早速アプリがバグったらしい

「それで、最近のお前は寝取られ系の作品を気に入ったわけか」

「気に入ったわけじゃないけど、興奮は誤魔化せねえ」

「……分かる、分かるぞ。何故か嫌悪感を抱くってのに、美麗なイラストに釣られて見ちまうんだ……何なんだよあのジャンルの本は!」


 デカい声に思われるかもしれないが、あくまで俺にしか聞こえていない。

 目の前で喋る彼は俺の友人で、高校に入学してからすぐに仲良くなった彼の名前は牧野まきの刀祢とうや、気の合うオタク友達だ。


「やっぱ時代は異世界ファンタジーとラブコメだぜ」

「どっちかじゃないのか」

「いやいや、どっちも面白いじゃん。まあ他のジャンルも読むけど、やっぱりよく読むのは何かと言われたらその二つだしな」

「へぇ」


 確かにどっちも面白いしなぁ。

 それから数人の友人たちが加わり、昨今のアニメや漫画の話で大盛り上がりとなったが、このクラスにおけるもっとも目立つ存在たちの登場によって、俺たちの会話は一瞬止まった。


「おはようみんな」

「おはよう」


 挨拶一つで注目を集めるその男女二人組――藍沢と、その彼氏である徳永だ。


「けっ、美男美女のカップルがよぉ……」

「徳永君が羨ましいよ……僕らじゃあんな美人の彼女なんて考えられないし」

「何諦めてんだよ。俺たちだって可能性あるだろうが!」


 刀祢たちの話を聞きながら、俺はそっと藍沢たちを見た。

 いつ見ても徳永が羨ましくなるし、反対に俺も藍沢みたいな美人ともっとお近付きになりたいだなんて考えてしまうくらいには、彼らはキラキラと輝いている。


(……結局、証明されちまったしな)


 突然に、俺のスマホにインストールされた【ネトラセンサー】……流石にまだ昨日の一回しか起動していないので、まだまだ検証の余地はある。

 けれど改めて考えてみても昨日の一連の出来事は異常だった。

 センサーが示した方向に行けば本当にNTRへと繋がる現場に遭遇し、あの男を撃退しようとした時の不思議な感覚は、どう考えても説明の付くものじゃない。


(本当に全てがスローになって……調子に乗るわけじゃないけど、あのスローに見える空間の中では誰にも負ける気はしなかった。それこそあんなチャラ男ではなく、体を鍛えた人にさえ同じことを思ったしなぁ)


 そんなことを考えていると、まさかの展開が訪れた。

 徳永と一緒にやってきた藍沢が、俺を見つけて近付いてきたのである。


「え……?」


 思わず驚いたのは言うまでもない。


「おはよう、神木君」

「お、おはよう……」


 はい、神木正人です。


「その様子だとなんで声を掛けたか分かってない感じ?」

「それはまあ……」


 だって普段、こんな風に声を掛けてくることがないからだ。

 スッと俺に差し出したのは日直の日誌……それを見てから黒板に目を向けると、そこには俺と藍沢の名前があった。


「あ……そういうことね」

「そういうこと。名前を書いたら私の所に持ってきて?」

「分かった」


 俺の机に日誌を置き、藍沢は自分の席に戻って行った。


「一瞬ドキッとしちまったぜ……まさか正人に春が来たもんだと」

「藍沢には彼氏が居るだろうが」

「それはそうだがよ」


 まあでも、ドキッとしたのは俺も同じだったけどな。


(……藍沢の奴、いつも通りだったな)


