3-3:薄命
・・・
幸運か、それとも不運か。ただ生き残り、取り残されて。
だけど、夢も、希望も、未来も、もう何にも無くなって。
だけど、そのまま死んでしまえるほどの気力もなくって。
なんで、『私』は生きている。
なんで、『私』は生かされている。
なんで、『私』だけが、生きている。
誰か、教えてほしい。
なんで、『私』は生まれてきたのだろう。
・・・
ここは魔法少女協会本部……とは名ばかりの一人の男の自宅。
まあ割りかし大きな一軒家なのでそれなりの人数が集まっても大丈夫なのだけど。
あたしがその家の天井に住み着いてから、早くも10年が経った。
天井裏、じゃないぞ。文字通り天井に張り付くように暮らしている。
ヘリウム風船みたいに、な。……自分でいっててもなんなんだろかこれ。
かつて持っていた、『比重』の魔法。
周囲の重さを自在に変化させる強力無比なあたしの魔法。
10年前に大規模な魔物の出現があった時も、この魔法は大活躍してくれてた。
今でこそ分かるけど、あの時は特異点が近くにいくつも集まっていたのか、とにかく連戦に次ぐ連戦で。
何日もみんなで戦い続けて、コアブレイク……魔力変換の使いすぎで自身の魔力核を壊してしまう魔法少女が何人もいた。
あたしもその一人だ。魔力核が壊れる、ということは固有魔法を使う資格を失うだけに留まらない。自身が持っているその魔法の属性を全て失う、ということになる。
だからといって魔力自体が無くなるわけじゃない。魔力弾や身体強化などはまだ使うことはできる。
ただしその出力は大幅に下がるし、魔力変換を使わなければならない状況ということは魔力も搾りかすみたいな量しか残されていないわけで。
しかも魔力の自然回復もかなり悪くなるので、戦闘を続行するのはほとんど不可能に近い。
そもそも魔法の属性によってはその喪失の反動でそのまま死んでしまうことも少なくはない。その点で言えばあたしはまだマシだったんだけど。
『比重』の魔力変換の代償は重さが減ること。身体が軽くなることは戦いではむしろメリットの方が多かったから、だからこそ引き際を見誤ってしまった。
一線を超えてしまったのが屋内で戦っていた時で、ちょうど戦闘が終わったタイミングだったからまだよかった。
その時はそのまま天井に叩きつけられただけで済んだんだけど、これがもし外なら、あたしは空へ落ちて死んでいただろう。
戦いが終わったあと、あたしはなんとか地面近くまでよじ降りて、協会長の車に乗せてもらい、協会で保護してもらうこととなった。
その時は他にも何人か壊れた魔法少女が協会にいたけど、みんなそれなりに障害を受け入れて卒業し、あたしはあたしでなんだかんだ居着いてしまったってのが事の顛末だったりする。
まぁ魔法少女歴がそれなりに長いから協会の話に首を突っ込んだりしてるうちにアドバイザーみたいな立場として居座ったってのも多少はあるんだけど。
協会本部には現在三人の魔法関係者が詰めている。というか住んでいる。
メンバーはあたしと協会長である菫、そしてもう一人。
ある意味最も重要な役目をしている魔法少女。
『伝達』の魔法少女。
魔法少女たちの戦いを劇的に変えた偉大な魔法少女。
なんて本人に言ったら調子に乗るから絶対に言わないけど、彼女が居なければ今の協会は成立してないと言っても過言じゃない。
ぶっちゃけると10年前の魔法少女たちは携帯電話をトランシーバー代わりに繋げながら戦っていたから色々と問題も多かった。
まだ自分の携帯電話を持っていない少女も多くて、協会で貸し出しとかもしてたのだけど、これは全部協会長のポケットマネーで賄われてた。
というかそもそも協会の活動費自体全て協会長の懐から出てるのだけど、こんなんお金がいくらあっても足りないだろう。
第一、携帯でのやり取りも効率が悪く、魔法少女間で勝手なやり取りをして連携が乱れたり、とにかく上手くいかないことが多かった。
これを、自身の魔法一つですべて解決してしまった革命的な天才魔法少女。それが
彼女は、10年前に孤立無援で戦い続けて壊れ死んだ魔法少女の、妹だった。
彼女が居れば誰一人欠けることなく戦いに必ず勝つことができる。
文字通りの、勝利の女神。
そんな彼女の末路。それは。
不運にも、携帯の通信障害により市街地の一角に分断され、
