喜ぶ彼女たち
「……………」
「ど、どうしたの?」
朝食を口にしていた時、母さんが困惑しながらそう言う。
朝の挨拶を一言発したのを機に何も言わなくなった俺を心配してくれているのだろうが、今の俺は凄まじく罪悪感というか……最悪の夢を見てしまって妙な申し訳なさを抱いている。
(いや……最悪の夢ではないけどさ)
どんな夢を見たのか――それは単純に、最近になって仲良くなった瑠奈と莉羅……そして麗奈さんに迫られるという夢だ。
「母さん……俺は最低な人間だ」
「ちょっと本当にどうしたの!?」
母さんの言葉に答えることはせず、黙々と朝食を済ませた。
「その……大丈夫だから」
「そう……?」
一旦、母さんを安心させるために大丈夫だと伝えた。
それから荷物を纏めてすぐに家を出た俺は、完全に外からの音をシャットダウンするようにして考え事に没頭する。
「……ふぅ」
今日見た夢は、あまりにも濃厚だった。
本来夢というものは覚えている内容に程度はあれど、現実味がないものとして記憶に残るはず……だというのに、俺はまるで実際に経験したかのように覚えているし、彼女たちの体に触れた感触さえもしっかりと残り続けている。
『ぐへへっ、好き勝手させてもらうぜぇ!』
『良いわよ』
『来て?』
『おいで?』
思い出すだけでも生々しい……!
というか俺がこんなにも申し訳なく思ったのは、瑠奈と莉羅が仲良くしてくれる相手であることと、麗奈さんとも瑠奈経由で知り合ったから。
いくら夢とはいえ……知り合いを相手にそんな夢を見るなんてあまりに罪深い気がしてしまうのだ。
(世の中には好きなクラスメイトの子を想像して色々する人は居るだろうけど、それはちょっとなぁ……)
ま、まあ想像するだけならタダだし俺が言えることじゃないか。
「……とはいえ、麗奈さんは大丈夫なのかな」
思い出すのは昨晩のこと……麗奈さんを助けたことだ。
「ってそうだよ……俺ってばあんなことがあったのに夢見てんだよ」
マジで最悪だと憂鬱になりつつも、一旦気持ちを切り換えよう。
あの後、家に帰ってから改めて瑠奈とやり取りをしたけど麗奈さんは安心した様子で眠りに就いたと言っていた。
今朝の様子はまだ分からないけど……トラウマになったりしてないと良いんだけどな。
「正人君」
「……え?」
「おはよう」
ぼんやりしていたからか、目の前に瑠奈の姿が見えた。
どうしてここに……なんて思うよりも前に、夢で見てしまった光景が脳裏に蘇り、瞬時に頬が熱くなって視線を逸らす。
「……一つ聞くけど、幻だったりする?」
「え? 幻じゃなくて私本人だけれど?」
「そりゃそうだよな……おはよう瑠奈」
「えぇ♪」
ニコッと微笑んだ瑠奈……本当に綺麗に笑う女の子だ。
「えっと……どうしてここに?」
「ここで待ってたら正人君に会えるかなって思ったの……っていうのは冗談で、普通に正人君を見かけただけよ」
「へぇ……そうだったんだ」
それにしては、いつも偶然会う学校の近くじゃないけど……この際それは気にしても仕方ない。
「麗奈さんは……あれからどうだった?」
「それも伝えたかったからこうして会えて良かったわ。メッセージを送れば良かっただろうけど、流石に朝早かったから」
ということで、今朝の麗奈さんの様子を瑠奈は教えてくれた。
あんなことがあったというのに麗奈さんは暗い表情をすることはなく、いつも通りの様子だったらしい。
それは強がっているわけでもなければ我慢しているわけでもなく、むしろ今まで以上に元気にさえ見えたという。
「別にお母さんが今まで元気じゃなかった、なんて言うつもりはないの。ただ……まるで昔のような、それこそお父さんが生きてた頃のような笑顔だったなって」
「へぇ……」
「それをお母さんに聞いても、内緒としか言ってくれないのよね」
「それは……よく分からんな」
とにかく、麗奈さんが元気ならそれで良かった。
俺はその話を聞いて安心したわけだけど、瑠奈にはもっと話したいことがあるようだ。
「……ねえ、正人君」
「うん?」
「正人君って神様か何かなの?」
「どういうこと?」
