繋がる
「……ふふっ」
「どうしたの?」
「ううん、何でもないわ」
食事中に、ついつい笑みが零れてしまった。
目の前に座るお母さんが首を傾げているけれど、私は何でもないと誤魔化すしか出来ない……だってそうでしょう?
彼を……神木君のことを考えていただなんて伝えたら何を言われるか分かったものじゃないから。
『俺は……強くなんてないんだ』
神木君はそう言った。
その時の彼の表情は自信に満ち溢れたものではなく、どこまでも不安そうに瞳が揺れていて……私は、そんな彼の表情にあの時の……涙を流していた姿を思い出した。
「……………」
神木君はとても強い人……それはあの時の彼が証明している。
私が襲われそうになった時、相手を全く寄せ付けなかったほどに強かったし、お母さんを助けたあの時だって圧倒的だった。
だから弱いはずなんてない……けれど、強くないと言った彼の言葉もまた嘘ではないと私は思った。
(……放っておけないわ……放っておけるわけないじゃない)
あんな表情……神木君には似合わない。
私がここまで彼のことを気にするようになったのは、助けられたこともそうだし、それからの過ごし方だって大いに影響している。
彼と話をする時間は凄く楽しくて、笑った表情なんかを見せられたら胸が高鳴り、照れた表情まで見せられたら凄く可愛いなって思う。
(雲雀君の時は……こんな風に思ったかしら)
ずっと付き合っていた彼のことは……もう何とも思っていない。
私が彼と付き合うようになったのは、高校に進学して熱烈な告白を雲雀君からされたから――特に付き合うことに興味はなかったけれど、それでも学生の内に経験しても良いかなという軽い気持ちからだった。
(楽しいって思ったのは確かなのにね……)
雲雀君と過ごす時間を退屈だと思ったことはない。
男の子と付き合うってこういうものなのかなって感覚だったし、雲雀君があまり可愛いとか言ってくれるタイプではなくても気にしなかった。
でも……そのことに段々と物足りなさを感じるようになったのは、真っ直ぐな笑みと共に言葉を伝えてくれる神木君を知ってしまったから。
(私は……)
私は、神木君のことをどう思っているのだろうか。
最近はずっとこう考えることが増えたけれど、もう一つ並行して考えることがある――それは彼にあんな表情を……涙を流すような悲しい表情を浮かべてほしくないというものだ。
私は彼に笑ってほしい……ずっと笑ってほしい。
その笑顔でずっと私に語りかけてほしい、私にだけその照れた表情を見せてほしい……願わくば、莉羅よりも私に全部見せてほしい。
「……え?」
その時、私の脳裏にある光景が浮かび上がった。
『ははっ! ようやく素直になったじゃねえか! やっぱり女ってのはそうじゃないとなぁ!』
『ねえお願い……もっと、もっとぉ……!』
『じゃあお願いしてみろよ』
『お願いしますぅ! 私のことを好きにしてください~!』
淫らな表情を浮かべる私が、あいつに……戸倉に組み伏せられている。
目を背けたくなるほどの光景だが、それはまるで神木君に救われなかった私を見せられているような感覚だった。
『止めて……近付かないで……っ!』
『あぁ……どうしてこんなことに……瑠奈っ!』
変わってしまった私から親友の莉羅と、そしてお母さんが絶望した表情を浮かべて離れていく。
戸倉に組み伏せられている私は気にせずに笑っているけれど、それから更に映像は流れて私は全てを失った……そうして絶望し、歳を取り、全てを諦めて吊るされたロープに首をかけた。
「っ!?」
「瑠奈!?」
ハッとするように我に返り、強く体が震えた。
お母さんが心配するように駆け寄って背中を擦ってくれたけど、それでも体の震えや不快感は消えてなくならない。
「はぁ……はぁ……っ!」
深呼吸を繰り返し、どうにか気分を落ち着かせていく。
「……あぁ……そういうことね」
私の中で全てが合致した。
つまり私は、神木君にあの時助けられただけじゃない――彼は私の運命を変え、未来さえも変えてくれたのだと理解した。
「大丈夫なの?」
「うん。心配かけてごめんなさい」
私の全てを救ってくれたのであれば、私はそれを返さなくては。
そしてそれは、神木君に悲しそうな表情をさせないということに繋がっていくのだから。
既に先ほど見た光景は消え、私は普段の調子を取り戻した。
