藍沢……藍沢!?!?
「なあ刀祢、中島君」
「なんだ?」
「どうしたの?」
「モテたくはないか?」
「っ!?」
「なん……だと!?」
単純だわこいつら。
▼▽
「こんなことだろうと思ったよ!」
「運動着持ってこいの時点で分かってたって!」
「それでも来てくれたじゃん」
左から刀祢、右から中島君の声が響く。
俺たちは三人揃って運動着という出で立ちであり、必死に足を動かして汗を流している。
(まさかこんな簡単に釣れるとは思わなかったけど……)
俺たちが居る場所はスポーツジムだ。
モテたくないかと二人を誘ったのは、俺自身一人でこういったジムに来るのが初めてだったので道ずれが欲しかった。
まあ本当の理由は、ネトラセンサーに頼るのも良いのだが万が一が起きても大丈夫なように少しでも体を鍛えようと思ったからだ。
「せっかく来たのならモテるようにがんばらああああああ!!」
「うおおおおおおおおおっ!!」
来る場所がスポーツジムだと分かっても特に帰ろうとはせず、こうしてランニングマシンの上を走る二人は、女性にモテたいという気迫を滲ませながら足を動かしている。
ほんと、あまりにも単純すぎる。
「なんかすいません大きな声を出しちゃって」
「全然大丈夫さ。ああやって頑張る姿は懐かしいねぇ……僕も昔は体重が三桁あったくらいに太ってたから」
「えぇ!?」
ランニングマシンの使い方を教えてくれたトレーナーさんだが、こんなスマートなお兄さんが昔は三桁!?
「高校生の時だからもう十年は前かな?」
「はへぇ……」
「好きな子が居てさ。その子に告白するために頑張ったんだよ」
「そうなんですか!」
「そ、それでどうなったんですか?」
お兄さんの話は俺だけでなく、刀祢たちも気になっているようだ。
もちろんそんな中でも足は決して止めることなく、ずっと動かし続けているのが少しシュールな光景だが。
「とはいえ、高校を卒業したら会わなくなると思ってからダイエットを始めてしまったからねぇ……痩せて自信を持てた時にはもうお互いに卒業してしまっていたよ」
「あ……」
「それは……」
まあ、そういうこともあるよな。
少しばかりしんみりした話を聞かされてしまったわけだが、どうにもこの話にはまだ続きがあるようだ。
「でも同窓会の時に再会してね。その時はクラスの誰もが僕のことをパッと見て分からなかったけど、彼女はどうしてか気付いてくれた」
「おぉ!」
「すげえ!」
ちなみに、お兄さんは気付いてるだろうか。
このジムの一室は多くの人で溢れており、それなりに騒がしかったはずなのに少しだけ静かになっている。
お兄さんは爽やかな笑みを浮かべながら、こう続けた。
「そこで話が弾んでね……僕は昔の気持ちを思い出した。それで思い切って告白した結果、今は彼女とは夫婦なんだよ」
「それは……おめでとうございます!」
「凄いっすね! おめでとっす!」
「ははっ、ありがとう」
俺たち三人は、思わずお兄さんに走りながら拍手をした。
もちろん拍手をしているのは俺たちだけではなく、他の利用客も同じだった。
「だから頑張るんだよ。君たちは言ってたね? モテたいって」
「っ!!」
「……ふぅ!」
お兄さんの言葉は、更に刀祢と中島君に火を付けたようだ。
二人はランニングマシンだけでは満足出来なくなったのか、頑張るぞと掛け声を出してバーベルの置かれている方へ歩いて行った。
「やる気バッチリだね……君のお友達は」
「ですね……えっと、本当のことなんですよね?」
「それはもちろんさ」
お兄さんの指に嵌められた結婚指輪は、とても綺麗に輝いていた。
「……俺もちょっと頑張ってきます!」
単純なのは、どうやら俺もだったらしい。
体を鍛えるためにここに来たとはいえ、女の子にモテたいという願望がないわけではない。あまりに頑張りすぎて逆にお兄さんに心配されることになった刀祢たちに合流し、俺も精一杯筋トレをして更に汗を流すのだった。