不運にも、彼女を中心として取り囲むように魔物が出現し、
不運にも、たまたま近くへ妹が母親と買い物にやって来て、
不運にも、そのとき妹に魔力が定着してしまったことで、
不運にも、その場で家族を守るためにボロボロになりながら戦う姉の姿を目撃され、
不運にも、何とかギリギリの勝利を得て妹と母親に微笑みかけたところを、
不運にも、老朽化したビルの巨大な看板が直撃する。
といったものだった。
彼女の死体は原形を留めていなかったそうだ。
姉の無惨な死に様を直接見た妹も、突然現れた誰かも分からぬぐちゃぐちゃの死体を見た母親も、半狂乱となったらしい。
違う現場で戦っていた私たちは後からそのことを知る。そして、彼女を失ったあたしたちは徐々に仲間の犠牲を増やしていくのだが……。
戦いが終わり1年後。
保護された病院から退院した、彼女の妹が協会の扉を叩く。
その目は。
姉を殺したものたちへの憎悪で濁りきっていて。
「うへへぇ……スミレさんの背中あったかいなりぃ……」
あれから9年の歳月を経たこいつは、なんかキモくなっていた。
というか何乗っかってんだ早く離れろ。殺すぞ。
「殺すぞ」
おっと、口からも漏れてしまった。
「まったまたぁ、カナメさんのそれって実行された試しがないじゃないですかぁ」
なんだぁてめぇ。殺すぞ。
……しかし残念ながら、実際にこいつを殺すわけにはいかないのだ。
だからせめてぶん殴る……にしてもこの家は無駄に天井が高いので手が届かない。
扉の上に逆階段を設置する形でバリアフリー化?されてるから部屋の移動にはあまり不便しないんだけどな。
でもどうせリフォームするならそもそも天井を低くして欲しかったんだが。
できれば高さ2メートルも無いくらいで。そうすれば、あたしもこいつみたいに……。
「……オラァ!」
「ぅお、あっぶなっ! スミレさんに当たったらどうするんですか!?」
「当てねぇよ!!」
とりあえずこいつの挑発的ドヤ顔がウザかったので軽めの魔力弾を撃ち込んでおく。
もし仮に当たったとしても、今のあたしに相手を怪我させるレベルの魔力弾は相当頑張らないと出せないから問題ない。
ぶっちゃけ怪我させたいなら物投げた方が手っ取り早いからな。ほんと重力って偉大だ。
大体、菫はなんで急にのし掛かってきたこいつに何も言わないんだ。
「……」
あ、ダメだこの男。すごいキリッとした顔しながら真剣に背中の感触を味わってやがる……。
いかにも「僕は今、魔法少女たちの未来を考えてます」とでもいうような真面目な顔をして、後ろの陰キャ女の胸を堪能してるだろこれ……。
ていうかさっきまで真面目に魔法少女のこと話し合ってた最中だろうが。さっさと正気に戻れよ。
「おい」
「……」
「おい、そこのムッツリ」
「僕はムッツリじゃないよ」
どう見てもムッツリなんだが? 鏡見るか?
「早くそのバカをどかしてさっさと話に戻るぞ」
「あ、ちょっと。私を無視しないでくださいよー」
「というかそもそもお前は何をしに来たんだ」
あたしたちの二人の時間を邪魔しに来ただけなら殺すぞ。残念ながら殺せないが。
「えっとですね、今からすぐスミレさんに会いたいって人がいるんですけど」
「後にしろ。そういう時はアポを取れと言っておけ」
「……『察知』さんの確信について。ご相談をされたいと」
……なに?
「
「……なんだ」
「この話は改めてしよう」
「……」
最近魔法少女になったという、『察知』の魔法少女。
彼女の魔法による確信は、必ず重要な事実を見つけてくれている。
……これを無視することは難しいな。
さっきまでの話も大事なんだが、流石にこちらを優先せざるを得ないだろう。
「ところで、今からすぐってあとどれくらいの時間なんだい?」
「えーっと、3分も無いくらいですかね」
「いや近すぎだろ」
最近の若いやつにアポを取るという発想は無いのか。
いや、若いっていってもあたしもまだまだ若いんだが。
魔力のおかげなのか少なくとも見た目は未だに少女のままだし。いわゆる合法ロリってやつ?
いやぁ、歳だけは菫と釣り合ってんだけどなー。
というかこの小娘はいつまで菫に乗ってるんだ殺すぞ。早くどけよ。
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