3-5:飛躍



 ……?

 ついさっきまで話し合っていたことだ。



 1年前の魔物災害の被災者としてずっと入院していた魔法少女がいた。

 菫は月に1度ほどその魔法少女を見舞っており、3日前にも面会に向かっている。

 今までの面会中その少女は一度たりとも何の反応も返さなかったそうなのだが……。

 面会が終わってからしばらくして突然、何の予兆もなく姿をくらましたらしい。

 それに気づいたのが一昨日。何故その時間まで誰にも気づかれなかったのかは不明だが、とにかく慌てて色々と手を回したそうだ。

 だがどこにも見つからず、どうしたらいいか途方に暮れている、という話をさっきまでしていたところだった。

 話の結論としては彩芽に魔法通信で告知してもらい、手の空いている魔法少女にも捜索してもらう、という方向でまとまりそうだったのだが。

 魔法少女の協会としても保護対象の魔法少女が行方不明になったというのは初めてのケースだし、その事実を広めるのはかなり大きなダメージになってしまうだろうが、仕方あるまい。


 それでなんで今その少女の話を……、






 うん?


 3日前……?




「いやいや、突飛すぎるだろう」


 いや、一瞬だけ考えてしまったが。




 3日前にいなくなったその魔法少女が、




 そんなことこそ、あり得るわけがない。


 魔物の出現情報が無い。

 ということは、魔物の声が聞こえない離れた距離に出現している。

 または、そもそも魔物が声をあげていないか、のどちらかだ。

 だが魔物は出現後に一度も叫ばないことは無いので、実質的に可能性は前者しかない。


 もし万が一後者だとしたら。

 特異点の前に待機し、魔物が出現したらということに他ならないだろう。


 現役の時のあたしなら『比重』全開で魔物を秒殺すること自体は可能だが、それでも無音は流石に無理だ。

 いくらこの魔法少女が大規模魔物災害から3000人もの人々を守った英雄であったとしても……絶対に不可能。


 そして国内8つの特異点を常にフォローしておく必要だってある。

 つまり、どこに出るかを常に把握して前もって先回りしその場に待機、出現したら無音で瞬殺。次に移動。無理だ。不可能だ。


 これならまだ、無音の瞬殺という不可能ができる魔法少女を8人用意してそれぞれ待機させる方が現実的といえるだろう。

 いやそもそも特異点が見えないのだから普通に非現実的なんだが。


 可能性はゼロじゃない?

 こんなん最早ゼロだろ。



「……僕たちはあの子のことを何も知らない」



 え、えぇ……その方向で考えてくのか……?

 確かにあの災害での戦闘は現着時点で既に終わっていて、それから一言も発していないその魔法少女について、どんな固有魔法を持っているかもあたしたちは分かっていない。

 本人に怪我は全くなかったという話から、戦闘に特化した強力な干渉系魔法なのは間違いないとは思うんだが。

 だけど、どんな魔法だとしても無理なもんは無理だろ。いったいどんな魔法なら可能だと?

 そんなの例え……今は亡き勝利の女神でも、不可能だ。




「あの……」

「菫さん、萌ちゃんが困ってる。それって何の話なの?」


 ん、ああ。そういえば話してなかったな。


「一年前の魔物災害、覚えているな」

「ッ……!」


 一瞬だけ表情を変えた灯を、一瞬チラリと萌香が見た。知っているのか?

 1年前のあの魔物災害の後、灯はしばらく空回りし続けていた。魔力変換の使いすぎでぶっ倒れたこともある。

 精神的にも追い詰められていたのかうわごとを言いながらフラフラしてる時もあったし、この出来事は灯の中で強烈なトラウマになってるのだろう。

 それでも戦い続け、いや、以前よりも積極的に戦うようになった灯を何度も諌め、その度に言い争ったものだが。


 久しぶりに会ったが、ずいぶん落ち着きを取り戻したように見える。

 それはきっと、隣にいる新人の魔法少女のおかげなのだろう。


 その災害に関わる話。萌香は一瞬だけ躊躇ったようだったが……。


「……何があったんですか」

「その時の魔法少女が行方不明だ」


 それだけで菫の考えを何となく察したようだ。

 以前に通信で話していた時から思っていたがやはり話が早い。

 流石『察知』の魔法少女……といいたいがこれはこれで生きづらそうに思えるな。

 今度それとなく悩みでもないか聞いてみるか?


