俺はどこまでも本心だ

「なあお前……ほんとにバグったりしてないよな?」


 夜、寝る前についスマホに問いかけた。

 ネトラセンサーについての力は、まだ一回だけとはいえ身を持って知ったわけだが、流石に今日の放課後に関してはバグを疑わざるを得ない。


「あれは……う~ん」


 藍沢と日誌を書いていた時に反応しまくっていたセンサー。

 俺としては学校で寝取り行為に走るクズはどいつだと息巻いていたのだが、結局それを見つけることは出来なかった。

 というのも教室を離れたら反応が消え、戻ればまた反応するという現象が発生したからだ。


「あれ……いやいや、まさかそんなはずあるわけ――」


 俺の脳裏に過ったこと、それはセンサーが俺に反応したのではというものだった。まあそうなると俺が徳永から藍沢を奪う寝取り男ってことになるけど、確かに藍沢は魅力的な女の子で……言ってしまえばああいう子と付き合いたいとかエッチしたいって思う。

 でも生憎と俺にはそんなつもりは一切ないし、そもそも俺自身にあんな高嶺の花に好かれるような魅力があるとは思えんからな。


「……言ってて悲しくなってきたわ」


 自ら口にした自虐にため息を吐きつつ、改めてアプリを開く。


“このネトラセンサーの反応は絶対です。ネトラセンサーを寝取らせんさと言うことも出来ますよね? いかなる状況においても、このセンサーは寝取り現場発生を絶対に見逃しません。寝取られとは決して身体的なものだけではなく、精神の部分も同じです。センサーの探知出来る部分においては必ず伝えてくれます”


 なんというか……前に見た時と説明文が違う気がする。

 とはいえあの意味不明な反応を除けば、あれから明確な反応は見せていないのでちょっと安心している。

 だってそうだろう?

 こいつが寝取られ現場に反応するってことは、反応する数が多ければ多いほどそういうことが起きてるわけで、そんなの流石に闇すぎる。


「でも……俺にはそれを防げる力がある。だったら俺は、少しでも悲しむ人間を少なくしてやるぜ――純愛が最高なんだからよ!」


 まあ、アプリが反応すれはその都度動くとしよう。

 藍沢の場合は知っていた女子ってのもあるけど、シンプルに笑顔で感謝をされるというか……お礼を言われることが嬉しかったから。


「さ~てと、寝るとすっか!」


 部屋の電気を消し、ベッドに横になった。

 ただすぐに寝れることもなく、脳裏に蘇ったのはあの男……藍沢に言い寄っていたあいつだ。


「ああいうタイプって一度じゃ諦めないよなぁ……思いっきりこっちにビビッていたけど、またどこかで藍沢にちょっかいを掛けるかもしれない」


 その時はまた反応してくれよネトラセンサー!

 徳永とは特に仲が良いわけじゃないけど、あんな美人で性格の良い同級生の子が好き勝手されるのは気分悪いからな!



