第17話 山はいいぞ。何でも出来るからな
体力増強訓練も次第に脱落者が減ってきている。
このままいけば戦場で逃げ回ることくらいはできるかもしれない。
「それじゃあ困るんだよな」
「何がです、リオン。皆さん動きが良くなってきているみたいですが」
フレリアの指摘は間違ってはいない。
もともと武器の扱いに関しては修練していたようだし、行進もできる。
問題点は二つ。
一つ目は、乱戦になったときにどう生き残るか。
二つ目は、イレギュラーな事態にどのように対処するかである。
「槍衾を組んで陣地を守らせたり、伝令として走らせるくらいはできるが……まだ不完全だ。ふむ……」
「む、難しい顔をなさってるのおいでですね。今後が不安ですわ」
俺はどうも、悪辣なことを考えているとき、顔に出やすいらしい。
奇妙に口元がひん曲がるそうだ。
今まで述べてきたのは全て『物理』での攻撃や守りである。
肉体の増強も物理の範囲だしな。
魔法となれば更に訓練期間は増えるだろう。先が見えない状態は非常に心苦しい。
「よし、決めた。山に籠るぞ」
「えっ、その、なぜでしょうか?」
「乱戦と非正規戦、そして逃亡したときのサバイバル技術が山には詰まっている。丁度付近に格好の山があるしな」
「その、皆さんは良家の子女なのですが……」
関係ない。
フレリアが心配しているのは、主に政治的なバランスだろう。
訓練と称して山にブチこみ、酷い姿で帰ってきたら、貴族たちも怒りが湧くだろう。それはフレリア、ひいては姉である女帝への反感につながる。
「俺はこれが膿を出しきる絶好の機会だと思っている。それに戦場で娘が死ぬよりも、生存する確率を上げたほうがマシだろうさ」
そう。俺は外科手術をするつもりだ。
貴族の子女で構成された軍を動かせば、相応の関心が集まる。その中には当然不穏分子も含まれているだろう。
奴らはこちらの足をすくうべく、虎視眈々と機会を狙っていることだろう。
軍隊は統治機構が盤石でないと十全に能力を発揮できない。
娘たちの能力向上と、国家の機能向上。どっちも成してみせよう。
◇
「はぁ……はぁ……」
「み……ず……」
バークレイ山は標高はさほど高くはないが、周囲が密林で覆われており、過酷な訓練に適した地形である。
小川や湧き清水も多数確認されており、少なくとも水不足で全滅ということにはならないだろう。
「どうした。まだ三時間も経ってないぞ」
「でも、もう足が棒のようになってしまって。それに渇きもひどく……」
「貴官は敵から退却するときも、休憩を所望する気か? 山は追跡が難しく、攻撃に移りやすい絶好の地形だ。慣れておいてくれなくては困る」
軽装鎧なれど、背負っている荷物はおよそ三十キロほど。
男でもキツイ重量だが、実戦までに想像しうる最悪のケースを想定させておかなくてはならない。
しかし、まあ……。
「少しペースを落とすか。山中で野垂れ死にされても、寝覚めが悪い」
「そうしてくれると助かります。リオン、貴方は息切れ一つしていませんね……」
俺を見て驚いていたフレリアだが、疲労の色が濃い。指揮官として下手な姿を見せないのは立派だが、流石にオーバーワークだったか。
「予定変更だ。ここで大休止を取ろう。荷物を置き、プラン通りに歩哨を立ててから休憩だ」
「りょ、了解……です……」
「し……ぬ……」
数名の女性騎士は茂みの中へ、口を押えて走って行った。
盛大に中身をぶちまけているんだろう。構わん。虫たちの養分になるしな。
「給水当番は補水を行うべし。地図によると付近に小川がある。滑落や落木に注意し、全員分完了せよ」
俺が携帯食をモリモリ食べ始めたのを見て、また複数名のお嬢ちゃんたちが吐きに行ったようだ。
まあ、今のうちの特権か。
腐った水に浸かり、ウジの沸く死体の横で食べる飯に比べれば、まだまだガキのお遊戯だからな。
二十分経過した。
概ね大休止は二十から三十分で計算している。
そろそろ全員が揃っていてもおかしくないのだが、数が少し足りないか。
「――給水係が戻らない、ですって?」
「どうした、フレリア。問題か」
「ええ、水を汲みに行った者たちが未だに帰還しておりません。まさか事故にでもあったのでしょうか」
「俺が行く」
術理展開し、
一気に障害物を越え、俺は小川に向かってつむじ風のように走った。
「生体反応複数。うち数体は魔族のものではない……か」
野犬か狼か。最悪は熊の家族だろう。
水場には獣が複数集まる。タイミングが合ってしまうと、思わぬ不正規戦へと突入することがある。
案の定、黒く汚れた毛並みの大狼に囲まれて、川の中で立ち往生している娘さんたちがいた。
「敵の機動力を殺すため、川の中にある空き地に逃げ込んだのは正解だ。しかし雨天だったら諸共流されて死んでいたぞ」
「さ、参謀殿!」
「助かった、良かった……えぐ、うっ」
「はやくたすけてくらしゃい……もうむり、れす……」
信じられるか? 彼女らは近いうちに戦争に行くんだぞ。
なんてな。
昔の俺だったら、力の無い者を見下していたかもしれない。
しかし、暴は武によって鎮められ、平らげられ、安んじられる。
結局のところ、人の歴史は不条理に対抗するために知恵を出し合い、支え合って涵養されてきたものだ。
ならば未熟者を笑う道理はない。
「待っていろ。俺が必ず助ける」
如何なるときも心に漣を立ててはいけない。
師の教えを実践するときが来たようだ。
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