距離感がとてもおかしいアイドルさん

 俺はずっと、彼女は似ているとそう思っていた。

 中里莉羅と東條リラ……外見の酷似はもちろん、声までそっくりでずっと引っかかっていた

 でもまさか、流石に同一人物だとは思えなかった。

 テレビにでも出ることがあって、グラビア雑誌の表紙さえも飾ることがある売れっ子アイドルが同級生など……そんなの普通であればいくら似ているからという理由があってもあり得ないと思うのが常識だ。


「その様子だと随分と驚いちゃってるね」

「……そりゃね」


 だからこそ、目の前に座る中里が東条リラだと知った今……俺はやっぱりそうだったのかと僅かに納得はしているものの、それ以上に計り知れない驚きに包まれている。


「実は……もしかしたらとは思ってた。目の色と髪の色が違うけど、顔立ちに声はそっくりだったから。君を助けた時にそれなりに近い距離だったのもあるけど……それでもまさか、今をときめく人気アイドルが同級生だなんて思わないだろ?」

「それはそうだろうねぇ……でも現実はこうなんだよ。アイドルとしての活動を続けていた東條リラの正体は、神木君の同級生でもある中里莉羅なの~♪」

「……………」


 星でも召喚するかのような愛らしいウインクは、彼女がアイドルとして培ってきた魅力をこれでもかと感じる。


「なあ中里……で良い?」

「莉羅でも良いけど?」

「中里で……なんでバレないんだ?」

「なんでとは?」


 目の色と髪の色が違うだけで後はほぼほぼ同じだ。

 それなのに学校でもバレた様子はないし、東條リラが十七歳の高校生という情報は既出だが、彼女がどこの高校に通っているのかなどは全く表に出ていない。

 それを伝えると、中里もまたう~んと頭を捻った。


「確かに全然バレないんだよねぇ……それだけ普段のあたしとテレビに出るあたしが結び付かないんじゃない?」

「そうかぁ? 正直、学校で見る中里もテレビで見る東條リラも俺からすれば同じくらい美人なんだが」

「っ……あはは、ありがと♪」


 ……言ってて恥ずかしくなってしまった。

 僅かに頬を染めてはにかむ中里は、アイドルという顔を抜きにしても本当に魅力的だと思う。

 何度か言ってるけど、これがクラスで二番目に美人だって?

 言い出したのはどこのどいつだと問い詰めたいくらいだぞこんなの。


「でも、理由はちょっとあるかもね。実は以前に平日のお昼から出演したネット番組があるんだけど」

「うん……」

「その時に予め録画した動画と、コメント欄にサクラを入れてあたかも本当に生出演したように演じたことがあってねぇ。それも少しはあるんじゃないかなって」

「そんなことがあったんだ……」

「これ、絶対に言わないでね?」

「言わないよ!」


 強く否定した俺に、中里はクスクスと楽しそうに笑う。

 仮に注意されなかったとしても言うつもりなんて全くなかったし、逆にそういう風にして身バレの可能性を下げたというのは凄いと思ったくらいだからなぁ。


「俺は東條リラの熱狂的なファンじゃないのが申し訳ないんだけど、それでも凄く活躍してるのは知ってるよ。だからそんな風に頑張って活躍している同級生を困らせるようなことは絶対にしない」

「神木君……」


 そう伝えると、中里の手が伸びた。

 テーブルに置かれている俺の手に重なり、ギュッと握りしめられて思わずドキッとする。


「神木君ってさ……ほんとに嬉しい言葉をくれるよね。なんでそんなに優しいの?」

「いや……優しいというか、思ったことを口にしてるだけと言うか」


 正直なことを言えば、俺も自分自身に驚いている。

 藍沢を助けてからというものの、今までの俺ってこんな風に気の利いた言葉を言えるのかと思うことがしばしばある。

 もちろん用意された台本があるわけでも、脳裏に直接誰かにこう言えと命令されているわけでもない……ただすらすらと伝えたい言葉が口から出てくるんだ。


「……あたし、ここに来た理由を忘れちゃってた。あまりに神木君との会話が楽しくてさ――改めてありがとう。あの時、神木君が助けてくれなかったらあたしはどうなってたか分からないから」


 そういえばそうだったなと俺も思い出した。


「分かった、その礼を受け取るよ」

「うん」

「俺も気にはなってたから……いくら俺が助けれたとはいえ、あんな経験はトラウマになってもおかしくないだろ? 一生付き纏う恐怖になっても変じゃない……でもテレビとかSNSとかの映像で見る君はちゃんと笑えていたから安心したんだ。俺の思い込みじゃなければ、別に無理はしてないでしょ?」