突然の発言に俺は目を丸くした。
それもそうだろうということで、いきなり神様なのかと言われたら誰もが俺のように困惑するはずだ。
「だってあなたは私だけじゃなくて、莉羅も助けてくれて……昨日はお母さんまで助けてくれた」
「それは……」
「偶然だって言うんでしょ? でも逆に言えば、正人君がその偶然を起こしてくれなかったらどうなっていたか……それを考えると、私の思ったことは別に間違ってないでしょ?」
「そういうことに……なるのかな?」
言ってしまえば、彼女たちにとっての救世主みたいなものに俺は思われているわけか……何を馬鹿なと、そんな風に思ってもらう必要は無いと笑い飛ばしたい半面、もしも俺が彼女の側だとしたら……確かに俺を救ってくれた女神だと思っても仕方ないかもしれない。
「困らせるつもりはないのだけど、とにかくそう思ってるから」
「……おう」
ニコッと瑠奈は微笑み、あっと思い出したように言葉を続けた。
「後、もう一つ分かったことがあって……雲雀君なんだけど、お母さんが好きだって告白したみたい」
「……うん?」
「私と付き合う中で優しくしてくれたお母さんに惹かれたって……そう言われたことを教えてもらったわ」
「……………」
つまり、その告白の時にあのストーカー男が現れて……それで徳永が逃げていたところに俺が出くわしたのか。
「もう……何が何だか分からねえよ」
「そうね……でも私は気にしないことにしたわ。正直もう、雲雀君のことはどうでも良いと思ってるし」
瑠奈は本当に気にしていなさそうだ。
というか俺が一時でも考えた予想が当たったことも驚きだし、ある意味で瑠奈の切り替えの良さもここまでかと驚いている。
「それでね? 私とお母さんの意見が一致して、うちにあなたを招いてお礼をしたいの」
「その……お礼なんて――」
「お願い、ね?」
至近距離で見上げながらそう言われた。
ご丁寧に手を合わせ、お祈りをするようなポーズまでされてしまっては俺に断るという選択肢はない。
「……分かった」
「ありがとう正人君! 土曜日とかでも大丈夫?」
「それは全然……じゃあ、お邪魔します」
「えぇ!」
ということで、今週の土曜日にまた藍沢家にお邪魔することになった。
以前とは違い今度はちゃんとした手順を踏んでだけど……ちょっとドキドキしてきたぜ。
▼▽
「ふふっ、お母さんったら凄く喜んでくれたわね」
夕飯の時、お母さんに正人君が来ることを伝えた。
お母さんはあの時のお礼が改めて言えると喜んでいて、やっぱり私はお母さんの心からの笑顔が大好きなんだと実感した。
「それに……」
実を言えば、お母さんをダシに使ったのは間違いなかった。
正人君ともっと仲良くなるために、今度はちゃんとした形で家に招きたかったというのがあったから。
「楽しみね……あら?」
喉が渇いたのでお水を飲んだ帰りのこと。
お母さんの部屋の前を通った時に首を傾げた……僅かに扉が開いていて電気がまだ点いていた。
お母さんは結構早く寝るタイプなので、まだこの時間に起きているのはちょっと珍しい。
「……………」
電気を点けたまま寝ているのかもしれないと思い、そっと部屋を覗き込んだ。
「ぅん……久しぶりの感覚……あぁ……っ」
ベッドの上で、お母さんがアレをしていた。
普段の印象からかけ離れた母の姿……まるで長年忘れていた何かを取り戻した喜びにも満ち溢れ、一心不乱に気持ち良さを享受する蕩けた表情。
「っ……」
私は声を出さないように精一杯だったものの、なんとか動揺を最小限に食い止めてその場を離れた。
「ま、まあ……お母さんだってまだ若いしね?」
若さとかは関係ないとは思うけど、それを見たことでお母さんを見る目が変わるわけじゃない……でも本当にちょっと驚いた。
部屋に戻って電気を消し、ジッと天井を眺めて眠る瞬間を待つ。
私の頭の中では正人君が来てくれる喜びと、そしてお母さんの姿とでせめぎ合い……しばらく眠りに就くことは出来なかった。
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