俺は強くない

「あ~あ、すっごく楽しかったなぁ……でもそんな時間もすぐに終わっちゃうんだもんなぁ」

「あはは……」


 喫茶店で過ごした中里との時間は、本当に早く過ぎて行った。

 彼女の身に起こったことや詳しい事情を知って憤りはあったものの、それ以上に色んな話を聞けたのが楽しかった。

 同級生の中里としてもそうだし、アイドルの東條リラとしてもだ。


「本当に言わないでね? あたしの家族以外で知ってるのは瑠奈と麗奈さんに神木君だけなんだから」

「分かってるってば」

「仮に漏れちゃったらすぐに分かんだからね!」


 それは確かに……でも絶対に言わないっての!

 ケラケラと笑う中里は、何かを思い出したようにぴょんとジャンプして俺の目の前に立った。

 その拍子にたゆんと揺れた胸に一瞬視線が向いたものの、中里に気付かれた様子はない。


「ねえ」

「っ……」


 ねえ、ただそう短く問いかけられただけだ。

 それなのに彼女の声の音色はどこか低く、同時に昏い何かを俺に感じさせた。

 至近距離で見上げる中里は、ただただジッと俺を見つめている。

 整ったまつげや、カラコンの入った赤い瞳や、僅かに化粧をしているであろう痕跡や、プルプルとした唇など多くのドキドキさせてくる要素が間近に迫っている。


「これからもっともっと話をしても良い?」

「えっと……どういうことって聞くのはこの場合正しいのか?」

「簡単なことだよ。今まで以上に話をしたいってこと……ダメかな?」

「いや、それは全然……というか断る理由はないと思うけど」

「……ほんと?」


 やけに圧があるな……でも、本当に断るつもりなんてない。

 むしろ中里のような美人ともっと話せるなんて望むところだし、彼女がアイドルだと知っていることも他の男子に対して優越感が……って思ったりすると良からぬことが起こりそうなので止めておこう。


「むしろこっちからよろしくしたいというか……今まではただのクラスメイトだったけど、こうして色々と知っちゃったからな……これまで以上に仲良く出来るなら望むところだって感じだ」

「ほんと? 本当だね?」

「うん」

「やった♪」


 嬉しそうにぴょんぴょんとその場で中里はジャンプした。

 そうするたびに何度も何度も弾む大きな膨らみは、まるで見せ付けているんじゃないかと言いたくなるほどにバインバインと揺れる。

 目の前に立つ俺だけでなく、周りの通行人が一度二度と視線を向けてくるほどなので、俺はすぐに肩に手を置いて止めさせた。


「……あ」

「……………」


 ガシッと肩に手を置き、中里と見つめ合う……え?


(な、何をやってんだ俺はあああああああああっ!)


 俺はただ中里のジャンプを阻止したかっただけなのに、変に肩に手を置いたことで妙な空気になってしまった。


「ほ、ほら……あまり目立つと正体が……ね?」

「あ、あぁ……そういうことかぁ」


 ふぅ……一先ずは納得してくれたようで安心だ。

 サングラスの上からチラチラと辺りを見渡し、中里は可愛くコツンと頭を叩く。


「あたし、昔から嬉しいことがあると周りが見えなくなっちゃうの。だから気を付けないとなって思うんだけど、上手く行かないよねぇ」

「そうなのか」

「うん……ほら、神木君は経験ない? 友達と喋ってる時、ついつい自分のことを話し過ぎて周りを置いてけぼりにしちゃう感じに似てるかな」

「それは……」


 それが似てるのかどうかはともかく、確かに周りが見えなくなる感覚は同じかもしれない。


「でもそれ……ちょっと耳が痛いかも。俺も刀祢……友達と遊んだりしてる時に、向こうが俺の見たアニメとか漫画に食い付いたら延々喋っちまうし……」

「やっぱりあるよねぇ……言った後にこの例えはどうなのって思ったけれど、感覚としては似てるもんねぇ♪」


 クスクスと笑いながらも、彼女の方も趣味の話し過ぎに関しては覚えがあるのかとズーンと沈んだ。


「ってごめん神木君! あたし、これからミーティングなの」

「え!? 大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫! それじゃあ神木君、また夜に電話するね♪」

