第一次蜘蛛さん事変
「それじゃあ行ってきます」
「行ってらっしゃ~い」
「気を付けるんだぞ~」
「うい~」
学校に向かうため、いつものように家を出た。
今日は父さんの仕事がお休みということで、本来なら居ないはずの父さんにも送り出されたのは少し新鮮だ。
家から少し離れ、立ち止まってスマホを手にした。
「……マジで本物だなこいつは」
そう言ったのはもちろん、ネトラセンサーについてだ。
何度も何度も同じようなことを言っているが、藍沢だけでなく東條リラの件もあってもはや信じる以外の考えはない。
ただ場所を知らせてくれるだけでなく、俺に不思議な力を与えてくれるのも拍車をかけている。
「でも……ここ数日間で実際に現場に居合わせたのは二回かぁ。それだけNTR現場が発生するのもそれはそれで悲しくね?」
これも何度口にしたっけ……はぁ。
ため息を吐けば吐くほど幸せが逃げていくとは言うが、ある意味で世界の闇を知り続けているようなものなので仕方ない。
「……あ」
もう少しで学校だという距離……まるでいつかのデジャブを感じるかのように、前を歩く二人の女子を見た。
その後ろ姿から明らかな美人の雰囲気を漂わせる二人は、艶のある黒髪と金髪を揺らしている――後ろ姿でさえ見間違えることはない二人は、藍沢と中里だ。
「あ~あ、見られてる見られてる」
周りは学生で溢れており、ただでさえ目立つ二人は注目の的だ。
藍沢と中里は互いに親友だと公言しているのもあってか、藍沢は徳永と登校したりしない日はあんな風に中里と一緒に居たりする。
「藍沢さんと中里さん、マジで美人だよなぁ」
「俺さぁ……中里さんが二年で二番目に美人とか言われてるの納得出来ないんだけど」
「あ、それ俺も思うわ。あそこまで美人ならどっちも一番でええやん」
近くを歩く男子の言葉に、俺は盛大に頷いておいた。
そこから前を歩く二人の香りが漂ってくるなんてこともなく、ラブコメの波動を感じさせるようにこちらに振り向いてくることもなく、そのまま教室に到着した。
「おはよう正人」
「うっす~」
「おはよう神木君!」
「はよ~」
知り合いの挨拶に手を上げて反応していると、先に着いていた藍沢とバッチリ目が合った。
(……まただな)
ここ最近は本当に藍沢と目が合う。
最初はこのことを恥ずかしいなとか思っていたけれど、やはり美人と視線が合うことは決して嫌ではなく、むしろその日を頑張れる活力を俺に与えてくれる。
「……あ」
すると、今日は中里とも目があった。
一昨日に二人から笑われてしまうことはあったものの、こんな風に目が合うのは初めてかもしれない。
藍沢に釣られて中里がこちらを向いたわけだが……やはり引っ掛かる。
(中里さんってマジで東條リラに似てない……?)
それこそ目の色と髪の色が違うだけで他は本当に似ている。
『中里さんって東條リラに似てる気がするんだけど……でも目の色とか髪の色違うしなぁ』
中里は金髪にサファイアのような青い瞳で、東條リラは青いメッシュの入った黒髪にルビーのような赤い瞳だ。
アイドルオタクの友達もいつだかに似ている節のことを言っていたが、結局それは謎のままだったし気にしている人も全く居ない……なんでこんなに俺が気になるのか分からないけど、お姫様抱っこをするくらいに東條リラの近くに一瞬でも居たからなのだろうか。
「おはよう」
ジッと二人を見ていたらイケメン徳永の登場だ。
いつ見ても眩しいくらいのイケメンである徳永が藍沢の元に向かい、中里も交えて会話を始めた。
「……ま、気にしても仕方ないか」
ネトラセンサーが反応してなければ、俺もただの一般人。
ならば今は、周りの男子たちと同じように高嶺の花たちを見つめるモブと化すだけだぜ。
▽▼
「ありがとうございました、先生」
「いや、全然構わんぞ。また何かあったら来なさい」
「はい!」
数学を担当する先生に頭を下げ、職員室を後にした。
わざわざ昼休みに何をしていたかというと、今日の数学の時間にネトラセンサーについて考えすぎて集中しておらず、少しばかり授業で分からない場所があったせいだ。
「……いかんなぁ」
気になるのは仕方ないけど、学生として授業に影響が出るほど気にしてしまうのはダメだな……自分を律しないと!