 確かにネトラセンサーのことが気になりまくった昨日だったけど、精神状態は大丈夫かなという意味でも藍沢のことは気になっていた。

 あの後に徳永と会う約束をしていたみたいなので、その時にしっかりと甘えて気分をリフレッシュ出来たのなら助けた甲斐があったというものだ。


「どうした?」

「え? あぁいや……」


 刀祢の問いかけに、俺は思ったことを口にした。


「刀祢たちは……女の子を寝取ろうとする男が居たらどうする?」

「殺す」

「玉を潰す」

「存在しちゃいけない」


 あ……やはり我々オタクにとって、ヒロインとの仲を引き裂こうとする寝取り男の存在は許せないようだ。


「俺はさぁ、これを言っちゃうと物語が成立しないのは分かってる! でも寝取られ系のストーリーでなんでヒロインは馬鹿になるんだって思うんだよ!」

「それな! 確かに襲われたこととか、知られたくないことではあると思うんだけどそれをズルズル引き摺ったら碌なことにならねえもん!」


 そこからはもう寝取り男に対する憎悪に満ちていた。

 日誌に名前を書いたので藍沢の所へ向かう都合上、彼らのやり取りに加わることはなかった。


「藍沢」

「あ、書いたの?」

「おう」


 クラスでも一二を争う美少女ということで、よく二番目に美人と言われる中里莉羅の姿もあった。


(俺には一番とか二番とか……分かんねえや)


 というのも、二人とも俺からすれば凄まじいまでの美少女だからだ。

 まず藍沢あいざわ瑠奈るな

 彼女は清楚系美人という言葉が似合うように、古き良き大和撫子といった感じの印象を与える。長い黒髪も綺麗だし、少し垂れた目もチャーミング! そして何よりスタイルが良い!


(そしてこっちも凄いぞ……!)


 お次は中里なかさと莉羅りら

 彼女は藍沢に比べて派手な見た目をしているが、それは彼女がハーフだからこその金髪が目立つせいだろう。

 ロシア人の血が入っている彼女は目の色も俺たちと違うが、何より顔立ちが凄く美しいというか……一体誰が二番目って言ったんだ? どっちも一番だろ馬鹿タレが。

 オマケにスタイルに関しては藍沢よりもボインがボインボイン! こりゃ三年の先輩や一年の後輩からの告白が尽きないわけですわ。


「……ふぅ」


 いかんいかん……つい興奮してしまったぜ。


「じゃ、また日直のことで何かあったら言ってくれ」

「分かった。それじゃあね」

「おう」


 クラスの誇る美少女との会話だが、この程度では注目を浴びることもない。

 そうしてこの日は藍沢との日直になったわけだが、特に何かがあることもなくすぐに放課後になった。

 相変わらずネトラセンサーのことを考えてはいたものの、全く反応は無かったので今になってやっぱり……昨日のは何かの間違いじゃないのかと思い始めた。


「神木君は字が綺麗なのね」

「そうか? 普通な気がするけど」


 放課後――教室に残っているのは俺と藍沢だけだ。


(……すっげえ絵になるな)


