別れた二人
「そうか! しっかり楽しんでくるんだよ」
「えぇ、たぶんお酒ガッツリ飲むと思うけど……迎えを呼んだら来てくれるかしら?」
「もちろん」
なんだ?
風呂上がりの一杯をご馳走になろうと思い、リビングに入る瞬間に聞こえてきた会話だ。
「母さん、どっか行くの?」
「今週末に同窓会があるのよ。大分久しぶりでね……かれこれ十年はやってなかったと思うのよ~」
「へぇ……」
「久しぶりの同級生との再会だし、こういうのは是非楽しんでもらいたいからなぁ。でも酒の飲みすぎはNGだよ?」
「分かってるわよ~。あなたは心配性なんだから♪」
同窓会かぁ、確かに母さんがそれで出掛けるのは久しぶりな気がする。
以前がいつだったかは全く覚えていないけれど、かつての同級生と会う機会ってのは貴重だろうし楽しんでもらいたい。
(……母さんってのんびりしてるしちょっと天然入ってるけど、最高に優しくて自慢の母親なんだよなぁ。父さんを心から愛してるし、父さんも母さんを心から愛してる)
詳しくは知らないが、母さんの実家は結構大きい家だったらしい。
それで付き合いを始めてから挨拶に行った際には、向こうの両親に大分キツイことを父さんは言われたみたいだが、それでも諦めなかったことが実を結んで、こうして二人は幸せな夫婦生活を送っている。
「……俺も、こんな風に幸せな結婚をしたいもんだなぁ」
なんて、ボソッと呟いてしまったのがマズかった。
「正人なら出来るわよ~♪」
「正人なら大丈夫さ」
「っ!?」
えっと思って視線を向けると、母さんと父さんがニマニマして俺を見つめていた。大きくない声で呟いたつもりだったのに、どうにもあちらには筒抜けくらいの大きさだったようだ。
「……………」
「あらあら、凄く顔が赤くなったわね~」
母さんの言葉に耐えられなくなり、俺はすぐに部屋に戻った。
「結婚とか……まだ全然先なのに、しかも付き合っている相手すら居ないってのに……はぁ」
明日……朝にどんな顔をして母さんに会おうかな。
そんなことを考えながらスマホを手に取り、SNSを開いて最初に目に入ったのは東條リラの呟きだ。
あんなことがあったというのに、彼女の投稿する言葉はポジティブだ。
まるで最初から襲われそうになったことなんて無かったと言わんばかりの明るさは、見ているこっちまで元気付けられるかのようだった。
「強いなぁ……でも、元気に活動しているのなら良かった」
今となっては、俺の中でも伝説と言える出来事かもしれない。
今をときめく有名アイドルを助けられたことは、今から時間が経った時に友人たちに話してこれでもかと笑われるネタになれば良いや。
「藍沢もそうだし、東條リラに関してもネトラセンサーのおかげかぁ」
SNSを閉じてネトラセンサーを起動した……のだが、そこで俺は妙なものを見つけてしまった。
「……なんだ?」
あれ……?
こんなもの今までにあったっけ……?
「……………」
そう思ったのは、赤いマークが出ていたのでタップして現れた画面だ。
そこには藍沢の名前と徳永の名前が出現しており、それに対してエラーが発生しているようなことを窺わせるものだ。
「なんじゃこりゃ」
そもそも藍沢たちの名前が出ていることも驚きだが、真ん中のハートマークに向かって伸びる矢印が徳永だけというのも気になった。
「……う~ん?」
しばらく眺めているとその画面に変化が起こり、徳永の藍沢に向いている矢印が行き場を無くしたかのように上下に動き、更にもう一本の矢印が藍沢とは違う方向へ伸びようとするも、それは途中で止まった。
「マジでなんじゃこりゃ」
ジッと見つめていても分かることは何もなかったが、その画面はしばらくしたら二度と見れなくなってしまった。
ネトラセンサー自体が不思議なものであることは確かなので、これもまた理解不能な不思議現象だと片付けるしかなさそうだ。
「……え?」
その時、画面の上側に通知が見えた。
どうやら連絡先を交換したばかりの藍沢と中里から早速メッセージが届いたようで、俺としては一気に緊張が張り詰める。
藍沢瑠奈:こんばんは。今、大丈夫だった?
中里莉羅:やっほ~♪ 早速送っちゃった♪ 大丈夫だったかな?
