こ~れ、センサービンビンです

「その……」

「ふふっ、あまり固くならないで?」

「……あい」

「可愛いわねぇ♪」


 何故、こうなったんだろうか……。

 俺が居る場所はまさかの藍沢の家で、目の前に座っているのは藍沢のお母さんである麗奈れなさんだ。

 藍沢をそのまま大人にしたかのような女性だが、正直言って大学生くらいにしか見えない若々しさと、ジッとしているだけで振り撒くような大人の色気がある。


(……藍沢、大丈夫かな?)


 とはいえ、気になるのは藍沢だ。

 藍沢がこちらに倒れ込んだ理由は風邪だったのだが、動けない藍沢を麗奈さんの運転する車に乗せ……その流れでこうしてお邪魔したわけだ。


(結果的に藍沢の部屋とか見ちゃったな……)


 初めて見た同年代女子の部屋は、普通に女の子の部屋って感じだった。

 ベッドの上には沢山のぬいぐるみが置いてあったりしたが、床なんかには無駄な物は一切置かれておらず本当に綺麗にされていた。


「でも驚いたわ。瑠奈の傍に居る男の子は雲雀ひばり君と思っていたから」

「あ~……その、デートの帰りだったみたいですね」


 雲雀というのは徳永のことだ。

 冷静になって藍沢の話を整理して分かるのは、藍沢は徳永とのやり取りにカッとしてデートを切り上げたということだ。

 そんな話をしていいものかどうか悩んだが、麗奈さんの方もある程度は知っているらしかった。


「最近、瑠奈はどうも雲雀君とのやり取りに不満を感じているようで相談は受けていたわ。彼は確かに悪い子じゃないし、瑠奈のことをちゃんと見てくれるのも確か……でも一緒に話をしたりしていて、もう少し瑠奈に気の利いた言葉を言ってほしいと思ったことは何度かあったのよ」

「……へぇ」


 そこまで知っているなら良いかと思い、藍沢と話したことを伝えた。


「そうだったの……」

「藍沢は悪くないと思いますよ俺は……まあ部外者の俺がああだこうだ言っても仕方ないですけど、流石に徳永の反応は淡泊すぎるって思いましたから」

「私も瑠奈が悪いとは思ってないわ。あなたと同じで雲雀君にもっと瑠奈に寄り添ってと怒鳴りたいくらいだもの……初めて家に来た時は、瑠奈のことを死んでも守るって言ってくれるくらいだったのに」

「おぉ……そりゃ熱い男ですね」


 そんな風に熱かった徳永がそんな……何かあったのかな?

 藍沢のような女の子に不満を抱くようなことは無さそうだけど……まあそれも俺の考え方なだけであって、徳永がどう思っているかを決め付けることは出来ない。


「以前に徳永の前で藍沢を抱き留めることがあって、その時にあいつ怒ってたから藍沢のことはちゃんと考えてると思うんですけど」

「あら、その話……ってごめんなさい。私ばかり話をしちゃって自己紹介もこちらだけだったわね。今更だけどあなたの名前を教えてもらえるかしら?」

「……あ」


 あ、そういえば確かに俺の方は名乗っていなかった。


「神木です……神木正人って言います」

「神木正人君ね! そうだったのね……あなたが神木君なのね」

「えっと……?」

「ご飯の時とかによくあの子が話してくれるのよ。助けられたこととか、莉羅ちゃんを交えて仲良くお話をしたとかね」

「はぁ……」

「だから一度会ってみたかったの。仲良くしていることはもちろん、あの子が危ない所を助けてくれてありがとう神木君」


 そう言って深々と頭を下げられた。

 俺としては頭を下げられるようなことじゃないと思ってるし、むしろクラスメイトの危ない所を助けるのは当然で、ネトラセンサーがなくとも俺は絶対に助けに入ったはずだ。


「あの、頭を上げてください。藍沢に何もなかったことが俺にとって一番なので、だからそれで良いんです」

「神木君……」

「まあでも、クラスで高嶺の花って言われる藍沢にかっこいい姿を見せられたかなとは思っちゃいますけどね!」

「……ふふっ」


 しんみりした空気と、感謝されることの恥ずかしさに耐えられなかったので最後はおどけてみせた。

 クスッと口元に手を当て、上品に笑う麗奈さん。

 ……というか、藍沢は名字だけどその母親のことを名前で呼ぶのってなんか変な感じだな。


「どうかこれからも娘と……瑠奈と仲良くしてくれるかしら?」

「それはもちろんです。俺も最近藍沢と話すようになりましたけど、楽しいって気持ちは確かなので」

「……ありがとう」


 なんだか青春しているなぁってそう思う。

 ただこうして麗奈さんと話をしたり、藍沢の家にお邪魔するようなことになっても万が一が起こるわけじゃないのでそこもまた俺らしい。


「素敵ね」

「え?」

「瑠奈にかっこいい所を見せられたかなって言った時の笑顔は年相応に可愛らしくて、何もなかったことが良かったと言った時の表情は凛々しかったもの。もしも私が神木君と同い年だったりしたらキュンってしちゃったかもね?」

「っ……止めてくださいよ調子に乗りますから」


 いやほんとに、これ以上俺を調子に乗せないでほしい。


「雲雀君も私の前だと素直なんだけど……それを瑠奈に見せてくれるだけで良いのにねぇ」

「……?」


 その時、俺の頭に電流走る!

