第7話 壁の上は安全? 面白い冗談だ。

 ウェンが倒れる。

 あろうことか俺の見ている前で。瀕死の彼は俺たちへ必死に手を伸ばし『逃げろ、早く行け』と意思表示をしている。


「ウェー--ン! くそっ、おい、リオン放せ! 弟が、弟が!」

「お前が行けば確実に死ぬ。俺に任せろ」


 ジェスを後ろに投げるように突き飛ばし、空間を切り取る。

術理展開メソッド空間切除キャッスリング—―セカンダリフォルダからプライマリフォルダへ。Run」


 空間切除は等価交換だ。

 この場合、ウェンを引き寄せる代わりに、ウェンと同じだけの圧縮した空気を送り込む。圧縮すべき空気は周囲から集め、その代わりに俺はマナを消費する。


 結果、この両手には血染めのウェンが在り、敵のキルゾーンには空気が残る。

「ウェン……チ、これはまずいな。間に合ってくれ――術式展開」


 矢を引き抜きつつ、回復魔法をかける。

 回復魔法はいくつかに分類される。今俺が使っているのは、主に時空系操作の術式だ。

 細胞を一から構成し、健康な状態に戻す方法もある。しかしその方法はマナの消費が少ないが時間がかかるものだ。

 重い病気や長年の患いなどは、何度も往診して治していくしかない。


 ウェンはつい先ほどまで健康だった。ならばその状態に『時間を巻き戻せばいい』


 矢が刺さっていなかった状態の時間まで、身体の一部を巻き戻す。

 その代償に捧げるマナは膨大だが、背に腹は代えられない。


 それにこの世界に来てから、マナの貯蔵量が増えたような気がする。以前は流星雨降らすような神業など出来やしなかっただろう。


 異世界チートか。文字通りイカサマじみた能力だ。


「ウェン、俺の顔がわかるか? ジェス、もっと名前を呼び続けろ!」

「言われるまでもない! ウェン、しっかりしろ! ウェン!」


 周りの魔族も必死にウェンの名を呼んでいる。呼吸も安定してきており、一時的なショック状態が治れば、やがて目を覚ますだろう。


 それにつけても、だ。

 

 やってくれたな、汚物どもが。

 俺の護衛下で。俺の見ている前で、俺の仲間を撃ちやがったな。


 遠視をすれば、城壁でゲラゲラ笑っている兵士たちがいる。

 弓を構え、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべ、余裕綽綽しゃくしゃくのご様子だ。


「調子こいてんじゃねえぞ、貴様らッ!」


 トップスピード。

 瞬歩、縮地、ワープ、テレポート、神速移動。

 呼び名はこの際どうでもいい。俺は体にかかる圧力をものともせず、一瞬で城壁前まで駆ける。

 

「おい、なんだあの野郎は。撃て、ぶっ殺せ!」

「おら死ね、魔族の豚野郎が。針鼠みたいにしてやるぜ」


 まるで遅い。

 相対速度的に矢がノロく感じるほどだ。

 

「術理展開—―土精崩落サンドデザイア。セカンダリフォルダからプライマリフォルダヘ、Run!」

 壁に手を当てる。見た目は掌底を優しく撃ち込んだようなものだ。

 

「な、なんだ、壁が揺れるっ」

「おい、どんどん沈んでいくぞ、どうなってんだ!?」


 壁が邪魔? 高地は有利? 射撃は一方的?

 だったらその前提をすべて崩せばいいんだよ。


 サラリ、という音が断続的に聞こえ続ける。城壁は下部から砂塵のように崩壊し、その高さを減らしていく。

 揺れと動揺で、兵士たちは攻撃どころではないらしい。


 この一瞬が境目だよ、兵士諸君。

 城壁が崩れた瞬間に、もっと言えば俺が目に入った段階で全力で逃げれば命だけは助かったかもしれん。

 だが、もう逃がさん。


「—―よう」

「あ、ど、ども」


 アホ面を晒した兵士に、風の弾丸を撃ちこむ。

 一つの可能性も残さないほど、徹底的にすりつぶす。こうやってな。


「あびゅっ」

 上半身が丸ごと吹き飛ぶ。残っているのは膝から下だけで、残りは虚空の彼方へと散華した。

 はい、次。


 連続して悲鳴が上がる。物陰に隠れる浅はかなやつもいるが、すまんな、俺の風破弾エアッドシェルには追尾性能があるんだ。

 ろくに魔法への防御力をもたず、ただ遊んでいたばかりの馬鹿どもだ。隠れた兵士は人知れず粉々になったことだろう。


 わざわざ的を外して、いたぶるのは趣味ではない。一思いに殺してやるのが慈悲だ。く死ね。


 あらかた掃除したところで、生き残りを捕縛して尋問する。


「おい、ここの指揮官はどうした。居場所を言え」

「い、言えば助けてくれます……か?」

「お前、今まで懇願してきた魔族を見逃したことはあるのか?」

「あ、そ、それは……」


 無いだろうな。そういう教育を受けていない目だ。

 同じ知的生命体に対しての尊敬や敬意といったものを、持ち合わせてはいないのだろう。哀れではあるが、生かしておく必要性はない。


「考えてやる。何処だ」

「あ、あそこの……町の中央にある城郭です。殺さないでください!!」

「そうか、任務ご苦労」


 トマトみたいに潰れた兵士を横にどけ、俺は歩き始める。

 町は異様だ。

 住民がいない。漂うのは死臭と腐臭で、生命の気配がない。


「これは……」

 塔だ。死体で作られた、残虐なオブジェ。

 恐らくはこの町に住んでいた魔族が皆殺しになったのだろう。

 血はすでに渇き、大量のハエやウジがのさばっている。

 

 ふと死体と目が合った。まだ十代の少年だろうか。その無念たるや、もはやうかがい知ることはできない。

 水分のなくなったうつろな瞳が復讐を訴えている。お願いだ、仇を討ってくれと。


 いいだろう、その魂のバトンは確かに受け取った。

 敵の代官を必ずこの場所に引きずってこよう。

 地獄を創ったものは、必ず同じ地獄に落とされる。この理を糺さねば、魔族に生きる道がない。生きる希望が無くなってしまう。


 行くぞ。弔い合戦だ。

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