NTR展開を阻止しまくっていたら、いつの間にか重たい女の子たちに囲まれていた件

みょん

そのアプリの名は【ネトラセンサー】

「寝取られって胸糞だわ~」


 スマホを放り投げ、俺はそう呟いた。

 さっきまで俺がスマホで読んでいたのはNTRを題材にした漫画で、主人公とヒロインが仲良しだっただけに心が抉られた。

 しかし、それでもタップしてしまうのはイラストから伝わってくる魔力のようなもので、後はシンプルに興奮してしまうのも仕方ないんだ。


「寝取られって心が抉られる内容なのに、それでも体は正直に興奮するんだから凄いよなぁ……たぶんこれって俺だけじゃないと思うんだが」


 オタク仲間の友人もきっとそうだとは思うんだが、寝取られ断固大嫌いって奴だし俺みたいにはならないか……?


「はぁ……」


 だがまあ、この何とも言えないモヤモヤを抱える余韻を狙ってるのかもな。

 そんな風にしばらくボーッとした後、改めてスマホを手に取って思わずおやっと首を傾げた。


「なんだ……?」


 画面の中に、見知らぬアプリがあった。


「ネトラセンサー……?」


 そのアプリの名前は【ネトラセンサー】というらしく、全く見覚えがない。

 勝手にインストールされた物だと思い、ウィルスかと思ってアンインストールしようかと思ったのだが、少し指が当たってアプリが起動した。


「やべっ……」


 俺の個人情報が流出……とはならず、普通にアプリが起動しただけだ。


「なんだこれ……」


 ピコンピコンと、まるでセンサーのように画面が光り、次いでこのアプリの説明文が現れた。


“このネトラセンサーは、カップルに破局や不幸を齎す寝取られ現場の発生予兆に対して反応します。このアプリが反応した場所に向かうと、そこでは必ず相手を寝取ろうとする加害者と被害者が居ることでしょう”


「……は?」


 なんじゃこのアプリは……そんな感想しか出てこない。

 完全におふざけというか……こんな意味不明なアプリがあるわけないだろうと、そんなものを寄こすくらいなら催眠アプリでもくれよって気分にさせられる。


“このアプリは、全ての寝取りクソ間男を絶滅させる力です。このアプリの案内によってあなたが現場に着いた際は、本来ではあり得ない力を扱い相手の間男を撃退することが出来ます”


「スーパーマンかよ」


 そんな風に考えていると、ピーッと高い音がスマホから響いた。


「な、なんだ……!?」


 どうやらアプリが起動したらしく、ここから北の方角を示している。


「……ま、今日は暇だし遊んでみるか」


 この時の俺は、これを全く信じていなかった。

 だってそうだろう? こんなあり得ないアプリが存在していたら、世の中色々と大変なことになると分かっているからだ。


「母さ~ん! ちょっと出かけてくるわ~」

「気を付けるのよ~!」


 母さんに声を掛けた後、俺は家を飛び出した。

 いつもなら賑わう公園に着いたが、遊んでいる親子連れの数も少なくて大分静かだ。


「ここ……?」


 アプリが示した場所はここだ。

 更に奥に進んでいくと、俺は信じられないモノを見た。


「あ、あれは……!?」


 そこは木の陰で、俺は反射的にしゃがんで身を隠す。


「お願いだから……離してよ!」

「おいおい、久しぶりに再会したってのにつめてえなぁ?」

「こんなところに引っ張り込んで何を今更! いい加減にしてよ!」


 男女のやり取りだが、明らかに普通のやり取りではない。

 男の方は知らないけど女の方は知っていた――クラスメイトの藍沢だ。


「藍沢……?」


 藍沢瑠奈……スタイル抜群の美少女であり、正に高嶺の花だ。

 顔立ちも美人だが何より、豊満な胸元はあまりにも目の毒で……実際に口に出すことはないが、一度でいいから触ってみたいとか妄想する代物。

 だがしかし、そんな願いが叶わない理由としては藍沢には彼氏が居る。

 その彼氏も同級生で知っている奴だが、周りからもお似合いだと言われる美男美女なのである。


「中学の頃に付き合ってたじゃねえか俺たち」

「少しだけでしょ!? しかもあなたが無理やりそうしろって……じゃないと私の友人を傷付けるって言うから!」

「だとしても付き合ったことに変わりないだろ? つうかお前まだ処女なのか? そんなデカ乳引っ提げて襲ってもらえないとか、相手の男は意気地なしかよ」

「黙りなさい! あなたみたいな人間と一緒にしないで!」

「ははっ、その生意気な姿も懐かしいぜ……なあ瑠奈、俺は生意気な女を屈服させるのが好きなんだよ。だから――」

「ひっ!?」


 これは……間違いなく寝取られの気配!?


「……マジかよこれ」


 このアプリ……マジモンか?

