ネトラセンサーが凄すぎる
「なんだてめえは」
「狐の面なんざ付けやがって」
俺は堂々と中に入った。
一人の女性がスーツ姿の男に押し倒されており、その周りには明らかに屈強というか、反社のような出で立ちの大男が三人居た。
いや、反社と決め付けるのは良くないか? でも入れ墨とか、顔の傷とか凄いしそう思っちゃうだろこれ。
「……典型的な同人誌展開じゃねえか」
思わずそう呟くほどには、テンプレが過ぎている。
「な、なんだお前は!!」
スーツ姿の男は、女性を押し倒しながらそう言った。
「はっ、悪党に名乗る名は持ち合わせていなくてな。つうか、見るからにヤバそうな連中が居て名前を名乗るのは馬鹿がすることだと思うが?」
おかしい……やっぱり少し気がデカくなってる。
とはいえこの状況は、明らかに俺が不利であるのと同時に正面からぶつかり合えば普通なら無事では済まないはずだ。
自分の住んでいる街はそこそこ大きいとはいえ、こんなヤクザみたいな連中が居たというのは知らなかったし、こういう状況が発生していること自体が衝撃的だ。
「随分と態度がデカいガキだ」
「アンタの醜い腹よりはマシじゃないか?」
ピキッと、ヤクザ風のおっさんが青筋を浮かべた。
「歳を取るとメタボにも気を付けないといけないからなぁ……そんな風にはならないように気を付けるわ」
「このガキ……っ!!」
近付いてきたおっさんの動きはどこか洗練されていた。
まるで過去に何かしらの格闘技をやっていたかのような動きだが、生憎とその辺りに詳しくないので分からない。
「死ねやガキが!」
死ねとは言うが、別に何か武器を持ってないのは優しさか?
まあそんなことはないだろうなと思いながらも、やはり全てがスローになる感覚に包まれ、おっさんに足払いをすることで転倒させた。
(……凄く簡単に足払い出来たな)
その証拠に、おっさんは目を丸くして驚いていた。
基本的に人って何かをされようとした時、それを耐えるために体に力が入るものだけど……これは俺の感覚だが、もしかしたらあのスローの影響でおっさんが力を入れる前に足払いが決まるからか……?
そう考えると藍沢の時のアレも更に納得出来るな。
「
「あの西京さんが……?」
「西京の俺が……?」
いや、アンタは自分のことをそう言っちゃダメだろ。
なんだよギャグかなと思いながらも、残りの屈強な男二人も俺に掴みかかろうと近付いてくる。
(大丈夫だ……全然怖くない)
アプリが無かったら俺はただのクソ雑魚なんだろうけど、だからこそ女性を助けるまで気を抜かずやり遂げるんだ。
「お、お前ら……?」
「こ、こいつ……何なんだ!?」
驚愕する男たちの間を抜け、女性と覆い被さる男の前へ。
「NTRは撲滅すべし、慈悲は無し」
「な、なんなんだよお前はぁ!?」
さっきから言葉のボキャブラリーがないなと苦笑したが、どうもそれが彼からすれば鼻で笑ったように見えたらしい。
立ち上がった目の前の男と、更に俺が足払いを掛けた男三人が背後から迫ってきたが、再びの足払いで四人とも倒れ込んだ。
「足払い強すぎるだろ」
そもそも、俺の動きは彼らからどう見えているんだろう。
それが少し気になるが、外からパトカーの音が聞こえてきて一気に室内が騒がしくなる。
「警察!?」
「ま、まさか!?」
そう、呼んだのは俺だよ……なんてことを言うよりも先に、上半身を起こして呆然とする女性を抱き上げ、そのまま部屋を出て外へ。
「ごめん――あんな風に誰かを助けるのも初めてだし、女性をお姫様抱っこしたまま走るのも初めてだから」
「は、はい……っ!」
「下に着くまで舌を噛まないようにして」
「っ……分かった!」
物分かりの良い人で助かった。
というかこうして抱っこしているのもあって、女性の美貌とスタイルの良さがとにかく目に入る。
(……やっぱり声もそうだけど、顔立ちもどこかで見たことあるような気がするな)
まあ、アイドルの知り合いなんて居ないのできっと勘違いだ。
「……あ、
そこでようやく、俺は女性のことを唐突だが思い出した。
十七歳の若手アイドルで雑誌のモデルなんかを良くやってるとか、これもアイドルオタクの友達から聞いたし、この街の出身であることも確か言っていたような気がする。
「い、今気付かれましたか……」
「ごめんごめん、でもアイドルも大変なんだなって思わせられたよ」
「あれは……正直今でも受け止められなくて」
「無理もないさ。彼氏が居るみたいだし、しっかり慰めてもらいな?」
「っ……」
顔を赤くしたアイドルさんに可愛いなと思いつつも、こんなに可愛くてスタイルの良い女の子を好き勝手出来る彼氏に嫉妬しながら、ようやく俺たちは外に出た。
「NTRはクソだわ。でも今回も無事に助けられて良かったか」
「NTR……寝取られですか?」
「おや、知ってるのかいお嬢さん」
「好きな絵師さんが良く書いてますので……」
どうやら最近のアイドルはNTRを知ってるようだ。
アイドルさんを下ろしてスマホを見ると、そこそこバッテリーが消費されていることに気付き、何故かそれを見た瞬間に凄まじいまでの不安が押し寄せてきた。
(あれ……何だこの怖さ……自分の存在が揺らぐような……)
おそらくこれは、今の俺がなくなってしまうことに対するものだ。
「それじゃあアイドルさん、俺はここでおさらばするよ。後は警察の人に任せるから!」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
その言葉に立ち止まることなく、俺はすぐにその場から離れた。
その後の顛末を説明すると、このことはしっかりとニュースとして報道されるほどになった。
今をときめくアイドルの東條リラが性的暴行を受けそうになったことは大きな衝撃として駆け巡り、ファンの心配もそうだがアンチの声にも火を付けたようでSNSはお祭り騒ぎだ。
あのまま居なくなったことでどうなるか不安だったものの、男たちはみんな捕まったのと東條リラが説明し、更には監視カメラの映像も合わせて完全にお縄だ。
「でも……監視カメラに映ってなかったらしいんだよな」
東條リラのインタビューとか諸々見たけど、監視カメラには俺の姿だけ映っていなかったらしい
つうか監視カメラがあるのにそういうことをやろうとしたあの男たちが物凄く間抜けだけど、それを忘れてしまうくらいにあの男――元マネージャーは怒りに我を忘れていたのだ。
「このネトラセンサーはやっぱり本物ってことで良いんだよな……あの男たちを撃退出来たことも、たぶんカメラに映ってなかったのもそういうことだと思う……凄くね?」
いや、本当に凄いとしか言えないよこのアプリ。
「でも気分が良いなぁ……! あんな風に誰かを助けられるのは凄く満たされるというか……これからもやっていくぜ!」
ただ、改めてテレビに映る東條リラを見ていると思うことがある。
目の色とか髪の色が違う中里さんだなって……なんとなくそう思うようになってしまい、学校で彼女を見る度に気になるのが少し困る。
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