何故アプリは発動した?
最近、よく近所で顔を合わせる男性が居た。
別にその人と親しいわけでもなく、どこかで会ったということもなくて本当に顔を合わせる程度でしかない。
それでも向けられる視線が僅かに不気味さを孕み、どうにかしなければいけないと思っていた。
『麗奈さん……俺は……俺は麗奈さんのことが大好きです!』
そんな時、まさかの出来事が起きた。
というのも娘の瑠奈と付き合っていた男の子――雲雀君がそう言って私に告白をしてきたのだ。
どうしてこんなことに……?
告白されて照れるなんてことはまずなくて、私からすればどうしてそうなったんだという困惑しかなかった。
『俺……瑠奈と付き合う中で、段々と麗奈さんに惹かれたんです……最低なことだと分かっていても、いつしか自分の中で瑠奈よりも麗奈さんが大きくなったんです』
呆然とする私に、雲雀君は言葉を更に続けていく。
『それでも俺……瑠奈も大切で……だから俺、二人を――』
おそらく雲雀君も少しだけパニックだったんだろうと思ったのは、目が泳いでいたのといつもの様子と違ったから。
でも、私としては雲雀君に特別な感情はない。
そして更に言えば、少し前まで娘と付き合っていた男の子に告白されたのは……悪い夢でも見ているのかと考えてしまう。
『麗奈さん……俺は!』
だが、そんな雲雀君とのやり取りもすぐに終わる――突然に、不気味な威圧感を醸しながらあの男性が目の前に現れたから。
『やれやれ、いきなりガキが何を言い出すかと思えば……彼女が困っているだろう?』
言葉と声音は優しかったが、その男性は怖かった。
そしてそこからの会話で分かったのは、この男性は私が以前に街中で落とした財布を届けた相手であること……僅かに記憶しているくらいだが、そこから私のことを見ていたらしい。
『ストーカー……』
『ストーカーだって? そんな物と一緒にしないでほしいな。僕はずっと君を見守っていたんだ――こんなにも純粋な気持ちでね』
男性の瞳には、凄まじいまでの執着が見て取れた。
一連の出来事に呆気に取られていた私は、男性が近付いてきても特に動くことは出来ず……しかし、雲雀君は何とか逃げてくれた。
そのことに何も思うことはなく、子供である彼が無事に逃げてくれたことには安心した――でも、そんな私の安心はすぐに不安に塗り潰される。
『麗奈さん!』
彼が……神木君が来てしまった。
最近になって知り合った彼……瑠奈のことを考えてくれているだけでなく、あの瑠奈が楽しそうに話している彼……そしてこれは絶対に言えないことだけど、ふとした時に言動や行動が夫と重なってしまう彼。
(どうにかしないと……彼を助けないと――)
そうは思っても、私は何も出来なかった。
私はただ目の前の恐怖に屈するように、ただただ神木君の背中に隠れることしか出来なかったのだ。
(自分よりも幼い子がこんなに頑張っているのに……っ)
足が震え、声も震え……それでも神木君は私を守ってくれている。
数日前に見た彼の強さはどこに行ったのだろうと、そんなことは思わなかった……必死に守ってくれる彼のことで頭がいっぱいだったから。
(私も……頑張らないと。怖がってばかりじゃいけない!)
