すべすべな手の感触

「今度というか……凄い早かったな」

「何か言った?」

「いや……」


 第一次蜘蛛さん事変が起きてから二日後、昼食を済ませてすぐに中里に呼ばれた。

 向かった先は屋上で、これ以上に密会する場所に適した場所はない。


『突然でごめんだけど、一緒に来てくれる? もちろん忙しかったら今度でも構わないよ』


 刀祢たちと喋っていたところに中里は近付いてきた。

 俺も刀祢たちと楽しそうにしていたのもあったのだが、それに配慮した言い方だったし表情も優しいものだった。

 いきなり声をかけられてビックリしたのはもちろんだが、何より俺以上に刀祢たち友人……そして他の男子たちが驚いていた。


(別に断る理由もなかったし……来ちまったな)


 クラスで二番目に美人だと言われる中里に誘われれば、色々な意味で断るのも難しいし……仮に断ったら中里自体は何も言わないだろうけど、どんな風に他の人から言われるか分かったもんじゃない。


「いきなりごめんね?」

「ううん、大丈夫だ」


 こういう時、君みたいな美人に呼ばれるなんて光栄だぜ!

 とか言えたらモテる男なのかなぁ……でも俺って別にイケメンじゃないしクラスでも目立つ人間じゃないしで、そういう台詞はもっとかっこよくなった時のために取っておこう……なれるよね?


「呼んだのは他でもないって言うか……」

「……悪いこと?」

「え?」


 悪いことかって、ついそう聞いてしまい中里は目を丸くした。


「あぁそういう……全然違うから安心して。ただ君の声を聞きたかっただけなんだよね」

「それは……その、二日前に言ってたけどなんで?」

「さあ、なんでかなぁ」


 ニコッと笑った中里は、ゆっくりと近付いてくる。


(声が聞きたいってどういうことぉ!?)


 当然だが、今までそんなことを言われたことはない。

 二日前に言われた時は何を言ってんだろうってポカンだったが、こうして改めて直に言われればこんな反応にもなる。


(……やっぱり凄い美人だ)


 彼氏が居ないとされる中里なので、告白が絶えないのも頷ける。

 俺からすれば女性に対する褒める言葉は美人だとか、可愛いだとかしか語彙力がないけれどきっとそれ以上の魅力があるんだろうなと思う。


「なんでかなぁって言っちゃったら悪いか。実はあたし、声フェチっていうかさ。好みの声に君が似てたんだよ」

「はぁ……」

「キモイって思った?」

「いやそうじゃなくて……別に俺はイケボとかじゃないからさ」

「好みかどうかにイケボは関係ないよ」


 ひょっとしなくても凄い会話をしている……?

 困惑していた隙にいつの間にか目の前に立っていた中里は、一切表情を変えずにジッと見つめた。


「ねえ、喋ってみて?」


 心なしか無表情にも見える中里にビクつきつつ、もうどうにでもなれと思って当たり障りない台詞を口にした。


「どうも、神木正人です。よろしくお願いします」

「ぷっ!?」

「笑うなよ!」


 こ、こいつ……人が頑張って喋ったのに笑うだと!?

 それでも口元に手を当ててクスクス笑う彼女にムカついたりしなかったのは、その様子も彼女に似合っていたからだろうか。


「ごめんごめん、でも本当に良い声かも。最近になって途端に神木君みたいな声が好みになっちゃったからさ」

「そうなんだ……」

「ちょっと腕とか触っても良い?」

「……うん」


 中里が腕を触ってきた。


「おぉ~」

「……………」


 あの……俺は一体何をされているんでしょうか。

 手の平も入念に触ってくる彼女の手に、ドキドキしないわけもなくとにかく心が揺さぶられる。


「神木君って何かスポーツとかしてたの?」

「いや、全然してないです……はい」

「……本当に?」

「うん。体育とかでならしてるけど、部活動とかそういうのなら何もしてないかな」

「……そうなんだ」


 相変わらず彼女は俺の腕を触っているが、マジでどうすれば良い?

 ぺたぺたと優しく触ってくる感触はとても優しく、中里相手だと決して嫌じゃない……困惑はしているが。


「……ま、今すぐ答えを出さなくても良いか」

「中里?」

「あははっ、ほんっとうにいきなりごめん! あたしの呼び出しに応じてくれただけなのに、変な感じにさせちゃって」

「まあビックリはしたし初めての経験ではあったな」

「あたしで初体験かぁ」

「言い方!!」

「にゃははっ!」


 くぅ……一々言動と仕草が可愛くて悔しい!

 でも中里ってこんな風だったのかと、少し意外というか初めて知った一面な気がする。

 さっきまで緊張は滅茶苦茶していたのに、中里の雰囲気が中和してくれたのかいつの間にか落ち着いていた。


「もしかして中里って他の人にもこんな……?」

「流石にしないよ。それにあたし、数日前まで彼氏居たし」

「へぇ……って彼氏居たんだ」


 彼氏居ないって話じゃ……まあでもやっぱり、こんな美人に彼氏が居ないなんて幻想なんだなぁ……やっぱり居たんじゃないか!

 厄介オタクみたいな発言を内心でしつつ、居たという過去形だったのは気になったが、その先を中里は教えてくれた。


「ちょっと色々あってさぁ……まあなんというか、ちょっとトラブルがあってね。それにあたしの彼氏も裏で関わってて」

「聞くだけで大変そうだな……」

「でしょ~? 後になって彼氏が関わってるって知った時のあたしの顔がさぁ」

「うん」

「……ま、特に気にしてなかったんだよね」

「……うん?」


 そこは悲しかったとか、落胆したとかじゃないの?

 笑ったり怒ったり、無表情になったりとコロコロ表情が変わっていてちょっと面白い。でも言っていることはよく分からん。


「女の子って、いつの時代もかっこよく助けてくれる王子様に憧れるんだなって、高校生になった今気付くなんて思わなかったよ」

「へぇ……」

「だからまあ、色々と確信が持てたら次の恋を頑張ろかなってね♪」


 ピースサインを作り、片目を閉じてウインクを中里はした。

 俺からすれば中里のことを詳しくは知らないものの、こんな子を落胆させて別れる羽目になった彼氏は勿体ないぞ本当に。


「いきなりだったし訳の分からないこと言っちゃったけど、ありがとね神木君」

「いや、大丈夫だ」

「じゃ、戻ろっか♪」


 スキップしながら中里は屋上を去り、それに続いて俺も歩く。

 だが一応の確認のため、スマホを見てネトラセンサーが反応しなかったかを見たが、何事もなかったようだ。


「よし……今日も今のところは安全だな!」


 やっぱり学校でNTRは起きないか……?

 だがしかし、このアプリが本物だと分かってきたからこそあのよく分からない反応も逆に気になってくる。


「……………」


 中里の手……すべすべだったな。

 なんてことを思いながら、止めていた足を動かすのだった。

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