 唖然とする俺を他所に、向こう側のやり取りは進んでいく……見るからにヤンキーな見た目をしたクソ野郎は、藍沢の胸を揉み始めた。

 ニヤニヤと気持ち悪く嗤う男と、怯えて動けない藍沢。


『オタク文化は詳しく知らないけれど、でも堂々としてて良いんじゃない?』


 いつだったか、藍沢とのやり取りを思い出した。

 友人と一緒に漫画について語っていた俺たちに、通りがかった藍沢がそういったのである。あの時は単純にクラスでも一二を争う美少女の登場に口を閉じたが、藍沢はそんな俺たちを見て嫌そうな顔をするでもなく、むしろ楽しそうに趣味を語り合える友人が居るのは素晴らしいことだとも言ってくれた。


「……はっ、やるしかねえか」


 そんなやり取りがなかったとしても、クラスメイトの危機を助けない理由はない。

 これに関してはたぶん、このアプリがなくて偶然この瞬間を目撃したとしても変わらないだろう。


「止めろこのクソ野郎が!」


 俺は、藍沢を助けるために声を上げた。


「あん?」

「……神木君……!?」


 突然登場した俺に、二人の視線が突き刺さる。

 藍沢は既に涙を流しており、いつもクラスで凛とした様子ながらも笑顔の多い彼女に似合わない泣き顔だ。


「なんだよ邪魔すんじゃねえよカスが」

「カスはお前だろ? 泣いてる女の子を無理やりとか正気の沙汰じゃねえ……ってそうかごめん。それも考えられないくらい頭が悪そうだなお前」

「……は?」


 あれぇ?

 なんかいつにも増して口が回るというか……俺ってこんなだったっけ?

 そう困惑する俺を完全に敵と見なしたらしく、男は藍沢を離してズカズカとこちらに向かってきた。


「生意気な口利いてんじゃねえぞ?」

「やけに凄んでるけどさ~、たぶん俺ら同級生だろ? そんな風に髪染めてピアスも付けまくって明らかに不良じゃん。親御さんをあんま泣かしたりすんなよ?」

「……ウッザお前」


 どうやら少しばかり、俺の言葉は男に刺さったらしい。

 男は腕を振りかぶって殴りかかってきた……だが、その動きがやけに遅く見えたのは気のせいじゃない。

 見たくないと目を瞑った藍沢の悲鳴もゆっくり聴こえ……俺は単純に、その動きを避けるようにして男を突き飛ばした。


「おらっ!」

「ぐっ!?」


 いとも簡単に男は俺に突き飛ばされて尻もちを突いた。

 何が起こったのか分からないような男は、再び立ち上がって殴りかかってくるも結果はさっきと同じだった。


「な、何が起きてやがる……?」

「……………」


 まさかこれ……アプリの言っていた力なのか?

 そう思うと溢れ出てくる自信と、藍沢を守りたいという想い……だからこそこいつはここで怖がらせてでも撃退しなければと強く思った。

 寝取られは許されない……愛し合うカップルを引き裂くなどあってはならない!


「ふっ!」


 軽く木を殴っただけなのに、ボコッと凹んだ。

 内心で木に謝りつつ、唖然とする男に近付き俺はこう伝えた。


「これ以上彼女にちょっかいを出すな――もし今後見たら、これみたいになるぞ?」

「わ、分かった……うあああああああああっ!!」


 完全にビビッた男は、尻尾を巻いて逃げ出すのだった。


(……マジかよ。やっちゃったよ俺……)


 少なくとも、言葉だけで相手をビビらせるような凄みは俺にはない。

 けれどあの男を見る限り……俺が相手を怖がらせようと思えば、あんな風にビビらせることが出来るのもアプリの影響か……?


「っと、そうだった。藍沢、大丈夫か!」

「神木君……っ」


 藍沢は安心したのか大粒の涙を流し、ギュッと抱き着いてきた。


(おほっ! やわらけぇ!!)


 柔らかい……何がとは言わないが柔らかい!

 だが抱き着いてきたのは今にも襲われそうだった女の子である……ここは俺に出来る最大限の慰めをするべきだ。


「その……偶然見つけたんだけど、何かがある前で良かったよ」

「怖かった……怖くて私、何も出来なくて……」

「いやいや、あんな風に迫ってくる奴なんてそうそう居ないだろうしさ……それに藍沢は女の子じゃん。力で抑えられたら逃げるのは難しいだろ」

「……正直、ダメかと思っちゃった……でも……」

「ははっ、本当に助けられてよかったよ。反射的に体が動いたけど、俺も自分自身にやるじゃんって褒めたい気分だわ」


 とにかく明るく接することを心掛けた。

 しばらくすると藍沢はいつもの調子を取り戻し、これから彼氏と待ち合わせがあることも思い出したようだ。


「神木君、本当にありがとう」

「良いってことよ。美少女を助けられるなら火の中水の中ってな!」

「っ……そんな、私はそんな風に言われるほどの女じゃ――」

「いやいやめっちゃ美人だから! その照れる顔とかクソ可愛いから!」

「……っ」

「てなわけで、俺はこれで帰るわ。また学校でな!」

「う、うん! ありがとう神木君!」


 そうして俺は、藍沢と別れた。


「このアプリ……本当にマジモンかもしれん」


 本当に寝取られ現場があって、本来の俺じゃないと思わせられるような力も発揮できた……あのスローに見える現象もそうだしな。

 これは本当に、寝取られ現場を破壊する可能性を秘めたアプリかもしれない。

 たとえ発生する対象は恋人が居る人だと思うので、俺自身に何かしらの脈はなかったとしても……あんな風に笑ってくれるなら何でも良い気がする。


「しばらく消さずに使ってみるか……っ!!」


 こうして、俺の不思議な新生活が幕を開けた。

 これは突然スマホに宿ったアプリである【ネトラセンサー】と共に、カップルに絶望を与えるクソ野郎ども……時に女も血祭りに上げる日々。

 それが俺――神木かみき正人まさとの波乱万丈な日々の幕開けだった。

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