3-4:推察

「お……お邪魔しまーす」

「お邪魔するよー」


 件の魔法少女が到着したみたいだ。というか来るの二人だと言ってたっけか?

 言ってなかった気がするけど、言ってたような気もする。……まあいいか。出迎えてやろう。


「よ、久しぶりだな」


 玄関口にいた二人をリビングまで迎え入れる。

 そういえば『察知』の萌香とは、通信で話したことはあるけど初対面か。

 『熱気』の灯とは前に直接会ったことがある。


「うわぁ、本当に天井に立ってる……」

「……お久しぶりです」


 以前に色々あったからか、相変わらず灯からは少し壁を感じるな……。

 それでも昔に比べればかなりマシになっているように見える。


「えとえと! ちょっとお聞きをしたいのでありますが!!」

「なんだ」

「身体の重さが空気より軽いから天井に立っているってことだと思うんですけど」


 なんか謎な口調で萌香の方から質問が来た。


「なんで髪の毛は逆立ったりしてないんですか?」

「まあ髪もあたしの身体の一部だからな。でも抜けると床に落ちるぞ」

「服は重さがあるんですよね、だから男の子みたいなピッタリ系の半ズボンとワイシャツを着ている」

「そうだが?」

「もしワンピースとか着たら……?」

「アホみたいなことになるぞ」

「どんな感じになるかもう少し具体的に!」

「アホみたいな質問はやめろ」


 ふと灯の様子を見ると、微笑ましそうに隣を見ていた。少しだけ落ち着いた様子だ。

 なるほど、このアホみたいなやり取りはわざとか。


「リボンとか髪留めとかつけるとどうなるんです?」

「それは重力に負けるから髪が逆立つな」

「それは残念ですね……シャワーとかで髪が濡れるとどうでしょう?」

「それも濡れている間は髪についた水分で逆立つ。ドライヤーも使えば速攻で髪が乾くぞ」

「中途半端に乾いてる時すごいおもしろ髪型になってそうですね」


 ……いや、もしかしてこれ単にあたしのことバカにしてないか?

 あれ、気のせいか?


「あと、お手洗いってどうやって……」

「怒るぞ?」


 ちなみにこの家にはあたし専用の天井が低いトイレがある。

 最初の頃は天井に寝転がって尿瓶を使ってたのでかなり間抜けな状態だった……いや誰得なんだこの話。


「おまたせ」


 部屋着からスーツに着替えた菫がようやくやってきた。

 こいつは人と会う時は基本、スーツに着替える。無駄なまでに真面目なのだ。

 家の中でも自室以外ではスーツを着てるから、部屋着姿を知っているのはあたしと彩芽だけってことになるな。


 ちなみにこの場に彩芽はいない。あたしが殺した。いや殺してないが。残念ながら。

 まぁ、単に菫の部屋に隠れてるだけだろ。

 多分初対面の萌香がいるから人見知りしてるんじゃないか。散々通信では話してるだろうに。


「さて、いきなりだけど話を聞こうか」

「あ、はい」


 リビングのテーブルについた菫が早々に切り出す。

 あたしは一応、アドバイザー的な立場で通ってるからそのまま同席する。

 ま、席には着けないんだけどな。天井に直立不動なんだが。


「えっとですね、どうも魔物が現れてないみたいなんですけど」


 うん?

 何を話すかと思いきや、それの何が……。






 ……うん?


 あ、いや、ちょっと待て。それは流石におかしい。

 ここ数日色々あって気づかなかったが、確かに魔物の報告はなかった気がする。

 というか何で彩芽はこれを報告……いや何もなかったからしてないだけか。


 出現特異点間の距離によっては一日程度何も起こらないことは、まぁたまにある。

 そもそも全ての特異点が日本にあるわけではないらしいので、そのときは一時的に国内以外で出現しているという可能性が高い。


 そういう時、あたしたちにできることは何もない。

 まずそこがどこかもわからないし、魔物は長くても4、5時間暴れたら消えてしまうからだ。

 だからもうそういう時は割り切って、休暇としてしまう。

 ……菫はいちいち原因不明な災害を調べていたりするから強引に休ませるのだが。


 それでも、丸二日間以上まったく魔物が現れないということはまずありえないといえる。


 特異点という存在が完全に明らかになってまだ半年程度しか経ってないが、魔物の出現場所は分かる限りずっと記録されている。

 過去の記録を元に菫が計算したところ、ここ数十年は特異点の大半がこの国に居座っているのが分かっている。

 そして特異点間の距離によるインターバルもおおよそ計算方法が定まった。

 あたしたちには特異点そのものは見れないからあくまでおおよそ、だが。


 魔物出現のインターバルは特異点間の距離およそ500キロメートルに対して約3時間。


 過去10年以上の記録にある限り、特異点からの魔物の出現が24時間以上あいたことはない。

 つまり捕捉外の特異点が国外にあるといっても、それはインターバルが8、9時間になる程度の距離内にしかない。

 これを元に計算すると、国外の特異点はこの国のどの特異点からでも最長で1500キロ程度までしか離れていないということになる。

 果たして48時間以上この国に現れない出現パターンはあるのか。

 一応、考えられるパターンはいくつか存在する。


 まず、国外の特異点から出現し、同一特異点で連続出現。

 とはいえ、これはまずないだろう。そもそも同一特異点での連続出現自体そんなにない。

 今のところは、次の出現箇所はおそらく特異点それぞれで均等確率だという仮説が立てられている。

 そうだとすると、行き戻りのインターバル18時間を除いた30時間を5で割って6回。

 把握している特異点の数が8個で、仮に協会が把握していない特異点が1個だけだったとしても9分の1を6連続。

 ……ちょっとちゃんと暗算はできないな。81の3乗として、54万分の1ぐらいか?

 一日当たりの出現数が大体5回前後くらいだから……10万日以上?に1日の確率になるか。

 絶対に、とはいえないがこの確率はまずないだろう。


 次の可能性としては、2個以上国外にあって、そこ同士か同一特異点での連続出現。

 これは把握していない特異点の数が増えれば増えるほど確率は上がる。

 ただし把握外の数が増えるほどこの国の特異点に出現しない確率も同時に上がるし、記録から考えると把握外の特異点はどんなに多くてもせいぜい2、3個程度に留まる可能性が高い。

 というかこれ以上数が増えられても困るから、あるとしてもできれば1個に留まっててほしいのが本音だが。


 あとは特異点そのものが数を増やした可能性。

 可能性がゼロとはいえない。けどこれは考えない方がいいだろう。

 だとしたら、対処のしようもない。


 そして、あたしたちの認識と仮説が全て間違っている、という可能性も考えるべきではない。

 そうなるとあたしたちの行動基準が全てがひっくり返ってしまう。


 もちろん、特異点の不具合?とかで魔物が急に現れることができなくなった、という可能性もあるし、それなら歓迎なんだけどな。

 ないだろうけど。……ないかな。かつて急に魔物が現れるようになったように今度は急にいなくなる、なんてこともあってもいいのかもしれない。


 まあ……この中だと2番目の説が有力か。


 色々考えてみたけど、案外こんなとこだろうか。

 滅多に無いおかしな話であるけどなんだか別にそこまで大きな問題はなさそうだ。


 萌香もそこまでに至る考えを色々話してるが、自分でもこれのどこに問題があるのか分かりかねている様子だ。

 さて、菫はどう考えただろう。




「……。一人、行方不明の魔法少女がいる」



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