勘違い野郎が現れた

「……………」

「正人、大丈夫か?」

「何かあったの?」

「??」


 放課後になり、友人とボウリングを楽しんでいた時だ。

 ボーッと椅子に座ったままの俺に対し、刀祢と中島君……そして野球オタクの天城あまぎ君が首を傾げていた。


「いや……何もないよ」

「ほんとかよ」

「絶対あっただろ……」


 そうだな……ごめんと心の中で彼らに謝る。


(……やべえよこりゃ)


 学校を出てから……いや、正確には昼休みからだ。

 瑠奈と莉羅とのやり取りがあまりに濃厚な記憶として脳裏に刻み付けられたせいもあってか、一時でさえ忘れることが出来ない。


「……………」


 目を閉じれば思い出してしまう。

 瑠奈の胸元に顔を埋めた感触や、胸元に押し付けられた莉羅の感触であったりをこれでもかと。


「お、おい! お前鼻血出てるぞ!」

「……え?」

「マジじゃん! ほれティッシュ!」


 呆然とする俺の鼻っ柱に中島君がティッシュを押し当てた。

 ボーッとしていたとはいえ鼻が妙に熱いとは思っていたけど、どうやらまた俺は鼻血を出してしまったようだ。


「ご、ごめん中島君」

「良いって……でもマジで大丈夫?」

「エロいことでも考えたのか?」


 天城君の指摘にドキッとしつつも、なわけあるかと誤魔化す。


(ある意味で瑠奈の時に鼻血が出なくて良かったな……)


 もしもあの状態で鼻血を出そうものなら、瑠奈の胸元は真っ赤に染まって悲鳴すら上げられたかもしれない。

 ティッシュを丸めて鼻に突っ込み、澄ました顔で足を組む。


「こ、こいつ……鼻血を出しながらかっこつけてやがる!」

「全然格好良くねえ!!」

「むしろダサいぞ!?」


 ふっ、外野がうるさいぜ……。

 とはいえ別に出したくて鼻血を出しているわけじゃないし、ただちょっと興奮してしまうことを思い出してしまっただけに過ぎない。


「……ふへっ」


 鼻血が出て一旦休憩する俺を尻目に、刀祢たちはボウリングを楽しむ。

 俺はそれを見ながらやはり思い出すのは瑠奈と莉羅とのやり取り……ってヤバイ更に血の勢いが!?


「うおおおっ!? おい正人、ティッシュが真っ赤だぞ!?」

「思った以上にヤバくね!?」

「大出血サービスじゃねえか!」


 マズイマズイ、思った以上に出血がひどい!

 妙に盛り上がっている天城君の反応はともかく、その時は騒ぎになったもののすぐに血は治まった。

 勢いよく出た割には呆気なく止まったので、三人は本当に心配をかけてしまったことが申し訳なかった。


「良かった……」

「何か病気かと思ったよ……」

「本当に大丈夫?」


 面白がっていた天城君も最後には心配してくれていたし……とにかく、本当に血は治まったので安心だ。


「まあでも災難だったけど、どうにかなったわ。心配かけてすまん」

「良いってことよ」

「俺らより他の客とかがめっちゃ見てたけどな」

「ゴミ箱に捨てた真っ赤なティッシュ……見つけた人によってはサスペンスじゃね?」


 確かに、かなり真っ赤だったし変な騒ぎにならないのを祈ろう。

 その後はみんなでカラオケに向かい、オタクが四人集まったということで最初から最後までアニソンを歌い切った。

 もちろん歌うことで熱くなりはしたが、再び赤い血を撒き散らすようなことはなかった。


「じゃあな~」

「あいよ~」

「また明日~」

「気を付けて帰れよな~」


 刀祢たちと別れ、家に帰ろうとしたその時だ。

 母さんから連絡が入り、少し帰るのが遅くなるらしい。


「あ、そういや今日だったっけ。母さんと父さんの結婚記念日」


 昨晩にそう言ってたなそういえば。

 別に帰って何か作るのでも良いけど、せっかくだから外で食べて帰ろうかなぁ……となると、大好きな中華料理でも食いに行くか!

 とはいえまだまだ夕飯には早い時間なので、そこから少し時間を潰す。

 六時前になった段階で店に向かい、腹いっぱいに麻婆天津飯を食った。


「ふぅ……食った食った」


 膨れた腹を撫でながら今度こそ帰路を歩く。


「……うん?」


 その時、ビビッと俺の中に電流走る!

 ……というのはまあ冗談というか何でもないことなのだが、どうにもこのまま真っ直ぐ帰っていいのかと悩む。


「……何だろうこれ」


 よく分からない感覚に突き動かされるように走り出す。

 夜とはいえ夏が近いのもあって風が生温く、早く家に帰ってシャワーを浴びたいくらいには背中に汗を掻いていく。


「この先は……瑠奈の家か」


 まさか、俺は瑠奈に会いたいとか……?

 いやいやそんなまさかなと思いながらも、この先に続くのは瑠奈の家なのでやっぱり意識してしまう。

 ま、まあ通り過ぎるだけならタダだしな!

 そんな風に思いながら走り続け……そして角を曲がろうとしたところで誰かとぶつかった。


「いたっ……」


 肩をぶつけられただけだが、勢いが勢いだけに痛みはあった。


「……徳永?」


 下を向いていて分からなかったが、今のは間違いなく徳永だ。

 あんなに急いだ様子で……それこそ周りが見えないかのように走り去って行く姿は初めて見た。

 この先に……何かあるのか?

 いきなり怖くなったがそのまま足を進め……そこで俺が見たのは、スーツ姿の男に言い寄られる麗奈さんだった。


「お願いだから離れてちょうだい!」

「何を言ってるんだ? 僕は君を助けたんだよ? それなのにその言い草は酷いと思うんだけどなぁ?」

「人をストーカーして何を……っ!!」

「ストーカー? 僕がストーカーだって?」


 こ、これは……凄まじい場面に出くわしたかもしれない。

 たったこれだけの会話だが麗奈さんはストーカーされており、その犯人はあの男ってことか?

 瑠奈もそうだが麗奈さんも変な男を寄せ付けるのかな……とはいえ、このまま見過ごすわけにもいかない。


「麗奈さん!」


 どうして徳永が居たのかなど、色々あったが……それ以上に俺は忘れていたことがある――今回の出来事において、ネトラセンサーは発動しておらず不思議な力の加護はないということを。


「うん? なんだ?」

「神木君!?」


 本当なら、もっとやれることがあったはずだ。

 それでも麗奈さんが不安そうにしていたからというのもあるが、一刻を争うような気がしたからこうして俺は飛び出した。


「麗奈さん! 大丈夫ですか!」


 即座に麗奈さんを背に庇ったが、そこで俺は垣間見た。

 目の前に立つ男性は俺が思った以上に筋肉質なのと、その瞳には麗奈さんに向ける凄まじいまでの執着が見えた。


(こ、怖い……)


 今まで俺は、何人かの相手を撃退してきた。

 しかしどうして今までと違いこんなに弱気になっているのかと考えてみると、そもそも旦那さんの居ない麗奈さんにはネトラセンサーが発動しないことに気付く。


「ま~た勘違いしたガキかな? あなたの周りにはこんなのばかりが集まるのかな?」

「神木君、私は大丈夫だから早く行きなさい!」

「……………」


 この場合、とっとと逃げて助けを呼ぶのが良いか?

 でも……ここから離れた瞬間に、麗奈さんの身に良くないことが起こるなんて分かり切っている。

 そんな雰囲気を目の前の男は放っている……それが分かるんだ。


「ほら」

「っ……」


 ドンと、肩をそこそこ強い力で押された。

 たったそれだけで俺は体勢を崩し、背後に立っている電柱へと背中をぶつけた。

 寄り添ってくれる麗奈さんの存在に助けられていることは分かるが、何の力も無ければ反撃さえ出来ない自分が情けない。


「はは、足が震えてるじゃないか。さっきのガキみたいにとっとと逃げたら許してやるよ」

「……………」

「……生意気な目をしてるな君」

「ぐっ!?」

「神木君!」


 胸倉を掴まれ、一気に呼吸が苦しくなった。

 どうにも男にとって気に障る目をしていたらしく、胸倉を掴まれながらもう片方の手で髪の毛を掴まれた。


「彼を離して! お願いだから!」

「このガキがいけないんだよ? 僕は何も悪いことはしていないさ。ただ教育をしてあげてるんだよ」

「何を……ふざけないで!」


 麗奈さんの声に、男の視線が一瞬俺から逸れた。

 その瞬間に強く首を動かして何とか拘束を抜け出し、無我夢中で男の腹に蹴りを一発……思った以上に鍛えられた体で固かったが、それでも一定の距離を離すことには成功する。


「……はぁ、このクソガキが」


 そして、今のは完全に男の切れさせてしまったらしい。


「大丈夫ですから……ふぅ」

「神木君……どうしてこんなになってまで」

「守りたい以上の理由なんてないでしょ」

「っ……」


 本当に……ストーカーって面倒な存在だなと思う。

 どうして拒絶されているというのに、一方的な想いを相手に向けて思い通りにならなかったらこんな風になってしまうのか……俺にはそれが理解出来ない。


(ったく……足がふらふらしてら)


 怖いし痛いし……何なら暴力を振るわれて死ぬかもしれない。

 そんな恐怖を抱くことになるとは思わなかったが、それでもこの場を退くことはしたくなかった……麗奈さんを守りたいと思ったのはもちろん、麗奈さんに何かあったら瑠奈が悲しんでしまうと思うから。


「……………」


 足に力を込め、力強く男を見据える。


「女性にストーカーして怖がらせるより、守れる人間になりたいって俺はそう思う……だから退かない絶対に」

「……本当に生意気だな」


 手を伸ばす男……そして手を握ってくれた麗奈さん。

 その時だった――男の動きがスローに見え、ネトラセンサーが発動した時と全く同じ現象が発生したのは。


「……え?」


 これは……どういうことだ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る