「……………」
思えば、女性からの通知は母さん以外なかったようなものだ。
学校では普通に女子と気軽に話をする時はあっても、連絡先の交換までは特にすることもなくてなかったからか、突如として頬を流れた涙には我ながら呆れた。
「同級生の女子とのやり取り……めっちゃドキドキする!」
今の俺は、きっと凄まじいほどに気持ち悪い顔をしているはずだ。
中里はともかく藍沢には彼氏が居るわけだが……それでも今は、二人とのやり取りに集中することにした。
ただ、途中で藍沢に送るはずだったメッセージを中里に送ったり、その逆も同時に発生したりして大変だったが、とにかく最高の夜を過ごさせてもらったことはありがとうと言いたい。
「……ふわぁ」
一時間ほどのやり取りを終え、俺の体は疲労困憊だった。
というのも女性とのこういうやり取りに慣れてないのもあって、自分のどんな言葉に相手が何を思うだろうか、嫌に思われないだろうかと考えすぎたせいだ。
一人ならまだマシだったかもしれないが、相手が二人だったのでとにかく疲れた。
藍沢瑠奈:おやすみなさい
中里莉羅:おやすみ~♪
「……へへっ」
寝る前にもう一度、二人からの最後のメッセージにニヤニヤした。
▼▽
それから数日は、ネトラセンサーが反応することはなかった。
学校でもそうだが家に帰ってからも一切反応することはなかったし、藍沢たちの名前が浮かんだあの画面も全く見れなかった。
「……しっかし、マジかよって感じだよな」
ネトラセンサーが反応しないのは平和な証なので喜ぶべきことだ。
だがある意味でそれが気にならなくなるほどの事件というか、出来事が発生してしまい俺は驚いていた。
「まさか……藍沢と徳永が別れるなんて」
それを知ったのは今日の昼休みだったが、どうも数日前には別れていたらしく教室でも驚いている連中は多かった。
藍沢と徳永は互いに話をしなくなり、徳永は何度か藍沢に視線を向けていたのは印象的だがその反面、藍沢は徳永に一切の視線を向けなかった。
「お似合いだったのにな」
誰もが羨むカップルだったのは言うまでもなかった。
だからみんなが驚いたのは当然だったけれど、徳永の後釜だったり藍沢の後釜だったりを狙う影もあったりした。
「神木君?」
「……………」
「神木君」
「……………」
「神木君!」
「っ!?」
トントンと、肩を叩かれるだけでなく近くで響いた声に振り向いた。
「あ……麗奈さん?」
「驚かせたかしら? 何度か呼んだけれど反応がもらえなくてね」
「それはすみませんでした。ちょっと考え事してて」
「そうだったのね。ここは人通りも多いし、気を付けないとダメよ?」
「っ……はい」
藍沢と同じ表情で微笑む麗奈さん。
前に会った時もそうだったが、本当にいつ見てもこの人は美人でドキッとさせられるし、小さな仕草の所々に藍沢を感じてしまって更に緊張してしまう。
(藍沢も中里も凄く美人なのに……この人はもっと凄いよな)
美人で性格も良くて、絶対に口に出せないがあの中里よりもデカい!
たった一日長く話しただけでも伝わる人の良さもそうだが、藍沢が嬉しそうに語る麗奈さんの話を聞いていたら、この人は絶対に良い人という感想しか出てこない。
(麗奈さんは……藍沢のこと知ってんのかな)
徳永と別れたこととか……まあ俺が言うべきことじゃないか。
「きゃっ!?」
「え?」
その時、目の前で麗奈さんの悲鳴が響く。
どうやら余所見をしていた通行人が背後から麗奈さんにぶつかったらしく、俺の方に向かって麗奈さんが押し出されてしまった。
「っと……大丈夫ですか?」
「えぇ……大丈夫よ。ありがとう神木君」
麗奈さんの肩に手を添え、倒れないように支えた。
ぶつかったのは女性みたいだが、その人はこちらに視線を向けることもしなければ当然のように謝罪の一つもなかった。
「あんな風にスマホを見続けるような人にはなりたくないっすね」
「ふふっ、心配しなくても神木君は大丈夫でしょう」
まあ、非常時を除いてああいうことはしないつもりだ。
「……………」
「……………」
麗奈さんの肩に手を添えたまま、何故かジッと見つめ合う。
そして、
「麗奈……さん?」
「雲雀君……?」
まさかの徳永が、呆然とした様子でこちらを見ていた。
(……面倒な気配がするぞ!?)
徳永の表情とこの状況に、何故か俺は嫌な予感をひしひしと感じた。
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