相変わらずお母さんが心配そうに見つめてきたけれど、大丈夫だからと一先ずは安心してもらう。
「何もないなら良かったわ」
「本当に大丈夫だから」
「……………」
「お母さん?」
お母さんに心配された私だが、逆にお母さんの様子がおかしいことにも実は気付いていた。
……何かあったのかしら。
▼▽
「あ、おはようございます」
「おはよう正人君」
今日も今日とて朝のゴミ出しに出向くと、住吉さんが居た。
相変わらずのラフな格好というか、寝間着のまま家から出てきたのかとにかくエッチである。
上着を羽織っているとはいえ、その下はおそらく薄いシャツ……なんだっけ? キャミソールって言うんだっけか? そんな感じのフリフリっぽい布が若干見えている。
「今日もゴミ出し、偉いねぇ」
「もっと褒めてください!」
朝の目覚めがあまりに良かったせいか、そんなことを言ってしまう。
いきなり何を言ってるんだとハッとしたが、住吉さんはおやっと目を丸くしたものの、すぐに微笑んで近付く。
胸元から覗く大きな胸をたゆんたゆんと揺らしながら目の前に立った住吉さんは、よしよしと頭を撫でてきた。
「あ、あの……冗談のつもりだったんですが……」
「……………」
住吉さんは何も言わず、ただジッと俺を見つめて撫でる手を止めない。
どこか彼女の瞳に寂しさというか、悲しみの色が見えた気がしたが恐らく気のせいだろう……ってそう思ったのだが、住吉さんが口を開いた。
「君を見てると弟を思い出すんだ」
「弟さん?」
「あぁ……といっても、もう大分前に亡くなったんだけどね」
「……………」
「私の三つほど下で、生きていれば二十六かな……ちょうどあの子が高校生の頃に事故に遭ってね」
「……そうだったんですね」
住吉さんの口から伝えられたことは、当然知らなかった。
おそらく母さんも知らないんじゃないかって思ったけど、流石にそんなことを話したりはしないか。
撫でていた手を止めた住吉さんは、胸の下で腕を組み空を見上げて言葉を続けた。
「那智さんに話したりはしてないけど、正人君の雰囲気は弟にそっくりなんだよ。だからそれで少し、弟を見ていた部分もあったかも」
「なるほど……」
「朝から辛気臭い話をしてごめんね」
「いえいえ! 全然そんなことないですから!」
でもそうか……やけに親しみやすく接してくれるとは思っていたし疑問でもあったけど、そういう経緯だったんだ。
「住吉さん」
「なんだい?」
「いつでも話しかけてくださいよ。ていうか、むしろ俺からも顔を見たら声を掛けたりしていいですか?」
「あ……うん。もちろんだよ」
「ありがとうございます! それじゃ、行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
笑顔の住吉さんに見送られ、俺は学校へと向かった。
ただ学校へと歩く中、俺はというと住吉さんの弟さんはどんな人なんだろうとちょっとだけ気になった。
もしもまたこういう機会があって、話せる雰囲気だったら聞いてみるのも良いかもしれない。
「……うん?」
後少しで学校というところに来たのだが、見覚えのある背中があった。
最近こうして彼女の背中を見かけるのも珍しくなくなったなと思いながら見つめていると、当たり前のように彼女は振り向いた――藍沢だ。
彼女はそのまま学校に向かうのではなく、俺の方へと歩く。
「おはよう、神木君」
「おはよう藍沢」
「……最近、こういうの多いわね」
「そうだな……えっと、どうする?」
「せっかくだし一緒に行かない?」
「……大丈夫か?」
「噂とかってこと? 大丈夫よ――変な噂を流れても潰すから」
「……………」
藍沢さん……何か心境の変化でもあったのだろうか。
漫画かアニメで見た魔王とか、覇王みたいな雰囲気を感じるのだが……結局、俺は藍沢と一緒に学校へと向かうのだった。
「ねえ、神木君」
「うん?」
「名前で呼んではダメ? 代わりに私のことも名前で呼んで?」
そんな提案もされ、どこか有無を言わさない雰囲気に頷いた。
神木正人 ♡←←←←藍沢瑠奈....
神木正人 ♡←←藍沢←瑠←奈....error
神木正人←♡←←←藍沢瑠奈....connect
【あとがき】
ブクマや評価など、面白いと思っていただけたらよろしくお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます