どのようなNTRも許されない

「あ、おはよう神木君」

「おっはよ~♪」


 屋上で藍沢と中里の二人と話した翌日だ。

 今日は家を出てからアクシデントが重なり、いつもよりも学校に着く時間が遅れてしまった。

 おそらく俺がほぼほぼ最後に近いんじゃないかと思いながら教室に入った時、ちょうど近くに居た藍沢と中里が挨拶をしてきた。


「お、おはよう……」


 朝の眠気を吹き飛ばしてくれる綺麗な微笑みを浮かべる二人に、俺は視線を合わせることが出来ずに逸らしてしまった。


(……ヤバイ、昨日の会話が脳裏に蘇りやがる)


 屋上での会話に関しては、家に帰宅してからも悶えていた。

 圧倒的なまでに似合わない発言だったのもあるし、実際に美人二人の前だからと恰好を付けようとした部分も僅かにあったからだ。

 視線を逸らしたとはいえ、所詮はただの挨拶。

 二人とも特に気にした様子はなく、そのまま友人たちとの会話を再開させていたので助かった。


「やあ、クラスの誇る美人二人に話しかけられてドキッとした正人君」

「すぐ下向いてたねぇ」

「めっちゃ照れてたじゃん」

「うるせえよ。ただの挨拶でもドキッとするだろうが。クラスどころか校内でも有名な美人二人だぞ?」


 こういう時は不貞腐れるのではなく、事実を認めて開き直るが吉だ。

 ちなみに屋上でのやり取りに関しては刀祢たちにも伝えておらず、彼女たちが自分の胸に秘めてくれているのであれば俺たちだけの秘密だ。

 まあ話されて困ることはないけれど、それでも恥ずかしいものは恥ずかしいからな。


「……?」


 刀祢たちと話していると、ふと視線を感じた。

 もしかしてと思ってそれとなく視線を泳がせると、こちらを見ている中里と目が合い、今度は逸らすまいと見つめ返した。


(……って何やってんだよ俺は)


 ただ……さっきと比べて少し変に思ったのは、中里の視線がちょっと昏いというか、濁っているように見えた。

 彼女の瞳は綺麗なサファイアブルーなのは言わずもがな。

 それなのに若干の濁り――黒っぽく見えたのは何故だろう。


「……っ!?」


 しかし、そんな時だった。

 中里の視線から逃げる意味もあってスマホを手にしたが、ここに来てネトラセンサーが反応していた!


「正人?」

「ど、どうした?」


 ガタッと大きな音を出したせいで、いつぞやの再現のようにクラス中の視線が集まった。

 とはいえ今は非常事態なのですぐに教室を出た。


「やっぱ居やがったぜこの学校によぉ!!」


 小声で呟きながら歩みを進める。

 以前の良く分からない反応と違い、確実にこの学校を起点としてセンサーが反応しているぞ。


「……三階か?」


 センサーの示す場所は三階……上級生の居る階層だ。

 一階はともかく先輩方の階にお邪魔するのはちょい気が引けるが、そんなことを言っている場合じゃない。

 今この瞬間に、下劣なことが起きようとしているのだから!


「……ちょうど良いや」


 だが一つだけ良い意味で予想外だったのが先輩たちの教室を通らなかったことだ。

 三階の方でも隅の方……空き教室の辺りが反応する場所だ。

 それでも数人の先輩とすれ違いながら更に奥へと向かい、何度か来たことのある物置と化した空き教室に来た。


「寝取られの臭いがプンプンしやがるぜ……」


 学校でというのは大胆不敵だが、その悪を俺が正す!

 一体どこのクソ野郎が女性を誑かしてるんだと耳を澄ます――すると不思議なことに、中から会話が筒抜けになった。


「……え?」


 それは思わず声に出すほど驚いたが、どうやらあのスローに見える感覚と同じで聴覚も鋭くなるのかもしれないな。中から聞こえてくる声に俺は集中した。


「あんなさ、一切体を許してくれない潔癖女よりあたしの方が良いよ」

「な、何をいきなり言ってるんだよ……」

「高校生だしそういうのを受け止めるのも彼女の役目じゃん? なのにあの子はそれをせずに君をそうやって悶々とさせてる……あたしならそんなことさせないよ? 君が望むならいつだってしてあげるけど?」


 ……うん?

 なんだか思ったより予想外の会話というか、襲われているわけではないのか?

