第19話 初陣か、華を持たせてやるか
三か月経過した。
未だに基礎体力の向上と、乱取りの戦闘、そして行軍やサバイバルの訓練しか施せていない。
戦場に出て指揮に従い、秩序をもって行動し、引くべきは引くという駆け引きはできないだろう。新兵同然であった過去と、貴族令嬢たちという身の上なら仕方のないことかもしれないが。
戦況は俺たちを待ってくれはしない。
俺は皇帝ロザリアに呼ばれ、フレリアと共に宮殿へと赴いていた。
「ひさしぶりだな、異世界人。それから我が妹よ」
「フレリア、御前に参りました」
「リオン・シジョウ、御前に参りました」
「くく、無理はせんでもいいぞ。貴公は異世界人。こちらの世界の流儀には、本来付き合う必要がないのだ。私を尊重してくれるだけでも奇跡だと思っているぞ」
ローズレッドのストレートな長い髪を手櫛で整え、ロゼリアは小悪魔的にほほ笑んでいる。エメラルドグリーンのフレリアとは対照的だ。
「さて、余は前置きは好かん。用件はダルシアン儀仗騎士団の戦力としての評価を聞きたい」
三か月にも及ぶ訓練だ。相応の成果を期待しているのだろう。
だが、事実としてはようやく一般的な正面衝突だけができる程度だ。
戦場に出した日には、誰も帰ってこないだろう。
「フレリア、リオン。忌憚のない意見を申せ」
逃げる術はないか。ならば率直に言おう。
「私から具申させて頂きます、えと……陛下」
「言いにくそうだな。平時の言葉で良い」
「はい、ではお言葉に甘えまして――正直に言えば、前線に出せるほどの状態ではない。出したが最後、馬鹿みたいに突撃して、全滅するだろう」
貴族のご令嬢ってのが、あんなに血が昇りやすいとは知らなかった。
利点もあるが、とにかく突撃の才能はある。周りの状況を見ることが出来ないが、正面切ってのガチンコなら、基礎力があるダルシアンに分があるかもしれない。
「報告ではかなりの運動量が増しており、重い装備も身に着けられると聞いているが」
「重装歩兵として立たせておくだけならば、まあ一時間はもつ。壊滅した部隊を撤退させている間、代わりに前線にいる程度なら……だが」
問題は突っ込むことはできても、引くことを知らんってことだ。
指揮官であるフレリアも、割と突っ走る傾向にある。指揮権がない以上、俺は意見を挟むしかできん。
「死なせたくないならば、俺に一時指揮権を移譲してくれ。訓練期間—―せめて陣形のイロハを覚えるまでは出撃は見送ってほしい」
「そうか。飾りの無い言葉で嬉しく思うぞ。だがダルシアンにも前線で働いてもらう必要が出てきた。儀仗兵としてではなく、戦闘部隊としてな」
俺は否定の声を上げようとしたが、無意味と悟った。
後方勤務のお飾りが駆り出される戦況だ。恐らくは俺と一緒に召喚されてきた地球人が暴れて、前線が押されているのだろう。
「ダルシアン儀仗騎士団は十日後、ガイアス城砦の守備についてもらう。移動計画書の提出と、必要物資を計算しておくように。指揮官はフレリアなのは変更無し。以上だ」
「魔のガイアス……」
皇帝ロゼリアが退室したのを見計らい、フレリアがぽつりとつぶやいた。
転移によって俺に流れ込んできた地理的な知識によると、山間に両側を挟まれ、正面からしか攻撃を受け付けない要害であると出ている。
守将がよほどのバカでない限り、補給の持つ限りは籠城して後詰を待つのが得策なのだが……しかしダルシアンをか。兵員は300名と少数だが、果たして城砦が受けているであろう攻撃を、防ぐことができるのだろうか。
いや、防ぐだけでは少々もったいない。否が応でも戦果を上げさせてやろう。
突撃至上主義も使いようによっては、モノになるところを見せてやる。
――
「総員、傾注!」
動きに無駄がなくなってきた。最初に出会ったころのひ弱な顔つきは消え失せている。今や待機を命じられた猟犬のように、フレリアの言葉を待っていた。
「皆さん、ごきげんよう」
「ごきげんよう、お姉さま!」
この挨拶は変わらんらしい。フレリアが慕われているのはいつものことだ。
「本日、我らに出撃命令が下りました。目標地はガイアス城砦、相手はおそらく……異世界からのお客人でしょう。我らの手勢は少数ですが、いつまでも穀潰しでいるわけにはまいりません」
大したものだ。
出撃と聞いてざわめくつもりなら一喝するところだったが、凪のように静かだ。
「私たちは戦わずに屈したりしません。いかなる命令でも完璧にこなし、祖国の勝利の礎たらんことを願います。これより出撃準備を行いますので、各自装備の点検と糧秣の準備を怠らぬよう」
「はい、お姉さま!」
フレリアが壇上から降り、俺の肩に手を置く。
ああ、俺も気合を入れてやれってことか。
怨敵である人間の言葉で発奮するとは思えんが、ここまで同じ釜の飯を食った仲だ。多少は効果があるかもしれん。
「総員、休め」
いつまでも直立不動は体が強張って、話に集中できなくなる。
フレリアのときは自然に休むのだが、俺が話すときは警戒されるのか、直立不動でいることが多い。
「聞いての通りの戦況だ。なので俺から言うことは一つだけ。撤退命令には断固として従え。突撃中であっても、飯を食っていても、花摘みに行っていてもだ。それが命を救うことになる」
そんな心配そうな顔するな。
相手が地球産のサイコパスであれば、俺は遠慮はしない。
出番は無いかもしれんぞ。
「誰一人として死ぬことなく、この首都に戻る。そこまでが戦争だ。心配ない、俺が勝たせてやる」
「はい、お兄さま!」
俺は壇上でずっこけそうになるのを、かろうじてこらえた。
我が魔力に慄け異世界 お前らが召喚したのは、地球最強の魔法使いなんだが おいげん @ewgen
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