屋上で藍沢と中里と

 その連絡を受けた時、私はすぐに心配になった。


『その……たぶんその内ニュースで流れると思うんだけど、ちょっと集団レイプされそうになってさ』


 僅かに深刻さを滲ませるように、伝えてくれたのは親友の莉羅だった。

 私――藍沢瑠奈にとってもっとも親しく、もっとも信頼している友人が誰かと言われたら間違いなく彼女だと私は言う。


「大丈夫だったの……!? いきなりで混乱しているけれど、その様子だと何もなかったのよね!?」

『う、うん……本当に危ないところだったけど、間一髪のところで助けてもらったから』

「……そう」


 部屋でゆっくりしていた私にとって、莉羅からの電話は日常茶飯事だ。

 とはいえ流石にレイプされそうになっただなんていう話題は予想していなかったわ……でも同時に数日前、私自身に起こりそうになったことも思い出してしまい体が震えた。


『いやぁまさかだったよね……今は落ち着いてるけど、あの時は本当に怖くて仕方なかった……瑠奈が話してくれた時には分からなかったけど、あんなに怖いものなんだね』

「……そうね……でも本当に何もなかったのなら良かったわ。今すぐにでもあなたの家に行って本当に無事か確かめたいところだけど」

『ふふっ♪ 瑠奈の大きなおっぱいで包んで慰めてくれるの?』

「胸に関してはあなたの方が大きいでしょうに……でも、親友のあなたがそれをお望みならしてあげる」

『ありがと……ほんとに瑠奈は優しいね』


 親友を慰めることに理由なんて必要ないでしょう。

 中学時代の因縁に襲われそうになった時、私を慰めてくれたあなたへのお礼みたいなものなんだから。


「親友としての莉羅も、アイドルとしてのリラも大好きだから」

『瑠奈……』


 親友である彼女は、アイドルとしての顔も持っている。

 東條リラというアイドルの顔を持つ彼女の秘密は私しか知らない。でもいつだって考えてしまうのは、目と髪の色を変えるだけでよくもここまでバレないなというもので、莉羅自身もそれを楽しんでいる節がある。

 そしてそんな彼女にも私と同じように彼氏が居るのだが、次に続いた言葉に私は自分の耳を疑ったのよ。


『彼……あいつも今回の首謀者みたいなものだったの』

「え?」

『あいつはマネージャーの抱く願望や、やろうとしていることに気付いて放っていた……あたしが汚される瞬間が見たかったんだって。寝取らせの性癖があるって伝えられた時のあたしがどんな顔したと思う?』

「寝取らせって……えっと、つまり自分の彼女であるあなたを他の男に犯させたかったってこと?」

『そういうこと――その瞬間に、股間蹴り上げて警察に止められちゃったけど……恐ろしいくらいに無表情だったらしいよあたし』


 それはそうなるでしょう……でも信じられなかった――自分の大切な人が犯される様を見たいと願う人が居るという事実に。


「あなたから彼について聞いたことがあったけれど……それは本当に愛していたの?」

『好意は本物だったんだって……でも結局、あいつは自分の欲望を優先しようとした……そしてもっと言えば、傷付いたあたしを慰めることも考えていたって』

「……………」

『言葉にならないでしょ? まあその点に関してはあたしの人を見る目がなかっただけって思うことにしてる。じゃないとあんな性癖を持った人を好きになった自分が恥ずかしくて死にたくなるから』

「……ごめんなさい。ちょっと言葉が出ないわ」


 まるで知らない世界を覗いてしまったような気がして、本当にどんな言葉を口にすれば良いのか分からなかった。

 でも、私としてはもう一つだけ疑問があったの。

 そんなに恐ろしい出来事に遭遇し、信じていた人さえ下劣な考えを持っていたことが分かってもなお、彼女がここまで元気な理由は何なのか。


「その……こう言うのはどうかと思うけれど、凄く元気よね?」

『あ、聞いちゃう!? それを聞いちゃうのぉ!?』

「……………」

『いいよ教えてあげる! 実はね――』


 そうして私は教えてもらった。

 助けられたことは聞いたけれど、その時に現れた存在に彼女は一瞬で心を奪われたこと……そしてもう、異性に関してはその存在のことしか考えられなくなってしまったことを。

 その時の彼女の興奮は少し怖かったけれど、あんな風に新しい何かを見つけて落ち込まないことには安心出来た……そして何より、そんな風に楽しそうに恋を語る彼女が羨ましかった。



