連絡先の交換
週明けの月曜日、学校に着いた俺は異様な雰囲気を感じ取った。
「……なんだ?」
別に今まで通りの変わらない光景には見えるのだが、どこか変な空気を感じるのである。
「……………」
学校に来る前は、藍沢が元気になってくれたかとか気になっていたはずなのに、この空気の中ではその大事なことも忘れそうになる。
「おっはようさ~ん……」
教室は騒がしかったが、やはりどこか違う気がする。
まだ刀祢は来ていなかったが中島君の姿を見つけたので、机に鞄を置いて彼の元に近付いた。
「おはよう中島君」
「あ、おはよう神木君」
「……なんか変な空気を感じたんだが」
そう言うと、中島君が表情を引き締めた。
「実は……」
「……うん」
これは確実に何かあったようだ。
ごくりと生唾を呑み込めば、辺りに緊張感が漂い始める。中島君はゆっくりと口を開いた。
「……出たらしいんだ」
「……何が?」
「亡霊が出たらしいんだ……この学校に」
「……は?」
一体、中島君は何を言ってるんだ?
とはいえ中島君の言葉は本当らしく、出所は不明だがこの学校に亡霊が出たという噂がまことしやかに囁かれているらしい。
「なんでそんなことに?」
「なんでも先輩の女子が尋常じゃない様子で話してたとか色々と聞いたけど、真相はよく分からないんだよね」
「ふ~ん……?」
先輩女子って聞くと心当たりがあるが……まあだからといって何かが分かるわけじゃないか。
結局、その亡霊と呼ばれた存在に関して分かることはなかった。
しかしそんな空気もしばらくすれば緩和していき、教室内もいつもの喧騒を取り戻していった。
「おはよう」
「おっはよ~瑠奈!」
「あれ? 今日は一人なの?」
そして、俺にとっても気になる女子の登場だ。
彼女の友達が指摘したように、中里も徳永も藍沢の傍には居らず、今日は一人で登校してきたようだ。
「……良かった、治ったみたいだな」
「何が?」
「あぁいや、何でもない……?」
「どうし……た……?」
中島君と共に俺は固まった。
というのも向こう側からジッと、藍沢がこちらに視線を向けて動きを止めているからである。
おそらく土曜日のことに関して話をしたいのかなと思い、自分の席に戻ると彼女はすぐに近付いてきた。
「おはよう神木君」
「おはよう藍沢」
目の前に立つ藍沢には、もうあの時の不安な様子は見られない。
おそらく彼女のことだし風邪を万全に治しただけでなく、徳永とも良い感じに仲直りしたんじゃないだろうか。
「風邪」
「え?」
「治ったみたいだな? って聞くまでもないんだろうけど」
「……うん」
照れ臭そうに、僅かに頬を染めながら藍沢は頷いた。
彼女にとって部屋を見られたことや、俺に運ばれたことなんかや恥ずかしかっただろうし、この照れはおそらくそれに関するものだと思う。
「お母さんから色々聞いたわ。迷惑をかけてごめんなさい」
「迷惑とかじゃないって。手紙に書いてただろ? 借りだとか思わず、迷惑だとも思わずに居てくれって」
「……そうね。でもお礼はちゃんと言わせて? ありがとう」
「良いってことよ」
「ちなみに……」
「うん?」
「あのPSに書かれていたことは……言ったの?」
「いやぁ……良いのをもらったぜ」
母さんと違って麗奈さんがめっちゃ若く見えるってやつだけど、もちろん母さんがキレるような煽りはしていないし、母さんもこの程度で怒ったりはしない。
でもちゃんと肩に一撃もらっておいた……ちょっと痛かったかも。
「あの手紙……ちゃんと残してるから」
「え?」
「文字からもそうだし、伝えられる言葉が凄く温かくて……あれを読んだ時に、神木君の声が聞こえるかのようだったから」
「……………」
「だから残してる……絶対に捨てたりしないから」
嬉しそうに微笑みながら藍沢はそう言った。
そんな笑顔に心からドキッとしながらも、それを悟られないように全力の無表情を心掛ける。
「それで――」
「おっはよう瑠奈! 神木君もおはよ~」
