後章

五日目:

5-1:不退

・・・






「あのさ、もし未来が思い通りになるとしたら、どうする?」

「なんだそれ。どんなことでもできるってことか?」

「あー……何でもは出来ないかな。不可能なことは不可能ってことで考えてみて。確率操作に近い感じ」

「なるほどな。なんの設定かは知らんが、そうだな……」

「……」


「うーん……どうもしないんじゃないか?」

「……何もしないの?」

「まぁ、別に今のままでも不満はないしな。そういうの、一回でも使ったら歯止めが効かなくなりそうだし」

「……」


「あと、これからどうなるかわからんからこそ面白いってのもあるだろ?」

「それはそうだけどさ……」

「いやなんでネタバレ嫌いなお前が不満げなんだよ」

「……」


「あ、でもお前らがピンチの時はすぐ使うかもな」

「……ふーん」

「なんかいざって時しか使わない方がカッコいいだろ? その時は俺のことヒーローって呼んでもいいぞ?」

「ばーか、中二病、カッコつけ少年」

「というか私利私欲で使ったら完全に悪役になるだろこの設定。……悪役ってよりむしろラスボス系か?」

「ふふん、実は私がそのラスボスなのだ」

「はいはい。ていうか、あいつまだこねぇな……」






・・・






 今日も、突然殴りつけられるような頭痛で目が覚める。

 この頭痛とも長い付き合いだし、もはや友達と呼んでもいいかもしれないな。


「ん、あ〜……っ」


 身体もバキバキだ。まだ若いけど年齢が重ねられていく実感がある。

 まぁこんなこと今そこの、クッション付きの天井で寝てる人に言ったら怒られそうだけど。


 不定期にズキズキする頭の中で、寝てる間に『伝達』されていた情報を確認していく。


 まず、少女の捜索に関する通信がおよそ半分。最初は数も少なかったけど少しずつ増えてきた。

 あとは魔物に関する通信がおよそ2割。これは、出てこなくて平和だっていう個人の感想がほとんど。

 残りは私的な通信。むしろこれは使ってもらうのが目的の一つでもあるから黙認する。


 この中から少女に関する内容をざっと確認したけど、ほとんど信頼度の低い情報しかない。

 あの子が似てた気がするとか、あの高校の制服がそうなんじゃないかとか。

 そういえばとか、今思えばとか、こうなんじゃないかとか。

 残念ながらそれは、情報じゃなくてただの感想だ。そういう区別ついてないんだろうけど。


 うん……特段重要な情報はなさそう。

 見る度だんだん憔悴してくスミレさんに何の成果も渡せないのが辛いな。


 魔法通信の自動受信のフィルターを少し緩めてみようか。

 今ぐらいの体調ならそれなりに許容できるだろうし……。


「おい」


 っ……!

 びっくりした、起きてたんだ……。


「お前な。その、人目が無いと思い込んでる時だけしんどい顔すんのやめろ」

「……えっと」

「頑張りすぎるなよ。朝っぱらから根を詰めるな」


 天井からの視線。憮然としてるように見える表情に見え隠れする私への心配。

 ……自分の疲れている顔も隠せてないくせに。



 私はこの人の、こういうところが、好きだけど嫌いだ。



「……私が頑張らなかったら誰が頑張るんですか」

「まぁたぶん菫だな」

「何もできない人が言うことってほんと気楽ですね」

「機嫌が悪いな。やっぱ疲れてるだろ」

「……」


 ……確かに、ここ最近は特に通信量が多いので眠りもとても浅い。

 日中も通信とその情報をまとめることに体力を費やしている。

 そんなのもはや日常の範囲だけど、まともに休めていないとは思う。

 この人もこの人で、その情報を元に会議をしたり現場に向かったりしてるからそんな暇ではないはずなのだけど。

 今みたいに、私が疲れているとどこからともなくやってきてそばにいたりする。

 決して、孤独にはしてくれない。


 まるで、家族みたいに。いつも寄り添ってくる。



 それが、有り難くも、少しだけ煩わしい。でも、嫌ではない。




「……新しい情報は無いです」

「だろうな、その様子だと」


 特に落胆した様子は見せないけど、多少は成果を気にしているというのも分かってしまう。

 やっぱり進展がないというのはしんどいものがあるけど……。


 協会に所属している人でも、やる気のある人、ない人、真面目な人、そうじゃない人、魔法少女と一口に言ってもそれぞれだ。

 大抵の人たちは概ね私たち協会の指示を尊重してくれている。

 だけど、ごく一部の魔法少女は非協力的だ。

 なぜかこういう人たちは協会の指図は受けないとばかりにグループを作って群れてる。

 そのくせに、それでいて、協会の恩恵だけは受けようとしている。ホント笑えてくる。


 例えば、今だって魔法通信でおしゃべりしてる、この人たち。


 鹿

 脳みそ入ってるのかな?