「え? あ、はい」


 大きく手を振り、中里は走って行った。

 こっちを見ながら走っているせいで電柱にぶつかりそうになったりしたが、とにかく危なっかしくて見ていられない。

 結局、その背中が見えなくなるまで見送ってから俺は歩き出した。


「神木君」

「っ!?!?」


 中里とのやり取りを終え、完全に気を抜いていた。

 背後から名前を呼ばれ、ビクッと思いっきり体を震わせながら瞬時に振り向く。


「藍沢さんか……」

「なんでさん付けなの?」


 声に時点で気付いていたが、そこに居たのはやはり藍沢だった。

 熱で倒れた時と同じワンピース姿は、露出がそれなりに多い中里とは違った意味で素晴らしいものがある。

 同級生の私服姿に内心感動するなんて気持ち悪いことこの上ないが、考えるだけならタダだし気にはしない。


「ごめん、いきなりだったから動揺してさ」

「ふ~ん……ねえ神木君」

「うん?」

「さっきの子は莉羅よね?」

「あ、見てたのか?」

「偶然見ちゃったってところかしら」


 見られてたのは驚いたけど、やっぱり藍沢は東條リラが中里さんって分かってるんだな。


「あの莉羅と一緒に居たわけだし、秘密を聞いたの?」

「まあ……」

「それは……随分と信頼されてるのね」

「その、嬉しいことにね」

「……………」


 何だろう……さっきから妙に空気が変だ。

 藍沢は何かを言いかけては口を閉じ、また言いかけては口を閉じを繰り返し……そして言いたいことが纏まったのか、耳の近くで髪の毛を指で弄りながらこんなことを言ってきたのだった。


「もしかして……莉羅とお付き合いをしてるの?」

「……え?」

「違うの……?」


 あまりの言葉に固まったが、すぐに俺は否定した。


「ないない! 絶対にないから! そもそも俺があんな素敵というか、住む世界が違う子とそういう関係になれるわけないだろ!?」

「でも……」

「とにかく! そういうことはないから!」


 必死に否定するのもそれはそれで悲しい。

 でもこれで藍沢が変な誤解をするのも嫌だし、その誤解が万が一中里に伝わって嫌な気持ちになられるのも嫌だし!


「わ、分かったわ……」


 どうにか信じてもらえたらしい。


「俺が必死過ぎたのもあるけど引かないでくれる?」

「ごめんなさい」


 謝らなくても良いんだけどさ。

 さて、こうして藍沢と出会ったわけだが彼女も今日はもうやることがなく帰るだけらしいので、流れで途中まで一緒に帰ることに。

 その間に中里とのことだったりを話し、ある程度は理解してもらえた。


「莉羅からあの出来事は聞いてたけど……まさか神木君があの子を助けただなんてね」

「偶然あの場に駆け付けたというか、運が良かったんだよ」

「それでも私はあなたにお礼が言いたいわ。あの子を助けてくれてありがとう神木君」

「……うん」


 今日はお礼を言われ過ぎて変な気分だな……。


「でも……ふふっ」

「どうした?」

「ううん、本当は笑ったらダメなんだけど、私や莉羅が神木君と仲良くなるきっかけが襲われそうになったところを助けられてだから……こんな偶然があるのねって」

「あ~……確かにな」


 そんな偶然あっても困るけど、それもネトラセンサーのおかげか。

 でも一つだけ俺が忘れちゃいけないことがある――こうして藍沢や中里と仲良くなれたのは、俺の力ではないということだ。

 ネトラセンサーの超常的な力によって彼女たちを救えたわけで……だから現状に関してさっきもそうだが優越感を抱きはしても、俺の力ではないことは留意しておかないといけない。


「なあ藍沢」

「なに?」

「俺は確かに君たちを助けた……でもそれは本当に偶然なんだ。俺に大した力はないから……だから必要以上に感謝は要らないよ」


 もちろん美少女に感謝されるのは凄く気持ち良いよ。

 でもこれで俺の力だって勘違いするのは嫌だからな……俺はただ、この力を使ってNTRをしようとするクズを成敗出来ればそれで良いんだ。


「……真っ直ぐで優しいのね。あなたは涙を流してでも守りたいと願う存在のために動ける人だもの」

「えっと……」

「何となく分かったわ。でも助けられたことに変わりはないから感謝の気持ちは抱かずに居られないわよ? 逆の立場で考えたら分かるわよね?」

「それはまあ……はい」


 確かにそう言われると納得するしかない。

 それから一時も会話は途切れることなく、気付けば藍沢の家の前まで来ていたようだ。


「結局送ってきちまったな」

「そうね……でもここまで長く話が出来て嬉しかった」

「……そっか」

「えぇ……ねえ神木君」

「うん?」

「これからももっと話をしても良い?」

「それは良いけど……って中里と同じことを言うんだな」

「……そう、あの子もそう言ったのね」


 ボソッと藍沢は呟いた。

 そして、ピコンとスマホから音が出てビックリしたが……手に取って見ても特に何かが起きた様子は見られない。

 何だったんだと思いつつ藍沢と別れ、俺は帰路に就いた。





神木正人 ♡←←←←藍沢瑠奈...

      ←←←←←←←中里莉羅...

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