二人目の変化

「お、ちょうど良い所に!」

「え?」


 昼休みになり、トイレを済ませたところで声をかけられた。

 俺を呼んだのは歴史の授業を担当している徳川先生で、ちょいちょいと手招きをされた。


「どうしました?」

「実はな」


 この場合、おそらく何かの頼まれ事だろうか。

 正直なことを言わせてもらえば面倒ではあるものの、どんな用事であれ危なかったりしなければ断ることを俺はしない……まあ、断るのが忍びないってのもあるけど。


「ちょっと荷物を運ぶのを手伝ってほしいんだが」

「良いですよ。その代わり内申点の方はよろしくお願いします」

「良いのか? ってこいつめ!」

「いやいや、それくらい良いじゃないっすかぁ!」


 内申点云々はネタだけど、とにかく断ることはせずに頷いた。


「何を運ぶんですか?」

「まずは職員室に来てくれ」

「うっす」

「何かお手伝いなの?」

「あぁ……うん?」

「……はっ?」


 ちょっと待て、俺は誰と会話をしてるんだ?

 俺だけでなく徳川先生も驚き、二人してサッと背後を振り向く。いつの間にそこに居たのか、藍沢が立っていた。


「藍沢?」

「違うでしょ? 瑠奈、そう呼んでちょうだい」

「……あ~」

「ほら」

「……瑠奈」

「ふふっ、それで良いのよ正人君♪」


 名前呼びにご満悦な美少女の姿は、普通なら俺も最高の気分になるはずなのに、この何とも言えない気持ちは何だろう……嫌じゃないけどさ。


「二人とも、随分と仲が良いやり取りだな」

「そうなんです。私たち、最近凄く仲が良くなりまして」

「ほぉ! まあ生徒の仲が良いのは喜ぶべきことだからな。これからも仲良くするんだぞ?」

「はい、畏まりました」

「……………」


 置いてけぼりなんだけど俺……。

 藍沢……じゃなくて瑠奈もそのまま加わり、職員室に一緒に向かってダンボール箱を抱えた。


「おもっ」

「だろう? すまんがそのまま視聴覚室まで頼む」

「了解です」


 このダンボール箱に何が入ってるのか知らないが、とにかく重い。

 感覚的には大量の資料でも入ってるんだろうけど、確かにこれを徳川先生だけでというのはしんどいだろうなぁ。


「藍沢? 無理はしなくても……」

「これくらい大丈夫ですよ」


 瑠奈は俺たちが持っている物よりも小さなダンボール箱だが、瑠奈が居てくれるからこそ往復しなくて良いのもあるので、彼女に付いて来てもらったのも結果的には助かった。

 そのまま視聴覚室まで運んだ後、徳川先生にこれでもかとお礼を言われて別れた。


「お疲れ様、瑠奈」

「ううん……ふふっ♪」

「なんだ?」


 教室へと戻る途中、突然に瑠奈がクスッと微笑んだ。

 すぐ隣で美少女が微笑む姿にはドキッとさせられたが、俺としては突然笑われたらどうしたのかと気になる。


「不思議だなって思ったのよ。つい最近までは、正人君から名前で呼ばれることはなかったじゃない。それがこうして名前で呼ばれること……あなたの口から、あなたの声で瑠奈と呼ばれることが嬉しいなって」

「っ……そ、そうなんだ」


 えっと……もしかして俺は今、青春って奴を謳歌してる?

 ていうかこの言い方と表情はもしかして、俺は瑠奈に意識されているのではないか……なんてことを考えてしまうけれど、こういうのが自意識過剰って笑われるんだよな。


「正人君」

「お、おう……っ!?」


 ただでさえ近い距離だったが、瑠奈は更に距離を詰めた。そのまま彼女は俺の手を握りしめてこう言葉を続けた。


「私は、あなたにとても感謝しているわ。だからこそあの時のお返しを私はしたいと考えたの……でも正人君はそんな必要ないって、あれは偶然助けただけって言うでしょ?」

「それはまあ……そうだな」

「でしょう? だから私は決めたの――であれば、私は正人君が悲しんだりしないようにしたいって」

「それは……」

「一昨日の夜……正人君は泣いてたでしょ?」


 瑠奈が言うのは、母さんを助けに行った時のことだ。

 あの時は未然に全てを防ぐことは出来たものの、もしもネトラセンサーがなかったらどうなっていたか……それを考えてしまってつい気持ちが沈んでしまい、涙を流してしまったんだ。

 そのことを考えると凄く恥ずかしいのだが、だからと言って誤魔化したり出来る空気でもなさそうだ。


「私たちを助けてくれた人が、あんな風に悲しむ姿なんて到底耐えることなんて出来ない……だから私はそう思ったの」

「でもあれは……」

「正人君」

「っ!?」


 そっと手の平を頬に添えられ、そのまま優しく引っ張られた。

 俺が誘われた場所は彼女の胸元――それは何を意味するのか、彼女の大きな胸に頬を押し付けるような形になるということ。


(……俺、夢でも見てるのかな)


 思わずそう考えてしまうくらいには、夢見心地な感覚だった。

 ここがどこで、どういう状況で、どんな話をしていたのかさえ忘れるほどの感覚……こんなのは初めてだ。


「ああいう気持ちになりそうになったら遠慮なく頼ってほしいの。どんなに些細なことでも良い、どんなに話しづらいことでも良い……私をどうか頼って?」


 頭を撫でられながらそう言われ、直後に彼女は離れた。


「……………」


 チラッと横目でガラスに映る自分を見たが、これでもかと顔が赤い。

 明らかに照れていることと動揺していることが分かる自分の表情に、更にまた恥ずかしくなってしまう。


「ねえ」

「は、はい……」

「頼ってね? 正人君」

「……うっす」


 返事をした俺を見て満足げに頷いた彼女は、教室に戻る前にお手洗いに行くと言って歩いて行った。

 昼休みが終わるまでまだ時間はあるが、まずは気持ちを落ち着けよう。

 窓から見える遠くの景色を眺めながら深呼吸をすれば、顔に集まっていた熱も段々と冷めていく。


「……青春だとか、そういうレベルじゃねえだろあんなの」


 あんなことをされると勘違いしそうになる……いや、逆にしないと失礼レベルじゃないか!?


「まあ……あんな風に気を許してくれるというか、俺に対してあそこまで言ってくれたのは明らかに最近の出来事だよな」


 ネトラセンサーによって瑠奈を助けたことや、あの不思議パワーで相手を圧倒した姿も良い印象を与えているんだと思う……でも結局、あれは俺自身の力ではないからなぁ。


「……はぁ」

「おやおや~、ため息なんて吐いてどうしたのん?」

「いやそれは……っ?」


 待て、俺は今誰と会話をしている……?

 妙なデジャブというか、ついさっきも似たようなことがあったぞ。


「誰――」


 聞き覚えのある声ではあっても、誰だと聞くのは自然なことだ。

 しかし、振り向いたのと同時に腕を強く引っ張られて近くの空き教室へと連れ込まれた。


「な、何を――」

「う~ん……ちょっと見ちゃってさぁ」


 目の前に立つのは中里だ。

 アイドルの時とは違う青い瞳が俺を射抜く……瑠奈の圧以上の何かを感じさせるような鋭い目付きに、思わず背中が震えた。


「瑠奈と凄く仲良いんだね分かってたけど」

「え? あぁまあ……色々あってさ」

「ふ~ん……」


 てか近い! 近いから少し離れてくれると助かるんだが!?


「てかさ」

「はい……」

「あたしのことも名前で呼んでよ、莉羅って」

「り、莉羅……?」

「わお、前に比べて素直じゃん。うんうんそれで良いよ、正人♪」


 いや、呼ばないとマズい気がしたというか……。


(これは……どうなってるんだろうか)


 最近になって彼女たちと仲良くなったとはいえ、これは……これも彼女たちにとっての絶望的な状況を変えたことによる影響か?

 こんな風に迫られるのは初めての経験だし、敢えて言うなら嫌ではなくむしろ悪くない気分だ!


(良い匂いはするし! 色々柔らかいし! ドキドキするし! とにかく最高なんだけどなんでかなぁ怖いんだが!?)


「名前呼びはやっぱりいいねぇ♪」

「……………」


 背中は壁で逃げ場はなく、がっしりと体を押し付けられているせいで本当に色々と危ない。

 胸元で形を歪めるHカップの乳は、とにかく心臓に悪い。

 段々と鼻っ柱が熱くなっていき……そして俺は解放してしまった。


「あ……」

「……あ!」


 同級生の美少女に胸を押し付けられ、俺は鼻血を出してしまった。





神木正人 ♡←←←←←←中里莉羅....


神木正人 ♡←←←中里←莉←←羅....error


    

神木正人←♡♡♡←←←←←中里莉羅....connect

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