「きゃっ!?」
「な、中里……」
向かい合う俺たちの元に、横から中里が飛び込んできた。
中里がギュッと藍沢に抱き着いたとこで、彼女たちのたわわな膨らみが押し付け合い潰れ合い……何が言いたいかと言うと、非常に見たくもあるが見てはならない光景を生み出している。
「瑠奈ぁ、風邪は大丈夫?」
「メッセージでも伝えたでしょ? 大丈夫よ、莉羅」
「そっか! でもやっぱり不安だったんだよ?」
「そうね……心配してくれてありがとう莉羅」
「うん♪」
よしよしと、藍沢が中里の頭を撫でた。
クラスで一番目と二番目に美人だとされる二人の絡みは、暗雲を振り払い浄化してくれるかのような神聖さを感じさせてくれる。
目の前の光景を脳裏に焼き付けつつ、椅子を引いて座った俺にハッとした様子で藍沢がスマホを取り出した。
「神木君、連絡先交換しない?」
「……え?」
「ダメ?」
「いや……」
連絡先の交換を提案されるとは思わず、少しばかり固まった。
男子の中では徳永くらいしか持っていないとされる連絡先を俺が手に入れるだと……?
ちなみにそこそこの視線は集まっているが、会話の内容は俺たちだけに留まっているので、藍沢の提案にざわつきがないのはそのためだ。
「いや……そうなのね。ごめんなさい」
「あ、そのいやじゃなくてだな! えっと……逆に良いの?」
「もちろんよ。その……私たち、結構仲良くなったでしょ? それに連絡先を知っていたらああいうことがあってもすぐに言葉を伝えられるし」
「それは確かに……」
「ねえねえ、それならあたしも交換して良いかな?」
「あ、はい」
流れで中里とも連絡先を交換することになった。
二人に応えるようにスマホを取り出す……のだが、そこで俺はネトラセンサーがビンビンに反応していた。
「っ!?」
「あら、なに……?」
「うっわ! 画面真っ赤じゃん!?」
角度的に俺のスマホ画面は筒抜けだろうが、二人からすればこの真っ赤に点滅する画面は異常だろう。
あまりにも真っ赤すぎる反応、絶対に見逃すことはないが……取り敢えず今は連絡先を交換してしまおう!
「気にしないでくれ……それじゃあ、お願いします」
「えぇ」
「うん!」
こうして俺は二人の連絡先をゲットした。
その後、二人に声を掛けてから教室を出て発生源を探す。しかし、教室から離れたら反応は消え、また教室に戻ろうとすると反応するという以前と同じこと現象が発生した。
「……………」
ちょっと待てよと、俺は冷静になって考えてみた。
教室に近付けば反応が強くなり、離れれば弱くなる……これはまるで俺の動きに合わせて変化しているように思える。
「……え?」
反応が強くなるのを確認するように、教室の入口から藍沢を見た。
藍沢は彼氏が居て……そんな彼女と以前、日直の仕事をしている時に似た反応があった……そして今、彼女と親しく話をしていたら反応した。
「おいおい……確かに藍沢の家に行ったり、彼女と仲良くなったけどこのアプリ……俺を寝取り野郎だって認識してないか?」
……少し考え込んでしまったが、そもそも俺にはそんな気はない。
藍沢のことは素敵な女性だと思うし、あんな子が彼女になったらそれはとても幸せなことだとは思うけれど……いや、絶対にあり得ない!
「……はぁ」
しばらく考えていたが、結局答えは出なかった。
だが、その考えが杞憂だったことは放課後に分かることとなる――刀祢たちと街で遊んだ後、偶然に一人だった藍沢に会ったのだ。
「藍沢?」
「あ、神木君!」
駆け寄ってきた彼女と少し話し込み、せっかくだから帰り道の途中まで一緒に歩くことになった。
そこでもしやと思いアプリを確認したが、反応は何もなかった。
(なんだよ……気のせいかよ)
それなら良いんだと俺は安心し、藍沢と途中まで歩いた。
藍沢瑠奈→♡←徳永雲雀....error
【あとがき】
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