第18話 教えてやろう、これこそが『自信』だ。
状況を整理しよう。
大狼七匹に囲まれており、場所は川の中にある干上がった場所だ。
騎士は五名。方陣を組もうとした形跡はあるが、いかんせん数が少ない。
互いに背中を預け合い、バックアタックを受けないようにしている。
武器は官給品のショートソードのみ。長物や投射物は所持していない、か。
「俺が相手だ――」
と言いかけて、やめた。
脅威度が高い敵だとはいえ、訓練担当が最初から始末してしまうと彼女たちは成長しない。大怪我をしない程度に戦闘経験をつませて、今後の糧にしてもらうのがいいだろう。
「参謀殿、参謀殿、ご指示をっ」
「どうすればいいのれすかぁー」
そんな泣きそうな声を出す必要はない。
俺が必ず勝利をプレゼントしてやる。
「リィタ、魔法兵である貴官が突破口を開くんだ。得意魔法は水属性だったな」
「ほへ、さんぼうどの、なんでしってるのれす?」
「訓練生の情報は頭に叩き込んである。幸いにしてここは水場だ。貴官の術式ならば相手の足止めをできるのではないかな」
リィタは舌ったらずの喋り方をするが、ダルシアン儀仗騎士団でも屈指の魔法使いである。
問題は触媒として一定量の水が必要というだけであって。
「れも、えいしょうしようとすると、おそってくるです」
「そうだな。その場合はどのようなことが考えられるだろうか?」
俺は跳躍し、騎士たちが組んでいる陣の真ん中に降り立つ。
思考の一助はしよう。詠唱中の隙も守ろう。
だから皆で回答を導き出してほしい。
「来るぞ……!」
大狼が六匹、動き出す。
直線ではなく、円形に。つむじ風が渦巻くように、水辺を走り回る。
「敵も陣を組んだ、ということだ。さて、どうしてくれようか」
「このままでは外側から徐々に噛み削られます。どうすれば……」
「うゃ、おめめまわるのでれす」
目の前にあることを見逃してはいけない。だが同時に、隠されている情報を探ることも怠ってはならない。
七匹中六匹が動いているということは、残りは司令塔である可能性が高い。
群れが減ってくれば撤退し、優勢ならば押し切ってくるだろう。
「詠唱の時間を稼ぐぞ。リィタ、貴官の得意技を見せてやれ」
「うぃ。水の精霊よ、虚空舞う戯れに身を任せよ。遊び踊りて空間を浸せ」
使用術式は精霊魔法だ。
この世界に居るとされる水の精霊に祈りを捧げ、魔力を渡すことによって奇跡を得るというものだ。
リィタが用いたのは『雲集霧散』
濃霧を発生させ、敵の五感を低下させるデバフ系の術式である。
「流石に大狼と言えど、視覚と嗅覚が低下しては動きも鈍るな」
俺は足元にある石片を拾い、あてずっぽうに前方へ投げる。
当然水音が鳴り、大気は揺れる。
うなり声と共に、数匹の大狼が音源へ集う。
そう。感覚を低下させられている状態だと、自分たち以外に動いたものは敵だと認識するしかないのだ。
「敵を探れ。霧の中に惑って、動きについてこれない個体から狙うんだ」
音に集合できなかった、いわゆる『弱小』に位置する大狼が一匹。
リィタを除く四人でかかれば優勢を維持したまま撃破できるだろう。
「せいっ!」
「おりゃあっ!」
感覚が鈍っている狼を、順に始末していくんだ。
一匹、また一匹。
敵も馬鹿ではない。群れが劣勢と知れば、行動を起こすだろう。
「アオォォォーン!」
待機していた灰色の毛並みを持つ個体が、大きな遠吠えを上げた。
狼が声を出すときは、戦うか逃げるかの切羽詰まった状況だと、確か動物関係の文書で読んだ気がする。
取り囲んでいた狼たちは一斉に水場から離れ、森の奥へと消えていく。
獣ながら良い判断だ。
「たす……かった……?」
「よかったぁぁ」
「おわた? ねえ、おわた?」
少女騎士たちはその場にへたり込み、互いの無事を知ってわんわん泣き始めた。
戦場で大声を出すのは、新たな敵を呼び寄せる可能性がある。
――まあ、次からは控えさせよう。
俺は握っていたいくつかの石片を地面に落とす。
いざというときのために、魔力を込めて追尾式の弾丸を用意しておいたのだが……。まあ、使うことが無くてよかった。
人間の魔力が籠った残滓を置いておくことにより、この場には獣が容易に近づくことはないだろう。
川は長いし、水場は他にもある。自然界の調和を少しだけ書き換えさせてもらい、魔族のテリトリーとして山に住む生き物には認識させておこう。
◇
水汲みに大きな時間を使ってしまったが、その後の山中訓練はいい思い出になるだろう。
全員もれなく吐き、もれなく漏らし、もれなく泥まみれになった。
汗臭く、糞尿臭く、土臭い。
遊撃戦や非正規戦、撤退戦に持久戦。
山岳歩兵ではないので、正面切って敵兵とやりあう必要はない。
乙女兵団が山に逃げ込んだときには、ひたすらに耐え忍ぶ戦になるだろう。
「諸君、随分と素敵な身なりになったな」
「参謀殿、それは嫌味ですか?」
「それとも山で野生化して、こーふんしてたり」
言うようになったじゃないか。
「今諸君が身にまとっている芳香こそが、戦場の香りだ。追加で敵兵の臓物と血液もトッピングされるだろう」
「うえー」
全員がえづくように顔をしかめた。
はた目には敗残兵の群れか、浮浪者のような身なりである。皇族のフレリアですらボロボロな惨状だ。
だが、顔は明るい。
山岳訓練は厳しいが、決定的に重要な収穫を得ることができる。
それは『自信』だ。
自分たちは最後までやりきった。そんじょそこらの男たちよりも強い。
実際は初陣未満なので論ずることはしないが、今後の訓練課程をこなしていく中で、精神をつなぎとめる強固な鎖になるだろう。
乙女兵団は汚物塗れで、臭気も酷い。
見るもの全てが目を背けるだろう。
だが俺には、今こそが最も輝いている瞬間であると信じている。
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