▽▼



「……はぁ」

「どうしたんだ?」

「仕方ないとは分かってるんだけど、リラちゃん大丈夫かなって」


 刀祢の隣に立つアイドルオタクの中島君がそう言った。

 筋金入りのアイドルオタクということで、東條リラに関しても中島君は心から応援している。

 ライブも何度か見に行ったとか……とにかくそれだけ応援しているからこそ、レイプ未遂のニュースには心を痛めていた。


「これさぁ……一応何もなかったとは言われてるし、本人も傷付いてるだろうからこれ以上騒ぐなよって声もあるのに、一部のアンチなのかは知らないけど犯された中古女とか言ってんのが悔しいよ」

「マジかよ」


 そんな風に言われてんのかと気になり、中島君に見せてもらった。

 確かに東條リラはどこまでも被害者なのに、SNSという媒体ではそんな彼女を心配するどころか更に追い込むような言葉が見て取れる。


「ひでえなこいつら……」

「同じ人間かよマジで」


 本当に酷い人が多いもんだなとため息が出る。

 東條リラに何もなかったことを知っているのは俺だが、所詮俺が何を言ったところで意味がないことは分かっている……悔しいがな。


「正人?」

「ちょっと気分転換行ってくる」


 刀祢たちにそう言い、教室を出て屋上に向かった。

 ここに来ると数日前にあった中里とのやり取りを思い出すが、結局あれは何だったんだろうと思い返すことがしばしば。


「……………」


 そんな風に黄昏ていると、屋上に続く扉が開いた。

 誰だと思って振り向いた先には居たのは、まさかの二人――藍沢と中里だった。


「……え?」

「あ、神木君」

「やっぱり神木君じゃん」


 何で二人がここに……?

 疑問に思う俺に対し、二人はそのまま近付いてくる。


「神木君は気分転換かしら?」

「まあ……そんなところ」

「そう……私たちはちょっと内緒話をしようとしたけれど、先客が居たのなら戻ろうかしら」


 いや、それなら俺が戻るよ。

 そう言って屋上を去ろうとしたが、それを止めたのは中里だ。


「良いよ戻らなくても。確かに内緒話しようとはしたけど、放課後にいくらでも出来るしさ。それなら神木君とお話しよっかなぁ?」

「私が言うのもなんだけど、神木君と莉羅って接点あったの?」

「最近までなかったのは瑠奈も知ってるでしょ? でも数日前にお話をする機会があったんだよね。ね、神木君?」

「お、おう」


 嘘ではないので頷いておく。

 ただその時の会話の内容に関して話すつもりはないらしく、そうなんだと納得した藍沢と中里が隣に並んだ……ってなんで俺を挟む?


「景色を見ていたの?」

「え? あぁいや考え事」

「何かあったのかな?」


 どうしようかと悩んだ結果、別に良いかと俺は話した。

 アイドルオタクの中島君を会話に混ぜつつ、SNSでの東條リラに対する心無い言葉に関して。


「なんかさぁ……よくもまあこんな言葉を言えるもんだなって。俺はファンってわけじゃないけど、それでも憤りの感情は抱くんだよ」

「……そう」

「……………」


 ちなみに、二人とも東條リラもそうだが事件も知っていたらしく最後まで真剣に聞いてくれた。


「ま、何が言いたいかというと――」


 一拍置き、俺はこう続けた。


「俺はそんな酷いことは言わないし、時折見ることのあるその笑顔を絶やさずに居てほしいって……そういう風に思う人は居るってことを知ってもらえたら良いなってね」


 ヤバイ、言ってて恥ずかしくなった。


「……やっぱり優しいわね」

「っ……」


 どこまでも柔らかな眼差しに見つめられ、ついに耐えられなかった。

 あれはおそらく藍沢を助けたことがあるからこそなんだろうけど、やっぱり美人に見つめられるのは照れてしまう。


「そ、それじゃ!」


 そうして、俺は振り返らずに教室まで一目散に走った。

 先生に怒られた。

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