初めてじゃなくなった

 土曜日に、俺は藍沢家へと赴く……それが決まってからというもの、俺の緊張は表情を通じて多くの人に伝わっているらしい。


『なんか表情硬くね?』

『表情筋死んだの?』


 友人にはそう言われ、


『何かあった?』

『何かあったのか?』


 両親には無用な心配を抱かせ、


『怪しい……何かあったのかなぁ?』


 廊下でバッタリ出会った莉羅にそう言われ、


『何か悩みがあるなら聞きますよ?』


 彼氏持ちの美人生徒副会長に心配され、


『あまりに思い詰めた顔をしているな? 何があった?』


 その流れで超絶イケメンの生徒会長に壁ドンされたりと、それだけ俺の緊張はあまりにも分かりやすかったらしい。


「……ふぅ」


 そんなこんなで、今日はもう金曜日だ。

 屋上で落ち着くように息を吐いた俺はたった一人……でも今はこの一人の空間がありがたい。


「俺……どんだけ気にしてんだって話だよな」


 以前の瑠奈が倒れた時と違い、今回はちゃんと呼ばれて招かれている。

 あの時も緊張は当然したけど……何故だろうか。今回に関してはあり得ないくらいに緊張してしまっている。


「……いやいや、普通に家に行くだけだって」


 これじゃあまるで、俺が何かを期待しているみたいだ。

 でもクラスで一番美人とされる瑠奈が居るだけでなく、瑠奈を大人にしたかのような麗奈さんまで居るとなると……そりゃ緊張しない方がおかしいってもんだ。


「……はぁ」

「な~にをため息吐いてんのぉ?」

「え?」


 突然の声に肩が震え、振り向こうとしたがそれは出来なかった。

 何故なら背後から聞こえた声と同時に、俺の目の前が真っ暗に染まったからである。


「いっ!?」


 ドクンと、強く心臓が高鳴った。

 手の平で目隠しをされていることは分かっているが、それ以上に背中に感じる圧倒的なまでの膨らみに意識が集中した。


(これはアニメとか漫画でよく見た奴――巨乳の女の子に後ろから目隠しをされ、その姿勢のせいでおっぱいが背中に押し当てられる奴!)


 そんな想像はともかく、しかも俺がこれが誰か分かる。


「……ため息、聞こえた?」

「うん。聞こえたよ?」

「……取り敢えず目隠しをやめていただけると」

「どうしよっかなぁ……ねえ正人」

「なに?」

「このまま一緒に下まで落っこちたらさ――あたしたち、別の世界に一緒に生まれ変わったりするかな?」


 目隠しはやめてもらえたが、背伸びをしたであろう彼女に耳元でそう囁かれ、凄まじいまでの身震いをした。


「な、何を……」

「それか……どっちかが生き残っちゃうかな? だとしたら寂しいし、君が死んじゃったらあたしもすぐに追いかけるね」

「……………」


 ・・・・・。


「なんてね! えっと……すっかり固まっちゃったけど、もしかしてマジでやるのかって本気にしちゃった!?」

「……やらないの?」

「やらないよ! あたしのことを何だと思ってるわけぇ!?」


 でも実際にやられそうな気がしたんだよ!

 声音とかマジで暗かったし、最近ちょっと興味があって買ったヤンデレボイスにそっくりだったんだ!

 振り向けば頬をぷくっと膨らませた莉羅が睨んでいて……クッソ可愛いじゃねえか流石アイドル。


「ひっどいなぁ正人は」

「ごめんて」

「……いいよん、許してあげる……ふふっ」

「なに?」

「ううん、こんな風に冗談を面白がって言い合える異性の存在が良いなって思っただけ♪」


 そう言いながら彼女は隣に立ち、さっきの俺と同じように手すりに体重をかけて遠くを眺める。


「あまり体重をかけすぎるなよ? それが外れるとは思えないけど、万が一があったら嫌だし」

「うん」


 しっかし……屋上で美少女アイドルと二人っきりか。

 そう考えるとロマンチックというか、ちょっとワクワクしちゃうけど考えれば考えるほど悲しくなるだけだぜ……。


「ねえ」

「う~ん?」

「土曜日に、瑠奈の家に行くんだ?」

「っ!?!?」


 まさか莉羅からその話が飛ぶとは思わず、ギョッとした。


「何があったかは当然親友だから聞いてるよ。そのせいであいつ……徳永君を見る目が結構変わったけどね」

「そうだったんだ……」


 まあそりゃそうか……親友だし瑠奈も莉羅相手なら話すか。

 ちなみに莉羅はそのことだけでなく、麗奈さんの身に起きたことは全部聞いたようで……それで俺が助けたことも知っているらしい。


「ほんと、君って凄い人……どれだけ色んな人を助けるの?」

「偶然だって……でも見たら放っておけない。今回に限っては瑠奈のお母さんってのもあるけど、知り合いだからさ」

「そっか」

「うん……まあでも、上手く撃退出来て良かったけどね」


 こういう時……俺のおかげだなんて威張るように言ったら果たしてどんな風に思われるんだろうな。

 俺が助けたことに変わりないとはいえ、純粋なものじゃない……ネトラセンサーのおかげでしかない。


「正人って謙虚過ぎない?」

「限度はあっても謙虚に越したことはないでしょ。こいつ威張ってんなって神様に思われて運を奪われるのも嫌だし」

「そういう解釈もあるんだねぇ……まあでも、そういう所も良いね」


 そう言ってまた笑った彼女は、本題に入るように言葉を続けた。


「それで、なんでため息を吐いてたの?」

「……あ~」


 まあ……良いかと思い俺は話した。


「その……同年代の女子の家に行くのは初めてというか」

「あれ? 風邪の瑠奈を送ったんでしょ?」

「あの時は瑠奈が居なかったようなものだし……だから今度はちゃんとお招きされたからで緊張してるんだよあの時以上に」

「あ~……つまり慣れてないからか」

「そうそう」


 女子の家に行くことに慣れていたらそれはそれで凄いけどね。

 てっきりダサいとか童貞とか言われるかなって思ったけど、流石に莉羅はそんなことを言うはずもなかったし、逆に少しでも想像したのが彼女に対して失礼だった。

 しばらく何かを考えていた莉羅は、ポンと手を叩く。


「あたし、それに関して力になれるかもしれない」

「え?」

「今日の放課後、暇?」

「そりゃ暇だけど……」

「おっけ~、じゃああたしとちょっとお出掛けしよ?」

「……………」


 お出掛け……デート!?


(ってやめろやめろ……そんなだから俺は調子に乗るんだろうが)


 その時の莉羅は何が目的か教えてくれなかったが、既に頷いた以上は放課後の過ごし方が決まった。

 何をするか分からない……でもちょっとワクワクするのは、男子高校生としては健全な気もしている。


「それじゃ、昼休みに!」

「お、おう……」


 莉羅は……何をするつもりなんだろうか。

 結局その後は放課後になるまでそれが気になり、徳永のこととか正直どうでも良かった。

 学校を出てからスマホで連絡を取り合い、途中で莉羅と合流して向かったのは物凄く高そうなマンションだった。


「……………」

「ささっ、行こうか♪」


 手首を握られ、そのまま連行されていく。

 そして一つの部屋の前に辿り着き、莉羅が鍵を開けてそのまま中に入った。


「ただいま~」

「……ただいま?」

「うん。ここ、あたしの家」

「……………」


 ……??


「えへへっ、今度瑠奈の家に行くのが初めてって感覚なら残念。あたしの家が初めてだったね?」


 ニヤリと、莉羅は笑いながらそう言った。

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