「うん、全然してないよ。確かにあの出来事は怖かったけれど、それでもトラウマにはなってないから安心して。だってその時の怖さを打ち消してくれる正義のヒーローが助けてくれたから」


 そうしてまた、ギュッと手を握る力が強くなった。

 心から嬉しそうに笑う中里は、真っ直ぐにその綺麗な赤い瞳で俺を見つめてくる。

 普段の青い瞳も綺麗だけど、この赤い瞳も凄く綺麗だった。


「正義のヒーローは止めてほしいかなって……あはは」

「えぇ? だってそれくらいのことをしたんだよぉ?」

「本当に慣れないんだよ……俺は別にヒーローになりたいわけでも、助けてあわよくばを狙ったわけでもないんだ。ただ俺は、NTR絶許の心のまま動いただけだから」


 NTRの意味を知っているみたいだし、隠すこともないだろう。

 最近では藍沢は言わずもがなとして、中里も凄く喋りやすい性格をしているし、こういう言葉にも笑って対応してくれることは分かっている。

 だからNTR許すまじということを伝えたのだが、中里から帰ってきた言葉は俺の予想を遥かに越えるものだった。


「NTR……あの時だとそうかもしれないけど、今はもうそれは意味を為さないんだよね。その時に付き合ってたクソ彼氏とは別れたから」

「……え?」


 別れた……?

 東條リラに彼氏が居るということは、中里莉羅にも彼氏が居ると言うことになるのか……なんて思っていたところに、まさかの別れたという言葉は俺を驚かせた。

 しかもクソ彼氏だなんて言うくらいには嫌っているようだ……一体何があったんだ?


「クソ彼氏とはいえ、望んで付き合ったのが始まりだから単にあたしの人を見る目がなかっただけなんだけどねぇ」

「……………」

「まあ言っちゃうとさぁ……あの件に関して元カレも関わってたの。どうも寝取らせの癖を持ってたらしくて」

「寝取らせ……?」


 寝取らせだと……?

 寝取られというジャンルを知っているのもあってか、寝取らせという特殊性癖に関してもしっかりと履修済みだ。


「NTRってジャンルを知ってるし、あたしもエッチな漫画はちょくちょく読んだことあるから寝取らせに関しても知ってるよ」

「あ、はい」

「それを知った上で言わせてもらうなら……現実で、しかも自分の彼氏がそうだったと知った時のあたしはそれはもう凄かったんだから」

「それは……そうだよな」


 それは気持ちが悪いとか、嫌悪感を抱くどころじゃないはずだ。

 あんな酷い目に遭って……しかもそれが、大事な場面で心の拠り所になるであろう彼氏が手引きしたなんてあり得ていいわけがない。

 しかも自分の彼女が汚される瞬間を望む性癖というのは、俺は全く理解出来ない。


「そいつは……ゴミだな」

「うん、すっごいゴミ野郎って言ってやった」


 清々しい笑みを浮かべて中里は言い切った。

 相変わらず彼女の手は俺の手に重ねられたままで、俺もまた意識せずとも彼女の手と少しばかり強く握りしめた。


「ま、そういう二重で嫌なことがあったけどもう気にしてないよ。もはや忘れたまであるね!」

「……それで良いと思う。あんなこと忘れちまえ」

「そだね♪ 悪いことは全部忘れて、良い思い出ばかりで埋め尽くすよ」


 中里の様子は、本当に心配がないんだと安心させてくれた。


「あ、ちなみにあたしが東条リラだって学校で知ってるのは瑠奈だけなんだよねぇ」

「へぇ……ただ凄く仲が良いわけじゃなかったんだな」

「幼馴染みたいなもんだしね」

「そうだったのか」


 一旦事件のことは忘れ、中里は藍沢とのことを教えてくれた。

 仲が良いとは思っていたけれど、どうやらそれ以上の絆が中里と藍沢の間にはあるようだ。


「対面でも良いけど隣が良いかなぁ。そっち座っちゃうね」

「ちょ、ちょっと……」


 向かい合うように座っていた中里が隣に移動し、そのまま俺の方へ体を押し付けるようにしながら会話を再開した。


「それでねぇ、瑠奈は――」


 藍沢との思い出話を語るのは良いのだが、彼女が体を押し付けるせいで大きくも柔らかい塊が腕に当たっている。

 そのことに体中の体温が急激に上昇するが、それを悟られないように我慢するしか俺にはない……くぅ、天国と地獄だぞこれは!!







「……神木君に莉羅?」

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