 それは、チラッと見る藍沢の姿だ。

 既に彼女はやることはないため、頬杖を突きながら俺の手元を見つめているのだが、ただそれだけなのに絵になっている。


「……ねえ」

「……なに?」


 突然声を掛けられ、手が止まった。

 目の前に座る藍沢は姿勢を変え、頬杖を突いていた状態から腕を胸の下で組んだ。それは漫画でよく見た女性の仕草であり、まさか現実で拝めるとは思わなかった。


「昨日は……本当にありがとう」

「……あぁそのことか」

「ちゃんとしたお礼を言えてないと思ってね」

「そんなことないでしょ。ありがとうって言われたはずだけど?」

「それはそうだけど……でも私は神木君に本当に危ない所を助けられた。だから言葉一つで終わらせるのはどうかなって思って」


 放課後になってからずっと、藍沢は何かを言いたげだった。

 その様子が気になっていたのは確かだけど、まさかこのことで悩んでいたりしたのだろうか。だとしたらあまりに律儀すぎるだろうと苦笑する。


「どうして笑うの……?」

「あぁいや、まさかそれを気にしてたのかなって。言わせてもらうとしたら、全然良いよ。今もそうだし、昨日も藍沢からお礼の言葉はもらったから」

「……でも」

「藍沢ってもしかして他人に借りは作りたくないタイプ?」


 そう言うと、彼女はゆっくりと頷いた。

 確かに誰かの借りを作るのは気持ち悪いというか、全部が全部そうではないけど何かお返しをしなければと思わなくもない。

 まあでも、本当に俺は気にしていないんだ。

 藍沢があの男に変なことをされることなく、無事だったことが何よりであり、寝取られ展開を阻止出来て俺は満足してるんだから。


「本当に気にするなよとしか言えないよ俺は。俺からすれば藍沢が無事だったことが何よりというか、本当に守れて良かったなって思うから」

「っ……どうしてそこまで言ってくれるの?」

「え? だって彼氏持ちの女性に手を出すとかクズじゃね? しかもそれを知っててあんな風に手を出す野郎は許せない……ああいうのは世界から抹殺されるべきだ」

「ま、抹殺……随分と過激なのね」


 あたぼうよ!

 NTRは物語の中だからこそ許されることであり、現実で自分からソレをしようとする奴はゴミ以下のクズだ。


「NTRはゴミです」

「……NTRって何?」

「……忘れてくれ」


 そっか……流石に彼女はこれを知らなかったか。

 強いジャンルとはいえ知らない人が居るのも分かるし、これでもしも藍沢が調べたりしたら……明日から彼女に凄い目で見られるかもしれない。


「でも、その後のことも驚いたけれどね? いきなり美人だとか言われたから」

「間違ったことは言ってないと思うけど? つうかよく言われてね?」

「それは……そうだけれど、あそこまで真っ直ぐに言われたことはなかったわ」

「そうなんだ……」

「えぇ……彼もあまり、綺麗だとか可愛いって言ってくれないから」

「それは照れてんだよきっと」

「そうだと……嬉しいわね」


 なんか……空気が不穏だな。

 どこかボーッとするような様子になった藍沢に向け、俺は下を向きながらこう言ったのだ……下を向いたのは恥ずかしかったからだ。


「藍沢は綺麗だよほんとに……こんな子が同級生とかマジかよって思うこともあったんだぜ?」

「……ふふっ、神木君って意外と大胆なのね。普通じゃそんなこと面と向かって言わないと思うけど?」

「人を褒める言葉は言わないより言った方が良い。もちろんそう思ったからって節操なしに言うわけじゃない……ほら、藍沢だって今みたいに笑っただろ? こういう空気だからこそ言えるんだよ」

「……そう」


 ……さっきからめっちゃ顔が熱いぜ。

 ただ何度も思うけど藍沢には彼氏が居るから脈ないし……どっかで良いなって思える子に出会ってこう言いたいもんだ。


「……?」

「どうしたの?」


 その時、スマホが震えていることに気付いた。

 何だろうと思って手に取ると、まさかのネトラセンサーが起動していた……場所はここ――学校だと!?


「すまん藍沢! すぐに戻る……!」

「あ、神木君!?」


 誰だ誰だどこの馬鹿だ!?

 学校で寝取り行為に走る馬鹿はどこのどいつだ……ってあれ?


「……? センサーが止まった」


 教室から少し離れたところでセンサーが止まった。


「……バグった?」


 なんだよ驚かせるなよと、そう思って教室に戻ろうとすると……またセンサーが反応した。


「……壊れた?」


 ただこのセンサーの反応は、昨日とは少し違う。

 昨日は凄まじいまでの緊急性を教えてくれるものだったが、今回はどこか優しいというか……心なしか不安になるようなものじゃない。


「本当にどうしたの?」

「いや……」


 藍沢からすれば、俺の行動は意味が分からないはずだ。

 試しにまた教室から離れて行くと反応は消え……そして戻ろうとすればまた反応して……ダメだこいつ壊れたかもしれん。

 取り敢えず帰ってから確かめようと思い、スマホの電源を切った。


「ごめん藍沢、何でもない」

「そう……?」


 その後、日誌は無事に終わったので藍沢と一緒に先生に返却した。


「それじゃあな藍沢」

「うん、お疲れ様神木君」

「おう!」


 しっかし……藍沢は本当に可愛いし美人だな。

 徳永の奴が羨ましくて仕方ない……俺もいつか、あんな素敵な彼女が欲しいもんだねぇ。

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