 静かに体を動かし、中を覗いてみた。

 そこそこイケメンの先輩男子に対し、これぞギャルという派手な見た目の先輩女子が体を近付けている。


「ここに来て何を言うかと思えば……悪いけど、そんな話をするのなら帰るよ。彼女のことで心配事があるからって言ったくせにそんな話をされるとは思わなかった」


 えっと……これはまさか逆パターン?

 まあ寝取り寝取られに逆もクソもないのだが、俺の頭には男が女を奪うことしか考えてなかった……あぁいや、この可能性もあっただろうけどこっちパターンは初めてだ。


「あたしさぁ、君のこと気に入ってんだよねぇ。だからちょっと一つまみしたくてさぁ……でも良いの?」

「え?」

「あたしの言うこと聞いてくれなかったらさぁ――あの子に何か起きちゃっても知らないよ?」

「……何を言ってるんだ?」

「何を言ってるのかなぁ……とにかく、何かあるかもよ? あの潔癖女が男を食いまくる淫乱に変わっちゃったりとかぁ? 或いは普通に君よりも激しく愛してくれる男に惹かれて離れていくとかさぁ?」


 先輩女子は……言ってはなんだが嫌悪感を抱かせる笑みを浮かべた。

 言っていることは最悪だしあってはならないことだけど、このやり取りに関して少しだけセンサーの反応が強くなった。

 まるであの先輩男子が奪われるのと、更に彼の彼女さんが奪われるかもしれないという二つの反応だと思われる。


(彼女から彼氏が奪われるのも寝取られだし、彼氏の彼女がい……淫乱というかそんな風に変わって離れるのも寝取られみたいなもんか……つうかどこの同人誌だよ!)


 だがこれでハッキリした。

 この場における被害者はあの先輩男子で、嵌めようとしているのは先輩女子……さて、どうしようかと思い悩んだのが、何故か姿を見せても大丈夫だとネトラセンサーが教えてくれた気がした。

 俺自身よく分からない感覚の元、中にそのまま入った。



 ▽▼



 それは、彼らにとって衝撃的な光景だった。


「な、なに……?」

「なんだ……?」


 男だけでなく、女も恐れおののいた。

 いきなりドアが開き、入ってきたのは言葉にし難い存在だった――まるで鬼のような雰囲気を漂わせた“武者”だった。


『女、随分とふざけたことをしようとしているな?』

「ひっ!?」


 武者から放たれる言葉は、耳に残って離れそうにない。

 強く悲鳴を上げて逃げようとしても足は動かず、まるで地面に縫い留められたかのよう。


「何よアンタ――」

『口を閉じろ下郎』


 鬼の面から聞こえる声に、再び女は体を震わせた。


(何だろう……何かに対する強い憎しみを感じる)


 男は、仮面から覗く武者の真っ赤な瞳に憎しみを見た。

 何かを心底憎悪するかのように、その存在を必ず殺してみせるという何かを武者は放っている。


(N……T……R……死……?)


 本来であれば、ここで首を捻る人は居るはずだ。

 しかし状況が状況なだけに、武者の背後に揺れるその四文字の演出はあまりにも迫力があり男は気にすることが出来なかった。

 それこそゲームの必殺技を発動した際に、大袈裟な効果音と共に文字が現れる演出のようにかっこよく見えた。知らんけど。


「いや……死にたくない……お願いだから!」


 そして、この異様な雰囲気は女に死の感覚を抱かせたようだ。

 不思議とそれを眺めている男は恐怖よりも安心を抱いていたが、武者の言葉は続く。


『今、貴様が口にしたことをやってみよ――その時は無事では済まん。これは警告だ』

「は、はいいいいいいいぃぃぃぃぃぃっ!!」


 女は涙を流し、土下座をしながらもうしないと声を上げた。

 所詮は言葉だけと思うことなかれ――確実に女はもう何もしないと、完全に命を握られた獲物の反応だった。


「か、かっけぇ……」

『ふっ』


 武者に目を向けられ、男は背筋を伸ばす。


『自分の彼女を大切にするのだぞ? 自分の女を守れてこそ、男としての本懐よ――彼女に何かすると言われた時、抱いた怒りは素晴らしかった』

「は……はい!」


 武者は男の返事に頷き、姿を消した。

 助けられたことと、強く心に刻む言葉をもらえたこと、その感謝を込めて男は頭を下げた。



 ネトラセンサーは、全てのNTRに反応する。

 今日の出来事はそれを正人に教えてくれた瞬間だった。





「……なんか、普通に酷いことはするなって言っただけなのに……なんであの先輩女子は死ぬほどビビってたんだ? 先輩男子はめっちゃ目を輝かせてたけど……??」


 一体何が起きたのか、それは正人さえも知らないようだ。

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