「いやぁ、良い汗掻いたなぁ!」
「めっちゃ頑張ったもんね俺たち!」
時間を忘れて二時間ほど、俺たちはジムで過ごした。
凄まじいまでに汗を掻いたのもあって、ジムの中の温泉で汗を流してから俺たちは解散した。
俺もそうだけど、比較的インドア派の刀祢と中島君がまた来たいと言ったくらいにはハマってたし、あのお兄さんの話はかなり刺激になったみたいだ。
「これからどうすっかなぁ……」
昼からだったので現在時刻は四時前だ。
今から帰ればちょうど良い時間だけど、どうしてかそういう気分にはなれなくて街中をブラブラと歩く。
すると、いきなり肩をツンツンと突かれた。
「っ!?」
そこまで力のあったものではなかったが、流石にビックリした。
自分でも驚くほどの速度で振り向くとそこに居たのは予想外の人物――藍沢だった。
「藍沢……?」
「ご、ごめんなさい……まさかそんなに驚くとは思わなくて」
「いやいや、いきなり肩に触れられたらビックリするって」
「それも……そうね……ごめんなさい神木君。私が普通に声を掛けるべきだったわ」
「いや……謝られるほどじゃないけど……?」
「どうしたの?」
首を傾げた藍沢に、僅かな違和感を抱く。
普段の制服姿ではない涼しそうなワンピース姿にドキッとしたのはもちろんだが、それがすぐ気にならなくなったのはその違和感だ。
「何か……あった?」
「……………」
そう聞いた瞬間、下を向いた藍沢の様子に何かあったのは確定だ。
少しばかり傲慢な考えとは思いつつも、クラスメイトだからこそ放ってはおけなかった。
藍沢を連れて近くのベンチに座ったが、その時に俺はハッとした。
(……いやいや、別に下心なんかないし……そういうことじゃねえし!)
これはあくまで誰かを心配してのことだ。
そう自分に言い聞かせて気持ちを落ち付かせ、俺は藍沢の言葉を待つ。
「……少し聞いてくれる?」
「うん」
「以前、神木君が助けてくれたことがあったじゃない?」
「あぁ……」
あの襲われかけたことだよな……?
「あれは凄く怖かった……だから慰めてほしくて彼に話したの。その時に彼は大変だったねって言ってくれたわ……でもそれだけだった」
「……………」
「神木君が私のことを綺麗だとか言ってくれたでしょ? やっぱりそんな風に言われることが私は凄く嬉しくて、お世辞な意味でも良かったからいつも伝えてくれないその言葉を言ってほしいって彼に言ったの――そうしたら、いつの間にそんなめんどくさくなったのって言われちゃった」
「……マジか」
それは……彼氏としてどうなんだ?
徳永は別に性格が悪いわけでもないし、変な噂を聞くようなやつでもなかった……藍沢という彼女が居てもクラスでは人気者だし、少し前に肩を殴られたことを加味しても徳永は悪い人間じゃない。
「彼は悪い人じゃないわ……そうね。慰めてもらいたいとか、嬉しい言葉を言ってほしいって言った私の我儘なのよ。だからちょっとカッとなったのも私が悪いわ……?」
「藍沢?」
隣に座っていた藍沢がフラッと体を揺らし、こちらに倒れてきた。
体に訪れた突然の重みは、俺をこれでもかとドキドキさせ緊張も同時に抱かせた……だが、異様に藍沢の体が熱いことにも気付けた。
「藍沢……もしかして熱がないか!?」
「……え……? そうかしら……?」
明らかに普通ではない藍沢に、俺は軽くパニックに陥った。
だがそんな俺たちを助けくれる存在が現れた――瑠奈と、そう呼んで駆け足で近付いてきた人が居た。
「瑠奈!? 何があったの……!?」
その人は藍沢にとても似ており、俺は直感した――この人は藍沢のお母さんだ。
【あとがき】
もちろんスマホはビンビンに反応しています(笑)
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