 ……逆になんか悩みを聞かれてしまいそうで怖いな。


 少し考え込む様子の萌香を、灯が不安そうな雰囲気で見つめている。


「その魔法少女について、色々教えてください」

「……少し、長くなるよ」










 既にあたしは聞いた話だったが、萌香が度々質問を挟んでより細かいところも語られた。

 特に面会時の様子などは何度か聞き返している。菫は大体月一で1、2時間面会していたらしい。

 最初は当たり障りない声掛けをしていたらしいがあまりにも反応が無いので最近はほぼ独り言を聞かせるような形になっていたそうだ。

 ……いや、というか反応の無い少女に2時間も喋り掛けてるって、思ってたよりこの少女に対して菫の感情重たくないか?

 というか病室個室だろ。その絵面若干犯罪染みてるぞ。……大丈夫か?


 そんなことを思いながら話を聞いていたら、いつの間にかすっかり夜も更けてしまっていた。


「何か気になったことはあるかい」

「うーん……あんまり関係ないことで気になる点はいっぱいあるんですけど……」


 まぁ、あたしもこの少女に対しては色々謎に思っているところはある。

 例えば、何故この少女はこれほど大規模な戦いをコアブレイクせずに戦い続けられたのか。とかな。

 だけど面会時の様子でそんなに気になること、あったか?


「とりあえず、その子がいなくなったのは菫さんが原因だと思います」

「うっ……」


 どうやら確信しているようだ。菫は崩れ落ちそうになっているが何とか耐えている。


「みなさん、その子を探してるんですよね?」

「というかこれから改めて探すところだったんだがな」

「急いだ方がいいかもしれないです」


 うん?




「どういうことだ?」

「なんか嫌な予感が……」


 考えがまとまっていないのか、歯切れが悪い。


「でも悪いことにはならなそうな……でもでも良いことにも繋がらなさそうな……!」

「萌ちゃん、落ち着いて」


 何かは分からないが何かがある、ということを確信して戸惑っている萌香の手を灯が握った。

 ……まったく場違いな感想だが、お前たちなんか距離感すごい近いな。




「わかった、さっそく取り掛かろう」


 菫からアイコンタクトが飛んできたのであたしも通信を開始する。





(おい、彩芽。どうせ聞いてただろ)

(…………はい聞いてましたよ)

(その前の話し合いも、聞いてたな?)

(聞いてました)


 正直でよろしい。

 実は彩芽はその気になれば、一度会った相手が思っていることを全て傍受できる。

 魔法通信の使い方で、送ると念じれば伝達される、と言われているが……のだ。

 全部受信してたらキリが無いので送信!と念じられていない情報はフィルターみたいなものでシャットアウトしているそうだが。

 それに傍受自体、負荷が強いのでその気になった時にしかしていないみたいだが。

 ちなみに『伝達』の仕組みとしては、相手に渡した彩芽の魔力を媒介して相手の魔力が使用される形らしいので単体の魔力消費的にはそこまででもないそうだ。


 この、魔法通信の真実を知っているのはあたしと菫だけ。

 まぁ頭を勝手に覗かれるかもと思ったら使ってもらえないもんな。

 協会にはさまざまな魔法少女が所属しているが、決して一枚岩ではない。

 むしろトップが戦力的に貧弱なので、統率が取れているとはお世辞にも言えない。

 だから魔法少女同士でのトラブルも結構多かったりするのだが、その中には到底洒落では済まないものもあって。



 彩芽の姉もそれに巻き込まれていた、のだが。



 ……まあいい。それは全部終わった話だ。


(全体に告知してくれ)

(いいんですか……?)


 こいつの本当の意味での味方は、恐らくあたしと菫しかいない。

 だから協会に傷を付けることになる判断を躊躇っているのだろう。


(聞いてたんだろ?)

(……わかりました)


 さて、これで謎の少女が見つかるといいんだが……。










(あ、そうだ。駅前のホテル予約しておいたので使ってください)

(え?)

(かなり遅くなっちゃったのであの二人、このままだとこの家に泊まることになりますよ?)

(……え、あ、そういうことな!)

(部屋はいっぱい余ってるので別に私も菫さんも困りませんけどねぇ。ん、あれれ、そういうことってどういうことなんですかー?)

(うっざ……)




・・・

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