「ははっ、この学校の生徒たちはみんな元気だねぇ!」
「
「色々教えてくださいよぉ~!」
職員室の傍では、若い男の先生と女子たちが楽しそうに話している。
そういえば朝礼で先生が話してたっけ――主に体育を担当する教育実習生が今日から来るって。
「あの人がそうか」
見た目はとにかく筋肉質で、坊主頭の爽やかなタイプの顔立ちだ。
女子ウケの良さそうな雰囲気と性格っぽいし、教育実習生の人って俺たちと歳が近いこともあってか話が合うことも多く、あんな風にすぐ打ち解けるのだが……そんな微笑ましい光景に申し訳ないと思う俺だった。
(同人誌を読み漁ったからか、ああいうタイプは女の子に手を出しそうな雰囲気を感じるんだよなぁ……ま、これを口に出したら最低のノンデリ野郎だけど、思うだけならタダだからな)
なんてことを思いつつ、教室に入ろうとした瞬間だった。
「きゃぁああああっ!?」
「な、なんだ!?」
響いたのは悲鳴だ――しかもこれは藍沢の悲鳴!?
騒がしい教室と廊下が静かになるほどの悲鳴は、明らかに何かが起こったことを意味している。
即座に教室に入った瞬間、目の前に藍沢が現れた。
「え――」
いきなり目の前に現れた藍沢を避けることは出来ず、俺は大人しく藍沢を受け止めた。それなりに強い衝撃が体に走り、次いで胸元に広がる弾力は素晴らしかった。
「神木君……っ!?」
「何があったの?」
「く、蜘蛛が!」
蜘蛛……?
藍沢が指を向けた先は、ちょうど彼女の机の近く……そしてその床に足の長い蜘蛛が居座っていた。
その堂々たる姿は威圧感に満ちており、確かに女子からすれば悲鳴が上がるのは仕方ないだろうか……あぁいや、俺も夜中に自分の部屋で見たらビビり散らすぞこれは。
「箒! 箒で潰そう!」
「ほれ! とっとと潰せ潰せ!」
男子たちが蜘蛛を殺そうとするも、蜘蛛のスピードに追い付けない。
「おい、いつまで瑠奈に引っ付いてんだよ」
「っ!?」
ガツンと、少し重めに肩を徳永に殴られた。
「す、すまん……」
「ちょっと! そこまでしなくても!」
まあまあ、今のは確かに俺が悪い。
ただ抱き着かれるだけなら事故みたいなものだったが、藍沢の胸の感触をこれでもかと味わったし、それなら徳永にどつかれたところでお釣りの方が大きい。
「そっち行ったって!」
「てかなんで蜘蛛が居るんだよ!」
「蜘蛛なんてどこに居てもおかしくないって!」
「それはそうだけどさぁ!!」
あ~あ、もう教室中はパニックだ。
箒を手に走り回る男子たちから逃げる蜘蛛は、そのまま俺の方へと近付いてくる。
ちょうど手に持っていた教科書を下に敷くと、蜘蛛はそのまま教科書の上に乗った。
「よしよし、そのまま外に持ってくからなぁ」
流石にこうすると殺そうとはしないらしく、全員が俺を見守る。
俺はそのまま窓際に向かい、もうこんなところに入ってくるなよと願いを込めて外に逃がした。
蜘蛛は当然のように礼の素振りすら見せず、そのまま見えなくなった。
「逃がせた?」
「あぁ……っ!?」
いきなり横から声を掛けられビックリした。
一緒に窓から外を覗いていたのは中里さんで、彼女も蜘蛛が消えた方向を見ていた。
「中里さんか……」
「……………」
「どうしたの?」
中里さんの青い瞳が俺を射貫く。
その深い青の色はとても綺麗で、本当に宝石のようだ。
「……ねえ、今度じっくり声を聞かせてくれないかな?」
「何それ」
教室での騒ぎの後、そんなことを中里さんから伝えられた。
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