうのも慣れることの一環にはなるんじゃない?」

「その……もしかしてなんだけど、俺が瑠奈の家に行っても大丈夫なようにこんなことを……?」


 そう聞くと、莉羅は頷いた。


「そういうこと……ちなみに、パパとママはしばらく家に居ないの」

「え?」

「海外の方に行って二週間くらい帰ってこないの。だから今日は、何が起こってもあたしと正人しか居ないってわけ」

「……………」


 そうだったのか……寂しくないのかな。

 莉羅はアイドルとしての顔を持っているので遠くに行くことも多くあって、学業に影響しない程には家を離れて寝泊りすることも聞いている。

 まあ一般人の俺と感覚は違うだろうし、それで家に自分しか居ないことに慣れているのかもしれないが……とにかく俺は寂しくないのかなと思ってしまった。


「というわけで、ここに誰かが帰ってくる心配はないから安心して……ってなんか浮かなそうな顔だね?」

「あぁいや……」


 いくら状況を完全に飲み込めていないとはいえ、だからこそ変に誤魔化そうとしても空回りするだろうと思い、俺は思ったことを全部口にすることにした。


「その……凄く高そうなマンションだとか、今をときめくアイドルと二人っきりとかそりゃドキドキするよ……でも」

「でも?」

「二週間の両親が居ないって寂しくないのかなって……そう思った。俺と莉羅は境遇が違うのはもちろんだけど、それが気になってドキッとした感覚はちょっと薄れたかな」

「……………」


 そう言うと莉羅は少しだけ目を丸くした後、クスッと笑って肩を軽く小突いてきた。


「いやぁ……まさかそんな返しをされるとは思わなかったよ。まあそれに答えを返すなら慣れてるとしか言えないかな。でも別に両親に愛されてないわけじゃなくて、家に居る時は……特にパパが鬱陶しいくらいベッタリしてくるからさぁ」

「あ、そうなんだ……」

「うん……ママはそんなパパに呆れはするけど、そんなパパ以上にベッタリなのがママだから」

「へぇ……」


 だから大丈夫なんだと、むしろ伸び伸び出来ると彼女は言った。

 腰を上げた莉羅はそのまま棚に飾ってあった写真立てを手にし、戻ってきてそれを見せてくれた。


「これがあたしのパパとママ」

「……おぉ」


 渡された写真を目にした時、俺は美の暴力を受けた気がした。

 真ん中で笑顔を浮かべている莉羅と、そんな彼女を挟むようにして大人の男女が笑みを浮かべている。

 莉羅をそのまま大きくしたようでありながらも包容力をこれでもかと感じさせる女性に、細マッチョ体型で爽やかな笑みを浮かべる男性――この写真一枚から幸せの波動が伝わってくるようだった。


(凄いな……てかクッソ若く見えるんだけど莉羅の両親。それこそ麗奈さんもだけどなんでこんなに美人なんだ?)


 歳を取るという概念を置き去りにしているかのような美貌だけど、お父さんの方も凄く若々しいというか……これを見せられて兄と姉と言われても納得してしまいそうだ。


「幸せそうだな」

「うん、凄く幸せ。ねえ正人」

「なに?」

「さっき、正人が言ったじゃん? 寂しくないのかって」

「え? うん」

「それってあたしがそう思ったんじゃないかってのもあると思うけど、家族という存在を大事に想うからこそ出てくる言葉だと思うんだよね」

「そう……かな?」

「そうだよ。家族の存在の重さを知っているからこそ、寂しくないのかって言葉が出るんだよ――ほんとに、正人は優しいね」

「いや俺は……っ」


 続く言葉が纏まらず、照れ臭くなって下を向いた。

 まあでも家族が大切な存在であることと、ずっと傍に居てほしい気持ちは持ち続けている……それを優しさだと言うのであれば、それに関しては胸を張ってそう思うと言っても間違いじゃないかもしれないな。


「……優しいのかもしれない俺って」

「自信持ちなよ~」


 うりうりと人差し指で頬を突いてくる。


「ってそうだった。当初の目的!」

「目的?」

「忘れたのぉ? 瑠奈と麗奈さんが居る家に行っても緊張しないように慣れる特訓だよ~」

「具体的に何をするんだ?」

「それはね~」


 ニヤリと笑った莉羅に、そこそこの強い力で突き飛ばされた。

 突き飛ばされたとはいえ背後にはソファがあったので痛みも何もなかったが、何も分からず倒れた俺の上に莉羅が跨る。


「ちょっ!?」


 困惑する俺の上に、彼女は上体を倒して体を引っ付けた。


「ほら、こうして女の子に慣れれば必然と大丈夫になるよ」

「いやいやいや! これはちょっと違うんじゃないの!?」

「違うだなんてことないよ~。ほらほら、もっとこういうこともしちゃうもんねぇ」


 絶対に逃がさないと言わんばかりに、背中に手を差し入れるようにして莉羅が抱き着く……そうして体全体を揺らすように、擦るようにゆっくりと動かしてきた。


(な、何を俺はされてるっていうんだ……!?)


 今度こそ、俺は何が何だか分からなかった。

 美少女に体を押し付けられ、感触だったり匂いだったり、色々なものが襲い掛かってきて変な気持ちを掻き立ててくる。

 邪な気持ちを抱かないように自制しようとしても、女の子にこんなことをされてしまっては……勝手に体が反応してこの魅惑的なボディに触れたくなるんだ……っ!


「はい、おしまい」

「……あ」

「次は逆ね」

「逆?」


 体を起こした莉羅が今度は横になり、まるで俺を求めるように両手を伸ばす……この角度、漫画で見たことがある!!


「ほら、おいで」

「……………」

「ほら早く!」

「っ!?」


 かなり強い力で腕を引っ張られ、さっきと全く逆の体勢になった。


「あたしがやったように腕を背中に回して?」

「……おう」


 腕を背中に回し、莉羅の体を両手で包む姿勢になった。

 こうすることでまるで彼女と一体になったかのような不思議な感覚に包まれたが……段々と頭がボーッとしてきたのはたぶん、脳のキャパシティが追い付いていないからだろうか。


「……先手はあげないよ……あたしが全部初めてをもらう……絶対に、絶対に渡さないから」

「り、莉羅……?」

「ううん、何でもない。でもこれ良いねぇ……クセになりそう!」


 これだけ体をくっ付けていれば、自然と顔と顔の距離も近くなる。

 そうして間近で見つめた莉羅の笑顔は、これでもかと強く脳裏に刻まれていく……こんなの、意識しないわけがない。


(俺……莉羅を好きになったかも……って流石に単純かな!?)


 つうか、こんなことをされて何もないのかなってなるのはただの馬鹿だろ嘘でも想像するってこんなのさぁ!!


「それじゃあ次は……」

「ご、ごめん莉羅……休憩を所望する……」

「ありゃ……疲れたかな?」

「……うん」


 なんて金曜日の放課後だって気持ちだけど、素直に色々と嬉しい経験をしたことは間違いなかった。

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