第5話 先生の家②

 先生の家は小さなアパートの二階だった。予想通り誰もいなかったし、誰かが帰ってくる様子もなかった。独身と言われていたのは本当なのかもしれない。

「そこに座ってて」

 先生は座布団を敷き、私を小さなテーブルの前に座らせた。

 体のあちこちが痛むが、先生が救急箱を出してくる間、部屋を見渡した。いかにも女性の一人住まいの部屋らしく見えた。


 蛍光灯の下、先生は私の顔を見ながら「顔は擦り傷くらいで大したことはなそうね。お腹は苦しそうだけど」と言った。

「あいつら、痕が残らないように顔を殴るのは避けて、腹ばかり蹴るんです」と私は説明した。それでも転んだ際あちこち擦り剝いたりする。

 先生は、私の擦り剝いたおでこや頬を消毒し絆創膏を貼りながら、「これだと虐められたの、親御さんに分かるんじゃない?」と言った。

「親には転んだって言います」

 私はそう言った。先生に貼ってもらった絆創膏を外したくなかった。

 目の前で先生が動くと、お互いの息がかかりそうなくらい近くになった。慌てて他へ目をやると、今度は、豊かな胸元やスカートから伸びた綺麗な脚にも自然と目が行き、心臓の鼓動が高まった。

 柱時計の秒針の音と先生の吐息だけが永遠に続くように思えた。


 絆創膏を貼り終えると、先生は少し笑みを浮かべながら、

「腕を出して」と言って私の袖を捲り上げた。腕には打撲による内出血の痕があった。

 どうして腕がそうなっているのが分かったのか、先生に訊ねると、

「だって、さっきから右腕を庇うようにしていたじゃない」と理由を言った。

 その言葉を聞いた瞬間、

 同級生から暴力を振るわれる中、颯爽と現れた先生の姿を思い出し、涙が溢れてきた。

 親にも言えない状況の中、先生だけが私を理解してくれているように思えた。同時に、先生との距離が急に縮まった気がした。


「北原くん、どうかしたの?」

 先生は私の涙を見つめながら言った。

「消毒液がちょっと染みたから」

 私が言い訳のように言うと、「我慢してね。消毒液が染みるのは少しだけだからね」と言って笑った。

「お腹は大丈夫? 蹴られたんでしょう?」

「大丈夫です。受け身に慣れてますから」

 その通りだった。イジメも慣れてくると、相手のパターンが読めてくる。防御もある程度出来るようになった。

 一通りの手当てが終わると先生は、

「すぐにお茶を出すからちょっと待ってて」と言って台所に向かった。

 先生の家でお茶をよばれる・・高校生の私にとって、新鮮かつ衝撃的な出来事だった。

 

 普段から先生は他の生徒も家に上げたりしているのだろうか?

 そんなことを考えつつ、台所に立っている先生の後ろ姿を見たのがいけなかったのかもしれない。

 背中から腰、そして脚・・普段なら目にしない部位に目が走った。

 その女性らしい曲線に見入っていると、あり得ない程、ある種の感情が突き上げてくるのを感じた。

 その頃は、週刊誌とかで女性の裸を見ただけで感情が昂った。そんな年齢だ。

 年頃の男子の恋愛の対象は同級生の子たちのはずだったが、その頃は違った。

 誰よりも森園先生が好きだった。

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