 ▼▽



「正人、学校に行くついでにゴミを出してくれる?」

「おっけ~」

「ありがとね。行ってらっしゃい」

「行ってきま~す」


 ゴミ袋を手に俺は家を出た。

 ちょうど家を出てから学校に向かうまでに、ゴミの収集場所があるのでこうして俺がゴミを捨てることも少なくない。

 時々仕事に行く前に父さんがやることもあるが、大体は俺が進んでやらせてもらっている。


「……お」


 収集場所に着くと、ちょうどお隣さんもゴミ出しだったようだ。


「おはようございます」

「おはよう」


 挨拶を返してくれたのは住吉すみよしさんと言って、お隣に住む既婚者の女性で母さんとも仲が良い美人さんだ。

 見た目としては結構派手というか、茶髪に若干の鋭い目付きは少しばかりヤンキーママっぽいが、それでも近所ではかなり評判のスタイル抜群アラサー美女だ。


「今日も那智なちさんに頼まれたの?」

「そんなところです。頼まれなくてもやりますけどね!」

「ははっ、本当に正人君は良い子だねぇ」


 ちなみに、那智というのは母さんの名前だ。

 さっきも言ったが住吉さんは母さんと名前で呼び合うくらい仲が良く、そこに年齢の差はあまり感じさせない。


「良い子というか、普通ですよ」

「いやいや、そう思えるのが良い子って奴じゃないかい?」


 よしよしと、住吉さんが頭を撫でてきた。

 傍に近付いてきた住吉さんは、朝の気を抜いた時間帯というのもあるのか結構恰好がエッチだ。

 それこそ上着の下に薄いシャツを着ているような感じで、高校生の俺には色んな意味で刺激が強すぎる。


「あらあら、顔を赤くしちゃってさぁ♪」

「し、失礼します!!」

「行ってらっしゃ~い」


 たまらず住吉さんの前から逃げ、離れたところでふぅっと息を吐く。

 少しだらしない印象を住吉さんには感じてしまうが、それでも抜群のスタイルやその見た目からは大人の女性の魅力をこれでもかと感じる。


「住吉さんの旦那さんって出張が多いんだっけか……」


 うちに来て母さんと話す際に、笑いながらも寂しいんだと言っていたことを思い出す。


「あんな人を放っておくなよって思うけど、他所様の家庭事情だし俺が気にしたところでなぁ」


 そんな風に思いつつ、学校へと急ぐのだった。

 いつも通っている何の変化もない通学路を歩いて行けば、段々と学校に向かう生徒の数は増えていく。

 その中に俺は、珍しい背中を一つ見つけるのだった。


「藍沢……?」


 目の前を歩いていたのは藍沢だ。

 彼女がそこに居ること自体を珍しいと思ったわけではなく、いつも一緒に歩いている徳永が居ないことを珍しいと思ったのだ。


「まあ……いつも一緒に居るわけじゃないか」


 そりゃそうだと自分で納得する。

 すると、前を歩いていた藍沢は立ち止まってこちらに振り返った。


「っ……」


 ただ彼女は振り返っただけだが、バッチリと視線が合う。

 驚きはしたが俺の足は止まらずそのまま前へ……そして、動きを止めていた藍沢の目の前まで進んだ。


「おはよう……どうした?」

「おはよう……ううん、何でもないの。ただ、振り返ったら神木君が居たなって思ってね」

「そうか……」

「……ふふっ、ごめんなさい。ほら、ああいうことがあったから少し神木君を見ちゃうとあってなるのよ」

「なるほど……」


 それはつまり……俺を見るとあのことを思い出すってことか?

 俺は女じゃないから完全には理解出来ないけれど、女性の藍沢からすればあんな出来事は恐怖以外の何物でもなかっただろう。

 もしもそれで後に藍沢が塗り替えられてしまうのだとしても、その過程に恐怖を抱かないわけがない。


「……なあ藍沢」

「どうしたの?」

「もしも……もしも俺を見てアレを思い出すなら……少しでも顔を合わせないように努力した方が良いかな?」

「……え?」


 ふと漏れた言葉に、藍沢は目を丸くした。

 だが少しして俺の言葉の意味を理解したらしく、彼女は慌てたようにそんなことはしなくて良いと否定した。


「確かに思い出すわ。でもあなたがそこまでする必要は絶対にない。むしろごめんなさい……そんな風に思わせちゃって」

「あぁいや……藍沢が謝ることじゃないって」


 目尻を落とした藍沢に、今度はこっちが否定する番だった。

 むしろ口を突いて出てきた言葉がマズかった……いくら助けた側の俺とはいえ、藍沢に言って良い言葉じゃなかった。

 お互いに続く言葉が出なくなり、しばらく無言で見つめ合う。

 そして何をやってるんだと言わんばかりに、俺たちは笑い合った。


「ありがとう神木君。言動からも分かるけど、心配してくれてるのね」

「それはもちろんだけど、何かあった?」

「ううん、何もないわ」

「そっか……それなら良かったよ」


 何もないなら良かった……まあセンサーは反応してないし何かあったら困るんだけどさ。


「俺たちはただのクラスメイトでそれ以上でも以下でもない。でもやっぱり藍沢に何かあったら嫌だって思う……ほら、以前にオタク趣味について良いことだって言ってくれたじゃん?」

「え? あぁ……そんなこともあったわね」

「それが理由ってわけじゃないけど……とにかく、藍沢に何かあったら俺は嫌だよ」

「っ……」


 ほんと、あの出来事があってから口がまわるまわる。


「NTRはゴミだからな!」


 だからまた何かあったとしても、俺は寝取り野郎に正義の鉄槌を下す。

 だから藍沢、安心してくれよな。


「……NTRっていうジャンルがあるのね。調べちゃったわ」

「あ……」


 ……こほん。

 俺はすぐに、その場を去るのだった。

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