 まぁ、いいけど。これくらいならただの馬鹿だからまだいい。

 いつだったっけか、もう8年くらい前になるかな。



 お姉ちゃんの敵が。

 私たちの味方面して。

 頭の中で私のことを。


 、と呼んでたこともあったっけ。



 ああ、今思い出しても心が凍りそうだ。あの日を境に、私は決定的に汚れてしまった。

 あの時はまだ私も幼すぎて、カナメさんにもスミレさんにも迷惑を掛けてしまったな。

 本当に、反省している。今の私なら、私一人で全て終わらせることができたのに。


 あの、人間の形をしているだけの魔物みたいだった少女は、もういない。どこにもいない。

 そして、ここまでの悪魔的な悪意に満ちた存在は、流石にあれ以来見ていない。

 そこまでいかずとも危険な存在は度々いたりするけど。


 とりあえず今しゃべってるアホの子たちはただの馬鹿で無能なだけ。

 別に直接的な何かをしてくるわけじゃないから害はない。

 むしろ、どっちかというと他の、積極的な無能の方が厄介だ。


「いつも思うんですけど、情報とのたまって推理(笑)みたいなのを大量に送ってくる人って何考えてるんでしょうね」

「ん、ああ。多分あたしらへの、というより菫への有能アピールだろ」

「一ミリもアピールになってないしクソの役にも立ってないですけどね」

「それは、あれか? 前に本部メンバー入り狙ってたってやつか?」

「はい。ほんと笑えない冗談ですよね」

「ほんとにな」


 私たちの仲間は、私たちだけなのだから。


 それにしてもだけど、意外にもスミレさんはモテる。いや、意外でもないか。

 ほとんどの魔法少女は、魔物に襲われてから協会に保護されるという形を経ている。

 それ故に心に傷を負っていることも多く、そんな時に顔も悪くない年上男性が優しくしてくれるのだから。

 まぁそりゃ勘違いする子も出てくるよねって話。


 そんな感情も、協会の保護を卒業するまでに覚める場合も多いけど、そのまま引きずってるケースも割と少なくなくて。

 それが本当に純粋な気持ちであれば、、見守ってあげようと思ってるんだけど。




 ごくたまにとんでもないのが爆誕しちゃってたりして。

 最終的に私がをしないといけなくなることもあるんだよね。


 といってもこれはまぁ、だから大した話ではない。




 いやそれでも色々疲れるから、軽率にヤンデレを量産するのはホントやめていただきたいな……。

 この協会本部メンバーで戦えるのは私しかいないのだから、魔物以外の危険を勝手に作ってこないでほしい。

 そんな今までのアレやコレを考えると、カナメさんなんて可愛いもんだ。というか実際可愛い。

 私は別にスミレさんに恋愛感情は持っていない。多分、亡くした父親を重ねてるのだろうと自覚してる。

 でもこの人の反応が面白くて年上なのも忘れ、ついつい揶揄ってしまうんだよね。


「……なんか変なこと考えてないか?」

「なんのことでしょう?」

「まあいいや、調子戻ってきたみたいだしな」

「あ……さっきはすみませんでした」

「いやいいよ、事実だしな」

「事実でも、言って良いことと悪いことがありますから」


「……」

「?」


 ん、あれ、いまなんか間違えたかな……。

 私はカナメさんのこの、チベットスナギツネみたいな表情も好きだけど。








 そのあと、スミレさんも起きてきたので全員揃ってリビングで朝食を食べる。

 朝食の時はスミレさんがパンを持った手を上に伸ばして、カナメさんに手渡してるのだけど。


 この構図、何かに似てるなーって思いながら最近見てたけど、今わかった。


 そうだ、パン食い競争だ。

 上下逆さまだからむしろおさるさんへの餌やりの方が似てるかもだけど、イメージ的に可愛くないのでそれはNG。

 手を使わずにアーンする形なら、構図的にはかなり近いんじゃないか。



「また変なこと考えてるだろ」

「あ、よくわかりましたね。二代目『察知』さん名乗ってみます?」

「無茶いうな」


「ところでカナメさん、このパンを手を使わずに食べてみてくれませんか?」

「……なんかよくわからんが断る」

「えぇーお願いしますよぉー」



 なんだかんだ嫌がっているけど、こうして掲げたパンをしつこくフリフリしておけば……。


 ……ほら、いたたまれなくなったのか、おずおずとやってきて、かぶりついてくれる。



 ほんと、ほんと可愛らしいなぁ。猫みたい。


 姿も声も性格もまるで違うけど。

 こういうところはやっぱり、








「彩芽」



 寝不足寝起きでさっきからボーっとしてたスミレさんが、いつの間にかこっちをみていた。


 ……あれ? もしかして私怒られる?





「僕もやっていいかい?」

「おい」

「……ふふ」


 思いがけないリアクションに思わず笑ってしまった。

 まさかまさか。珍しいこともあるもんだ。

 クソ真面目なのが取り柄のスミレさんが私たちのじゃれあいに混ざるなんて。

 ちょっとにやけながらも新しいパンを渡してあげる。


「おい、聞けって」

「要、……ほら」



 困ったように私を見て、

 スミレさんを見て、

 視線を泳がせて、目をぐるぐるさせたカナメさんは。




 ……パクリ、と。








 ああああああああああああああっ!! やばいですよめっちゃいい!!

 推しが推しに照れながらアーンされてるとか脳内スクショ百連発ものですよ!!

 例えそれがパン食い競争じみたちょっと間抜けな感じでも、むしろめっちゃいい!!



「おい」



 ああ、どうしよう、このスクショを魔法通信で拡散したい……!

 このカナメさんの可愛らしさを是が非でもみんなに布教したい……!

 きっと『察知』さんとか気持ちいいリアクションしてくれるに違いない!



「おい……」

「ついにカナメさんアイドル化計画を開始する時が来たようだ……」

「やめろ!?」









「あ、ちょっと待ってください。今から真面目な話をします」



 あれ、なんだっけ。噂をすれば陰で刺すだっけ?

 そりゃ私のことか。ふふ。


 良い気持ちになってたところに水を差された形だけど。

 水は水でも呼び水。とても良い水だ。




 『察知』の魔法少女が、を先程見つけた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る