第二部 帝国への侵攻

第26話 第一木偶 スパイク・ヴェンダース

人生ってのはマジでくだらねえ。

 なんで俺はこんなゴミ溜めで生きてるのか、不思議でしょうがねえよ。


「ちょいとドルフ! またあんた酒に金使ったね! 今月はもう三ドルしか残ってないんだよ! どうすんだい!!」

「お前の化粧品代のことを考えてからほざけ、ハンナ。金がねえならターラとミアに売りをさせてくりゃいいだろうがっ! おいこらスパイク、てめえももうちっとマトモなモンをギってこいよな!」

「スパイク、早く仕事にお行き! まったくターラは変な男を掴むし、ミアは病気貰ってくるし、大赤字だよ」


 問答無用のクソどもだ。こんな奴らの血が流れてるって思うだけで、体をかきむしりたくなるぜ。

 裏路地に入り、腕に注射を刺す。


 極彩色。

 俺は早い、俺は飛べる。マッハなんて目じゃねえ。この世で何よりも早い男だ。


 緑色の大き目なジャケットを着て、フードを目深にかぶる。ポケットの中で錆びついた愛用のナイフをしっかりと握った。

 居る居る。自分だけは厄災に会わないって顔をしてる、呑気なカモ共が。

 そのカバンには何が入っている? これから家族と団欒か? お土産でも持って帰るつもりか?


 肉を貫く手ごたえは、極上の感触だ。

 例えて言えば、滾る一物で処女をブチ破ったような。

 大切に育ててきた子猫の首を折り、よちよち歩いてきたペンギンに毒餌を食わせる。背徳感と自己破壊のバランスがこの世の快楽のすべてだ。


「な……ガハッ!」

 驚いた顔してんじゃねえよ、ボケジジイ。俺はてめえに用はねえ。てめえの荷物にしか興味はねえんだ。


 ゆったりとしたロングコートを着たジジイは朱に伏し、膝から崩れ落ちる。

 刺した奴はどうでもいい。俺が金を得られるかどうかが一番大切なことだ。

 

 そんな正当な仕事をしていたら、朝サツに囲まれてた。おーおー、どいつもこいつもヘルメットで顔を隠しやがって。見てろよ、塀の外から出てきたら一人残らずぶっ殺してやるからな。


 おいおい、信じられねえよ。

 判決は死刑、ってか。

 俺はただ生きてただけだ。人の命は重い? 何寝言抜かしてんだ。

 道端歩くとき、いちいちアリンコ避けてんのか? 雑草踏まないように気を付けてるのか? 俺以外がどうなろうと、大した問題じゃねーだろうがよ。


「おい裁判官、てめえのツラは忘れねえぞ。必ず内臓引きずり出して殺してやるからな、震えて待ってろよ」

「早く連れていけ!」


 独房ってのはいいね。うるせえ野郎どももいねえし、クソみてえな看守も遠巻きにしか見てこねえ。

 接見した役に立たねえ弁護士の首をへし折ってやったら、もう誰も来なくなった。

 スッキリだぜ。


 ムショの不味い飯を食ってると、いつの間にか全ての扉が開いてるのに気づいた。

 なんだぁ、これは。俺へのバースデイプレゼントでもくれるのか?


 そっからは良く覚えてねえ。気がついたら食堂に人が集まってた。意識のあるやつは数名で、他はみんなぐーすか寝てやがる。

 紫の気味悪い光の中、俺は悟ったよ。ああ、生まれ変わるんだってな。


「また好きなだけ『生きれる』暮らしがしてえなあ……自由によ」

 頭ん中に知らねえ歴史とか地理とか、わけわかんねえ言葉が流れ込んできやがる。

 ったく、小学校中退にマジになってんじゃねえよ。


 気がついたらどっかのお城の中さ。まあ目ん玉飛び出るほどビビったな。

 けど気がついちまった。俺には人を超える能力があるってことに。そして一緒に来た奴らも同じように何かに目覚めてるってな。


 ヤクの禁断症状はとっくに消えていた。おもしれえことに、むかーしカス野郎に刺された古傷も無くなってやがる。

 リフレッシュってやつだな。けどな、そんな爽快な気分を台無しにしたボケがいやがった。


「貴方の行いは拉致監禁に該当します――」

「きちんと地球で罪を償ってください――」


 やかましいんだよ。

 こちとら手に余るモンスターマシンを与えられて、超ご機嫌なんだよ。

 お前の童貞臭ぇ意見なんぞ、求めてねえ。


 そしたら野郎、壁に穴をブチ開けてどっかに行きやがった。白けるったらねえよ。

 まあここの王様は話が分かるやつだ。馬鹿の一つ覚えみてえに頭さえ下げてれば、好きなだけ殺しをやっていいってわけよ。


 しかも相手は人間じゃねえ。魔族とかいう気味悪い生き物だ。サンプルで一匹見せてもらったが、なんだその耳。尖りやがって、ふざけてんのか?

 クソ生意気な目をしてたから、犯して抉り取ってやった。またがりゃどこの世界もメスは同じだわな。


 まあいいさ、俺はこれから英雄様になるってことだ。

 とにかく一匹でも多く魔族を殺せばいいらしい。なんとも俺向きの仕事で涙が出るぜ。これで金も貰えるんだから笑いがとまらねえ。


 ほいじゃあ、今日も人類のために清掃業務に励もうかね。


――

 クソが、聞いてねえ、聞いてねえぞ!

 あのガキが俺様よりも強いだなんて認めねぇ。俺は誰もが平伏す力を手に入れたんだ。俺が一番偉いんだ。俺は自由に何でも出来るんだ。


 俺の魔法は剣を壊して発動する。いわゆる代償ってやつだ。

 けどあのクソガキは何も壊さずに、やべえ能力を使ってきやがる。

 きたねえ、卑怯だ。俺にも同じモンをよこせ。

 

 この俺が尻尾を撒いて逃げるなんて、信じられねえ。

 殺す、絶対にこの手で殺す。

 アンジェリュールとかいうバイタに助けられたが、来るのがおせえんだよ!


 俺は英雄だ。

 この世界は俺を求めている。俺が正義、俺がルールだ。

 だから――。


 俺を否定するリオン、お前は存在していてはいけないんだよ。

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