 もしかして徳永氏……藍沢と付き合う中で母親の麗奈さんに気が移ったとかそういう話?


(いや……その線はないか。だって徳永と付き合っている藍沢が襲われそうになってアプリが反応したんだし、徳永が藍沢を大切に考えているのは間違いないはずだ)


 もしも徳永が藍沢と麗奈さんの両方を大切に考えて……比重が麗奈さんに傾いていたらと……そんなまさかねぇ?


「っと、そろそろ良い時間ですね」

「あら、本当ね」


 そもそも藍沢と会った時間が四時くらいだったので、そこから一時間半はここで過ごしていたことになる。


「麗奈さん、藍沢に気にしないでって伝えておいてください。どこまで覚えているか分かりませんけど」

「分かったわ。でもあの子……結構他人に借りを作るのを嫌う子だから覚えていたら大変かもね?」

「……あ~」


 こんなことに借りなんて思わなくても良いんだけど……それなら俺の方で先手を取ってしまうか!


「すみません! 紙とペン借りて良いですか?」



 ▼▽



「……?」


 少しばかりの気怠さを感じながら私は目を開けた。


「……私は――」


 どうしてベッドの上に?

 しばらく天井を眺めながら考え続け、突然に頭にかかっていた霧が晴れたかのように全てを思い出した。


「確か……神木君に……」


 そうだ……そうよ。

 雲雀君とのデートの後、神木君に会ってそれで……この様子だと私はもしかして風邪で倒れてしまったのかしら?


「迷惑……かけちゃったわよね」


 神木君の連絡先を知っていたら謝罪が出来るのだけれど……。

 学校であったら改めて話をしようと思い、まだ少し重い体を起こしてスマホを手にする。


「雲雀君……」


 彼からメッセージが届いていた。


雲雀:何か気に障ったことしちゃったかな……ごめん


「……………」


瑠奈:大丈夫、気にしてないから

雲雀:それなら良かった

瑠奈:私、風邪引いてたみたい……だからあなたのせいじゃないよ

雲雀:そうだったんだ、なら良かった

瑠奈:うん


「……これで終わりなのね」


 もう少し何か、言葉が欲しかったと思うのは私の我儘よね。

 自分の中で冷めていく気持ちに気付かないフリをしながら、ゆっくりと体を起こして部屋を出てリビングへ。


「……お母さん」

「あ、大丈夫なの?」

「うん……でも詳しく覚えてなくて」


 そう言った私にお母さんは何があったのか教えてくれた。

 私が神木君に寄り掛かり、そこにちょうどお母さんが居合わせて車で家に帰ったこと……車まで私を抱っこしてくれた神木君も一緒で、しばらく一緒にお話したことも全部。


「また借りを……」

「やっぱりそう言うのね……はいこれ」

「これは?」

「神木君からのお手紙よ」

「……………」


 私は手紙を受け取り、その場で開いた。

 そこに書かれていたのは正しく彼の文字……一緒に日直の仕事をしていた時に見た物だ。


“藍沢へ


いきなり風邪でぶっ倒れたのはビックリしたけど、しっかり休んで元気になってくれよな!

それと、藍沢を運ぶ中で部屋とか少し見ちゃったけどそこは許してくれると助かる! というか許してくれ頼むから!

麗奈さんは気にしなくて良いって笑ってたけど、無許可で部屋に入っちまったようなものだから謝っておく! マジですまん!

何ならこれを許してくれる代わりに、今回のことを借りだとは思わないでくれないか? あんな場面は流石に助けるし、そこに関しては以前のことと何も変わらないからさ。

藍沢のことだし、事情を知って「また借りを……」とか言いそうだからマジで気にすんなってこと! それでお互い様ってことにしようぜ!

んじゃ、また学校で!

二度目になるけどしっかり休んで、元気な姿を見せてくれよ!


PS、藍沢のお母さんめっちゃ若く見えるよな……普通に最初はお姉さんなのかなって思ったもん。たぶん怒られるだろうけど、母さんとは全然違うなぁって言ってみるわ!”


「いやいや、最後のは絶対に止めなさい!?」


 思わずそうツッコミを入れてしまった。

 借りだとか、部屋を見られたとか、色々と思うことはある……でもこの文字から伝わる温かさを私は感じた。

 くしゃくしゃにならないように、神木君からの手紙を胸に抱く。


「何が書いてあったの?」

「内緒よ」


 これは、早く治さないといけないわね。

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