中里莉羅=東條リラ……!?!?

 母さんを助けた翌日。

 早速俺は、リビングに降りてすぐに母さんに謝られた。


「ごめんなさい……心配をかけてしまって、本当にごめんなさい!」

「いやいや! 母さんは悪くないってば!」


 突然の謝罪にビックリしたが、俺としては母さんが無事ならそれで良かった……だからこうして謝ってもらうよりかは、いつも通りの母さんで居てくれればそれで良い。


「父さんから聞いたの?」

「軽くね……本当に私ったら何をしてるのって……あなたに対しても、パパに対してもあまりに申し訳なくて」


 酔ってもいないのにパパ呼びは、それだけ思い詰めている証だ。


「母さんに何もなかったからそれだけで良いんだ。俺も父さんも安心したからね……だから母さん、いつも通りにしてくれよ」

「正人……」

「それだけで良いから。父さんも似たようなこと言ったんじゃない?」


 だって俺の父さんだぞ? 絶対にそうに決まっている。

 母さんはしばらく暗い表情を浮かべていたが、確かにこのままではいけないと思ったのか笑みを浮かべてくれた。


「そうね……正人やパパがそう言うならいつも通りに戻らないとね」

「そうそう」

「……ふふっ、でも改めてお礼は言わせてね。ありがとう正人」

「うん」


 昨日のことはこれでお終い……とはならず、母さんからも話を聞く。

 どうにも今朝になって母さんを連れ出した女性たちから謝罪の電話があったらしいが、その時の彼女たちは尋常ではない様子だったとか。


「支離滅裂なのは気になったけど、絶対に謝罪をしたいって気持ちは伝わったから……」

「ふ~ん……」

「敢えて言うならそうね……まるで首元にナイフを押し当てられて、命の危機に瀕している人質みたいな人の喋り方だったわ」

「随分具体的だね……」


 でも……何となく分かるかもしれない。

 あの時、俺はネトラセンサーの力で男たちを撃退したけど……頭の中ではもっと酷い目に遭ってしまえと念じていた部分もある。

 しかもそれがあの人たちに作用したのだと、何となくだが想像出来てしまったから。


「あの人たちはあまり学生時代で仲良くなかったけど、やっぱり久しぶりに会うと話は弾むものでね……まあでも、あなたとパパに心配と迷惑を掛けたのならそれ以上に気にするものはないと思ってる。金輪際、あの人たちと会うことはしないわ」


 母さんの表情は、強い意志を感じさせた。

 俺や父さんを心配させるくらいであれば、かつての繋がりなど容易に断ち切ってみせると言わんばかりの顔だ。


「正人」


 近付いてきた母さんに抱き寄せられ、ジッと見つめられた。


「あなたやパパ以上なんて私にはないもの……だからよ」

「……うん」


 とはいえ、あんな場面に出くわすこと自体が稀だろう。

 しかしながらもしもネトラセンサーがなかったらと思うと、果たしてどんな風になってしまったのか想像もしたくない。

 その後、父さんがトイレから戻ってきたのだが、父さんも父さんで母さんのことが本当に心配だったのはもちろんだけれど、こうして母さんが目の前に居てもまだ気にしてしまっているらしい。


「……?」


 ただ、いつも以上に仲睦まじい姿は微笑ましいことだが……少しだけ様子が違う? 父さんはともかく、母さんの父さんを見つめる視線がいつも以上に熱を帯びているような……そんな気がする。


