第25話 宴を楽しんでおけ。俺はちょっと散歩してくるが
人間による攻城部隊の撃破したことで、ガイアス城砦の士気は天を衝くほどに上がったようだ。
今の状態であれば、もう2~3戦しても耐えられるかもしれないと勘違いしてなければいいが。
疲労の蓄積や物資の消費、城壁の補修など見えづらいところで大きなダメージを負っている。
死体の始末も早めににしないと、疫病の温床になってしまうだろう。
だがこの一夜は勝利の美酒を味わうのもいいかもしれない。
守備兵もダルシアンも本当によく戦ったと思う。一つの目標に向かって、一致団結する姿は美しいと感じる。これこそが魂の価値ではないだろうか。
「兵士たちよ、よく戦った! 我らウェスティリアの勝利に! ガイアスの勝利に! ダルシアン騎士団の勝利に! 乾杯ッ!」
「うおおおおおっ!」
「勝ったぞー--っ!」
酒庫を開き、生き残った者たちはヘンリエッタ・ザクセン守将の音頭で酒をふるまわれた。これまで擦り減るような緊張と、雨のような矢と魔法を潜り抜けてきたのだから、感慨もひとしおだろう。
「ダルシアン儀仗騎士団を代表して、ガイアスの皆様の勝利をお祝いします。そして私たちを受け入れてくれてありがとうございました」
フレリアが一段高い場所で語り掛けると、兵士たちは照れくさそうに、そして誇らしそうに胸を張った。
「酒宴の途中で無粋なことを申しましたね。是非今夜は疲れを癒してくださいね」
「皇帝陛下万歳! フレリア様万歳! ウェスティリア帝国に栄光あれ!」
怒号のような歓声と、木製のジョッキがぶつかる音。そして武勇を語り合う戦友たちの眼が語っている。自分たちは今、確かに生きていると。
「リオン、こちらへ来てください。ヘンリエッタ殿が盃を受けてほしいそうですよ」
「いや、残念な話だが、俺は酒が飲めないんだ。俺が居た国では20歳になるまで飲酒の許可が出ていない。頑張った褒美として、そこは見逃してくれ」
「あら、リオンのお国は規律高いのですね。いいでしょう、ヘンリエッタにはそのように伝えておきます。私たちなりに宴を楽しみましょうか」
「ああ……」
酒は飲めないことはない。
何事も経験と、先生は様々な社会規範に反することをやらせたから。
結論を言うと、飲酒も喫煙も二度とするつもりはない。あれは百害あって一利なしと俺の中では結論が出たからだ。
「リオン、こちらの乾燥ナツメも美味しいですよ。おひとついかがですか」
「ああ、数個もらおう。それでフレリ――」
「リーオーン! なーに二人でいちゃついてるんですの! こちらに来て一緒に嗜みなさいな!」
「そうですよ。私たちからも酌をさせてくださいませ」
「へへ、私は結構お酒強いんだよ。幼児体形だって馬鹿にしてきた奴らは、全部ノックアウトしてきたのさ」
第一部隊隊長レティシア、第二部隊隊長クリスフィーネ、そして第三部隊隊長のレンが誘いをかけてくる。全員出来上がってるところをみると、かなりのペースで飲んだのだろうか。
「俺は酒は飲めないから、遠慮を――」
「はーい、どうぞー」
レンはまったく話を聞いていない。リスのような茶色いショートカットで、見た目は完全に中学生程度なのだが、本人曰くダルシアン一の酒豪だそうだ。
「だから飲めな――ごぼぼぼぼぼ」
「言い訳はあの世で聞きますわぁ。レティシアのお酒美味しいでしょう」
「ずるいわレティシア。クリスもお注ぎしますね」
お、溺れるっ。
というか、体が熱い。このままでは目的が達成できん。
「ご、ご馳走様だ。すまんがフレリア、ちょっと厠ついでに散歩にいってくる。ちゃんと楽しんでいてくれよ」
「ふふ、英雄酒色を好むと言いますが、リオンは謙虚ですね」
千鳥足の振りをして、俺はふらふらと歩き出す。
いつもの猫背で、ポケットに手を入れて。
城壁の上まで到達し、俺は戦場になったフィールドを見やり、手を合わせる。
「宗教観は色々あれど、死後の安息を願うのは共通項だ。敵も味方も、安らかに眠れ」
俺なりの弔いが終わったところで、音を立てずに城壁から飛び降りる。
目的は敵兵器の調査と鹵獲だ。
技術水準によっては、今後の防衛網を大きく変えることになるだろう。そして何よりも気になっているのは、『無駄に二個大隊』を突っ込ませてきたことだ。
決して馬鹿にならない損害を与えたと思う。
だが、俺はガイアス攻防戦は敵の実験ではないかと懸念していた。
今持っている兵器と、木偶と呼ばれる地球人たちとの相性を見極めていたのだろう。敵の本隊は撃破できたが、真に倒すべきだったのは、観測部隊だったのかもしれない。
「破城槌は特に創意工夫がなされてないな。屋根に銅板を張って火矢対策をし、兵士が人力で突撃させるものか。極めて原始的な設計だが、犠牲を勘案しなければ効果は高いだろうな」
そして今度は落ちている鉄剣を手に取る。
鍛造技術は発明されているが、まだ粗が多いと感じる。切断用というよりも鈍器として活用したほうがいいかもしれない。
それでも高級士官が身に着けていたと思しきものは、研ぎも素晴らしい逸品だった。オールハンドメイドで、品質にばらつきもあるが、ほぼすべての兵士に鉄器を標準装備しているのは脅威だ。
「
簡易的な偵察衛星の目、と言えばいいだろうか。
俺がいる周辺数十キロしかわからないが、敵影があれば即座に発見できる。
第二波は無し。ついでに言えば、この戦場跡での生存者も無し。
野犬が死体を漁ってはいるだけで、他に動くものはない。
「杞憂で済んだか。ラーナ王国は本気で落とすつもりはなかったと、これで確信を持って言えるな」
二時間ほどの調査を終え、俺はガイアスへと戻ることにした。
「ガイアスは実験場……本当にそれだけか? なぜ皇帝はお飾り儀仗兵まで前線に狩りだす必要があったんだ」
ふと疑問が頭に浮かび、即座に解が導き出される。
「敵の主攻は別の場所に向かっている……のか。それこそ兵士と名がつくものは全て前線に送らなくてはならないほどの大攻勢。そしてダルシアンは貴族令嬢の集まりで、捕縛されると外交のネタに使われる恐れがある」
ガイアスは難攻不落で、魔のガイアスと呼ばれて畏れられるほどの堅牢さだ。
ウェスティリア皇帝はフレリアたちを『避難』させたのか。
敵の本命は帝都の直撃を狙い、どこぞに集結しているのかもしれない。
「よくもまあ、出会ったばかりの敵性種族たる俺に、大事なお嬢さんたちを預けたもんだ。その信には応えなくていけないな」
「リオーン、どこへいってたんですのぉ? お酒が足りていませんのでは?」
「まだ飲んでるんかい」
魔族の一団にとって、二時間程度の酒宴は、まだまだ序の口だったようだ。
とんだウワバミ種族のもとに来てしまったもんだと、頭を抱えたくなる。
「今日はいい日、と言えただろうか。俺は最善を尽くせただろうか」
喜色溢れる声の中、俺は揮発したアルコールの匂いに囲まれて、思考を揺蕩う。
願わくば、ここにいる全員が無事で戦争を終えてほしい。
いいだろう。俺がこの戦争、勝たせてやる。
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