第8話 命乞いというのは、敵意を持たない者の特権だと知れ

 俺は歩いている。


「貴様、そこでとま……あぐあっ!」

「ひ、や、やめろ、やめてくださ……うぶえっ」


 視界に入る輩の反応は皆一様だった。

『お前は誰だ、敵だな、死ね、待て、助けてくれ、そんなつもりはなかった』


 非常に不愉快極まる。


 最初から武器を捨て、命乞いをするのであれば、俺も躊躇くらいはするだろう。


 こちらを威嚇し、攻撃を仕掛けてくるということは、逆に攻撃されても仕方のない行動だ。壁にボールを投げれば跳ね返ってくる。


 生憎だが、俺は唯々諾々いいだくだくと従って、殺されるのを待つだけの案山子ではない。


 稲を刈り取るように。麦を刈り取るように。

 慈悲はない。自分たちが何をしたのか、身をもって知るがいい。


「貴様、そこを動くな!」


 重厚な金属の擦れ合う音が耳に届く。


 ふむ、どうやら腕があり、骨もある相手と見受ける。


 立ち塞がった騎士は、古風なプレートをチェインメイルの上につけて補強していた。

 動きやすさと表面防御力の両立は難しい。少なくとも素人がする装備ではないだろう。


 両手持ちの大剣は、男のガッシリとした腕で力強く振りかぶられている。

 体幹もずれず、被弾面積を限界まで少なくする、斜の構え。今まで倒してきた木端とはわけが違うようだ。


「侵入者よ、名を名乗るがよい。……貴様人間か!? 祝福されし種族でありながら魔族の手先に落ちうとは、何とも悲しいことだ」


「質問は一つずつにしろ。俺は名はリオンという。俺がここにいる理由は単純だ。お前らの王には随分世話になったので、恩返しに来た」


 そう、世話になった。だから俺も世話をしてやらなくてはいけない。懇切丁寧にな。


「神聖ラーナ王国、聖騎士のハルヴァンだ。大人しく投降せよ、さもなくばここで命を散らすことになるぞ―—頼むからそうさせないでくれ」

「忠告してくれるのは素直にありがたく頂戴する。だが意思をひるがえすつもりはない。俺は俺の意志で戦いに来たんだから」


 恐らくこの男は善良な方なんだろう。魔族蔑視の姿勢が崩れないが、この世界の人間の中では『いいやつ』に分類される。

 残念だよハルヴァン。違う形で出会えれば、俺はお前を尊敬してたかもしれん。


「そうか、お前の意思……か。すまんな、投降の話は無しだ。リオン、俺はここでお前を斬らなくてはならなくなった!」

「承知の上だ。俺も引く気はない。ふんぞり返っているここの代官に用があるからな、早く通過させてもらうぞ」

「ならば死合うのみ。行くぞ、リオン」


 こちらは素手。相手はグレートソード。

 一見すると戦力差は歴然だ。まっすぐ俺に突っ込んできて、真一文字にぶった斬る。それで終わる話だろう。

 

 そうはさせんがな。


「セイアッ!!」

 一足で距離を詰めてくる。巧みな足さばきと膂力の持ち主だ。

 伊達に聖騎士だとかなんとか名乗るだけはある。他の兵士比較して、放つ殺気も段違いだ。


 大上段からの振り下ろし。速度・重量・技量・間合い・タイミング。そのすべてが乗った、掛け値なし最良の一撃だ。俺も剣を使うのであれば、ハルヴァンのような使い手になりたくはある。


 ぴた。


「な……馬鹿……な」

 別に俺は力が強いわけではない。常人よりは上だと思うのだが、それでも本職の力士や格闘家には負ける。

 動体視力もそこそこだ。そこらのFPSプレイヤーのほうが反応速度もいいはずだ。プロゲーマーは侮ってはいけない。


「う、動かん……どうなってる……」


 俺は、つまんでいる。

 上から、人さし指と親指で。


 当然ながら魔法によるアシストだ。ハルヴァンが長々と口上を述べている間、俺は完全迎撃態勢を構築していた。


 俺の目には、ハルヴァンの打ち下ろしは、カタツムリが這うような速度に見えている。見えるだけでは意味がないので、彼を凌駕する速度と止めるだけの剛力を魔法で練る必要があった。


「生憎だが、物理攻撃は俺には通じないんだ」

「ば、化け物……め」


 久しぶりに言われた。そう、確かに俺はバケモンだな。

 自分でもそう思う。だが虐殺を是とするお前らにだけは言われたくない。


 俺は人間の理性と善性を信じていた。この世界に来るまではな。おかげで胸糞最悪だっての。


「化け物、か。ならば魔族を皆殺しにしたお前らは何の化け物だ? お前の良心は、殺すときに何処にあった?」

「魔族は人間の敵だ。絶滅すべき悪魔どもだ!」


「子供もか? 生まれて間もない子供も悪魔か?」

「やがて育てば悪魔になる。毒草の芽は早めに取り除くのが義務だ!」


 教義の違いか。それとも信仰の差異だろうか。文化的憎悪は埋められないものなのかもしれない。


 少なくとも俺は、絶滅戦争を仕掛けるほどの憎しみを知らない。地球ではナチスドイツによるユダヤ人絶滅計画があったが、各国の武力で鎮圧された。


 自浄作用だと、俺は思う。

 忌むべき行動は、星が持っている正義の天秤によって糺されるのかもしれない。


「魔族もなにがしか罪を犯しているだろう。そも、生まれてから罪を犯さない生き物はいない。何が貴様らを絶滅戦争に導いているんだ?」

「おかしなことを言う。魔族とは大地を蝕む瘴気だ。浄化するのが道理だろう」


 大変結構、よくわかった。


「そうか、ハルヴァン。残念だよ、本当に」

「俺は、死ぬのか?」

「ああ、死ぬ。できれば次は、諍いのない世界に生まれろ」


 指で大剣を折り曲げ、もう片方の手でハルヴァンの喉笛を潰す。

 ある意味人間の将兵も犠牲者かもしれない。


 この世界は、誰か……いや何処かに争いを駆り立てている理由があるのかもしれない。

 だが、今の俺では届かない。見つけるすべも未だ不明のままだ。


「ひっ、聖騎士様が……逃げろ、逃げるんだ!」


 蜘蛛の子を散らすように、武器を捨てて遁走する兵士たち。

 俺は悲しい気持ちでいっぱいだ。

 幼子を殺す暴力は持っていても、自らは恐怖へ即座に屈服するのか……嘆かわしいことこの上ない。


 処理は終わった。


 では、余裕ぶっこいてる代官サマのツラを拝みに行こうか。

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