「……ま、別に悪くないか」


 ただでさえ仲の良い両親がもっと仲良くなるというのは、決して悪いことじゃない……あの出来事がこういう方向に良い傾向を齎すならドンと来いってやつだ。

 それから部屋に戻り、昼飯を食うまでは家で過ごした。


「行ってきま~す」


 昼食を済ませた後、ジッとしていられなかったのもあって外に出た。


「……なんか落ち着かないな」


 母さんに何か起こるかもしれなかった危機的状況は回避され、何も心配することはないのだが……どうにも気持ちが落ち着かない。

 立ち止まって道の隅に移動し、スマホを手にした。


「あの時……なんか変だったんだよな」


 藍沢や東條リラ、先輩男子の時とは違った感覚だった。

 ネトラセンサーが反応したのは同じだったけど、母さんが危ないと思った時の怒りは自分でも分かるほどに感じていた。

 それこそ頭に血が昇った状態ではあっても冷静で、けれどもあの人たちに対して何もしないというのが考えられないくらいだった。


「ま、分からねえか」


 でも、敢えて言うなら背に沢山の怒りを背負ったような感覚……か?

 そんな風に考えつつ、特に当てもなく街に向かった。特にすることもないので適当にブラつくだけだが、そうして色んな景色を見ながら歩いていると気分は落ち着いていく。

 そして――。


「うわっ!?」

「え?」


 ドンと、背中に誰かがぶつかってきた。

 麗奈さんの時もそうだけどやけにぶつかる人が多いなと思いながら振り向くと、その相手は俺の知っている人だった。


「……いつつ」

「東條……リラ?」


 そう――ぶつかってきたのは東條リラだった。

 サングラスに帽子を被っているが、青いメッシュの入った黒髪は特徴的だし赤い瞳もまた珍しい……もちろん外見的な特徴もそうだけど、彼女をお姫様抱っこしたことがある経験のせいか、周りからバレないようにしているとはいえ俺にはハッキリと分かったのだ。


「え……あ!」


 サングラスの向こう側にある彼女の瞳が大きく見開かれた。


(なんだ……この反応)


 もしかして助けた時のことを知られたのかと思ったが、あの時の俺は狐の面を被っていたのでバレていないはず……ならこの驚きはおそらく、俺が彼女の名前を呼んでしまってバレたことによる驚きか?


(相手がアイドルって時点でテンション上がる……はずなんだけどな)


 やはり昨日のことがあって少し気分が乗ってこない。

 だから俺は、先んじて彼女に言葉を伝えてこの場を離れることにした。


「その、別にバラしたりとかしないから安心してくれ。それじゃ――」

「待って」


 しかし、ガシッと手首を掴まれてしまう。

 もちろん手を掴んできたのは東條リラだが、上体を僅かに低くしている彼女の体勢のせいで、胸元から覗く豊かな谷間からスッと視線を逸らす。

 流石現役アイドル……中島君情報だと、雑誌の特集ではHカップとか言われてたような。


「もしかして暇だったりする?」

「えっと……はい」


 なんで俺、彼女と会話してるんだ?

 あまりにも突然すぎた異常事態に、俺はただただ彼女の言葉に呆然と返事をするしかない。


「良かったら時間もらえない? ほら、改めてあの時のお礼をしようと思ってさ」

「もしかして……気付いてるの?」

「え? あぁうん……あの時の人でしょ?」


 ……どうやら彼女には俺だと分かっているらしい。

 確かに面を被っていたとはいえ背丈は同じだし声も同じだしで……そりゃ分からない方が鈍すぎるって話だ。

 困惑する俺とは違い、彼女はどこまでも楽しそうだ。


「……え?」


 ていうか、ちょっと待ってほしい。

 こんな風に笑う彼女の姿には既視感しかない……それこそ、学校で見ている気がする――でもそんなことがあるわけないだろうと、その答えを必死に頭から弾き出そうとするがやはり……被る。


「なんてね……ほら、あたしだよ――中里莉羅だってば」

「……マジ?」

「マジマジ~」


 そう言って彼女はスマホを取り出し、俺に画面を見せるようにして電話を掛ける――そうして震えたのは俺のスマホだ。

 これはつまり、彼女から俺に電話が掛かってきたということ……俺の画面に映し出されている名前は中里莉羅。


「……マジで?」

「だからマジだって。というわけで、一緒にお茶でもしよっ♡」


 ギュッと手の平を握りしめられ、そのまま近くの喫茶店へと連れて行かれるのだった。

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