男性の目的が私であるなら、神木君を逃がすことは出来る。
非力な私だが男性の腕に力を込めて飛び付けば、少しは注意を逸らすことが出来た……でも神木君は決して逃げず、男性のお腹を蹴ることで距離を取った。
しかしそれが男性の敵意を一身に引き受けることになってしまう。
『大丈夫ですから……ふぅ』
『神木君……どうしてこんなになってまで』
『守りたい以上の理由なんてないでしょ』
だから大丈夫だと、安心させてくれる微笑みを見た私は涙を流しそうになったのと同時に、強く心がときめいた。
そして私は見ることになる――どんな人を前にしても、決して屈さない神木君の姿を。
▽▼
「な、なんなんだ君は……っ」
「……………」
さっきまでの俺は、ただただ麗奈さんを守るので精一杯だった。
ネトラセンサーの力が働かない時点で俺はただのクソ雑魚だし、この男のように体を鍛えている人を前にしては万に一つも可能性はなかった。
でも今、俺は今までと同じように男を圧倒している。
「神木君……」
「大丈夫です、麗奈さん」
麗奈さんを安心させるようにそっと笑みを浮かべ、次いで尻もちを突いている男へと視線を向けた。
(こうやって一時は解決出来ても……その後に続かないようにするのが大切だ。なら俺は……あの時みたいに――)
想像するのは母さんを助けた時……あの時と同じだ。
ただこうして圧倒するだけではダメだと、これ以上のことをすれば待っているのは破滅だと思い込まさなければ。
「これ以上この人に付き纏ったらどうなるか……」
「ひっ……ひいぃいいいいいいいいっ!?」
男は、両手で頭を抑えるようにその場に蹲った。
そのあまりの豹変に驚きはしたものの、どこかあの先輩女子の怖がり方に似ている気がする。
男の顎に手を当て、そのまま顔を持ち上げた。
さっきまで明らかに俺を下に見ていた表情は鳴りを潜め、涙を流しながら弱々しく見つめてくる……その瞳に映るのは当然俺の姿のはずなのに、まるで別のモノに見えたのが不思議だった。
「……死神?」
ボソッと呟かれた麗奈さんの言葉は一旦置いておき、軽く男を小突けばそのまま背中から倒れた。
異臭がすると思ったら漏らしており、何とも無様な姿だ。
「た、頼む……殺さないでくれ……もう何もしないから!」
「ならとっとと失せろ――良いか? 嘘を吐いたらどうなるかよ~く考えるんだな」
「は、はいいいいいいいぃいいいいいい!!」
大声を上げながら男は去って行った。
それをジッと眺めていた俺と麗奈さんだが、へなへなと麗奈さんがその場に座り込む。
「もう大丈夫……と思います。あれは多分……もうちょっかいを出してくることはないかと」
あの男はもう、麗奈さんだけでなく俺の前にすら姿を見せないだろうことが確信できる…なんでかは分からないけれど、あの母さんを助けた時と全く同じ感覚だから。
「神木君、どうしてあんな無茶を……そう大人として言わなければいけないのに、でも助けてもらったことが嬉しくて……安心したの」
顔を上げ、麗奈さんがそっと腕を伸ばす。
そのまま胸元に飛び込んできた麗奈さんを受け止め、安心させるように背中を優しく撫でる。
(何が起きたのか分からない……けど、取り敢えずは麗奈さんに何もなくて良かった)
その後、麗奈さんが立ち上がれるまで待った。
ようやく歩けるようになった麗奈さんが安心出来るように、ずっと家に着くまで手を繋いでいた。
「……?」
「……………」
ふと、視線を感じると思い麗奈さんを見ると……ジッと彼女は俺を見つめていた。
ボーッとした視線にどうしたんだと思いつつも、こんな大人の女性に見つめられる経験というのはなかったので、恥ずかしくなって視線を逸らしてしまった。
「着きましたよ」
「……そうね」
程なくして家に着き、再び麗奈さんと見つめ合う。
「まずはゆっくり休んでください。もし怖くなったりしたら瑠奈にでも傍に居てもらえば良いんじゃないかと――」
「……あなたに頼むのは我儘かしら?」
「……え?」
「な、何でもないわ!」
その後、俺は麗奈さんと別れた。
途中で騒ぎを聞きつけた瑠奈が姿を見せてから話をしたけど、俺の方から瑠奈に麗奈さんの傍に居てあげるようお願いした。
「何事も無くて良かった……って言えるのか? でもどうして、ネトラセンサーが反応したんだ?」
スマホを見て確かめたが、あの時にアプリは作動していたようだ。
あれが麗奈さんに対して反応したのであれば、もしかしたらこれは故人に対しても反応する……?
そう考えればあの男を撃退出来たのも納得出来るし、改めてこのアプリの凄さを実感する。
「……徳永のことも分からないままだし、また日を改めて話を聞ける日があるかな?」
けどとにかく……疲れた。
神木正人 ♡←藍沢麗奈
【あとがき】
一応、矢印の数には意味があります。
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