第4話 先生の家①

◆先生の家


 そして次の日の夕暮れのバスの中、

「また会ったわね」先生が微笑んだ。

 それは私が意図した事だった。前と同じ時間のバスだ。車検はとっくに終わったが、敢えて私はバスを選んだ。また先生に会いたい。そんな気持ちが押し寄せてきたからだ。

 先生の横が空いていたのでそこに座ったが、あまり話す時間もない。

 そう思っていると、先生の方からこう切り出した。

「一度、ゆっくり話をしたいわね」

「そうですね」私は同意した。

てっきり近くの喫茶店にでも行くのかと思っていると、

「私の家に来る?」と先生は小さく言った。

「お邪魔じゃないんですか?」

「かまわないわ。帰っても誰もいないもの」

 その言葉を聞いた瞬間、何かのタガが外れた気がした。敢えて理由を訊くこともしなかった。

「先生は結婚していないんですか?」とか、もし結婚していたら、「相手とはどうなったんですか?」とか、そんな質問はもうどうでもよかった。

 先生の家に誰もいない。ただそれだけの言葉で私は帰宅時間を伸ばし、先生の家に行くことに決めた。

 この時、私の心は高校生の時に戻っていた。

 遠くで遮断機の音が鳴り響いていた。

 私は途中下車をし、先生の家に向かった。

「家はこの先なのよ」

 先生は街灯の少ない暗い道を指した。その真上には赤い空が広がっていた。


 ああ、あの時もこんな時間帯だった。

 あれは私が高校の時、学校近くの川辺で同級生たちにイジメを受けていた時のことだ。

 夕暮れ時だったので人目にもつかず、私は腹を殴られたり蹴られたりしていた。

 彼らはストレスの解消のように私に暴力を振るい、私はいつものようにされるがままになっていた。抵抗すれば更に酷くなる。経験上それは分かっていた。


 丁度その時、自転車のブレーキ音が聞こえた。

 同時に、「ちょっとあんたたち!」と大きな声が聞こえた。

 それが森園先生だった。

 生徒たちは先生に気づくと、「やべえ、眼鏡おばさんだ!」と口々に言って逃げ出した。まだ教師の戒めを恐れていた時代のことだ。


 先生は、自転車をその場に倒して川辺に下りてきた。そして、倒れ込んでいる私に駆け寄り、「北原くん、大丈夫?」と息を切らしながら声をかけた。

 先生は短めのタイトスカートの足を窮屈そうに折り、私の全身を見ながら、怪我の具合をチェックした。

「どこか痛むところはない?」

「全部、痛いですけど・・大丈夫です」私は先生を安心させるように笑った。

 私が笑うと先生はホッとしたような顔で、

「あの子たち、暗くて見えなかったけれど、うちの生徒でしょ。誰なの?」と訊かれたが言えなかった。言えば、先生は本人を呼び出すだろう。そんなことをすれば私が告げ口をしたことになる。

 打撲と擦り傷だけだが、先生は、「病院に行った方がいいんじゃない?」と勧めた。

 それも私は断った。病院に行けば家族に知られる。親が登場すれば更にイジメを受ける。

 その悪循環を先生はすぐに理解した。

「すぐに手当てしてあげるわ」

 何も言わない私に先生は、「先生の家、この近くなのよ」と言って、「家に救急箱があるから」と続けた。

 初めて行く先生の家・・ドキドキした。虐めの痛みがどこかに吹き飛んでしまった。

 家に誰かいるのだろうか? 誰かが先生は独身だと言っていた気がする。様々な思いが渦巻く中、高校生の私はふらつきながらも、先生に言われるまま、その後に付いて行った。

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