第6話 救えなかった魂に、きっと仲間を守ると誓おう

 難民を連れての移動は、様々な突発的状況との戦いだ。

 飢え、渇水、病、疲労、荷台の破損……挙げればきりがない。


 倒れて動けなくなった老人が、ジェスの袖をつかむ。


「もうだめだ……頼むジェスよ、ここで殺しておくれ」

「馬鹿なことを言うな。もう少しで着くんだぞ、諦めるな」


 老人たちが限界を迎えるのは早い。栄養状態がよくない中、むしろここまで

よく頑張ったと思う。


「ジェス、こっちの荷車の修理は終わった。ご老人たちを乗せよう」

「そうか、もうだめかと思ってたが……助かるぜリオン」


 古代ローマ兵は土木工事も任務のうちであった。それは現代にも受け継がれ、各国の軍は施設設営やメンテナンスなどの工兵が存在する。

 俺も一応は訓練を受けたが、直せるのは荷車のような単純な造りのものだけだ。


「なあリオン、あの魔法すごかったな! お前ほんとにどこかの賢者様じゃないのか?」

「残念ながら違う。俺のいた世界では、魔法使いは少なくてな。そんなに目立つような仕事は出来なかったし、魔法を乱用することは悪とされていたんだ」

「ふーむ、でもそれだけ強ければ、リオンに逆らえるやついないんじゃないのかな」

「そうかもしれないが、人の心までは従えさせられないさ」


 ウェンの言葉には一理はある。だがそれは獣の論理だ。

 俺は人間の理性と善性を信じている。事実地球でも悪徳が栄えた例は数多くあった。歴史を読めばわかるが、多くの凄惨な事件があったことも事実だろう、

 

 俺は自分の力を、どうすべきか考えあぐねていた。

 異世界に来て、ようやく方向性を見つけた気がする。


 そう。

 暴威に逆らう力を正義と呼ぶならば、きっと正義は必ず勝つに違いない。


「話は変わるが、ウェン、魔族の軍ってのは人間でも入れるのか?」

「魔族は差別なんかしないぜ。人間の将軍だっているっていう噂だ。リオンが入ってくれれば百人力だよ」

「そうか、ちゃんと他種族が生活を営んでいるんだな」


 目指す先は、魔族が飛び地として占領している、ベルクトという町だ。

 黒き森からは二週間以上の道のりになるが、途中で補給すらままならない道程だ。

 

 人間の勢力は大陸の東側を占めており、魔族の領域は西側というのがざっくりとした勢力図だ。たどりつくまでまだ日数はかかるだろう。その間は自給自足になる。


 水場を探し、野生動物を狩った。

 勝手に検問所を敷いている人間の兵士を吹き飛ばし、物資を調達した。

 やっていることの是非はあれど、生き抜くには必要な措置だ。戦争であるのだから、敵から奪うのは常套手段だろう。


 病人はどうにもならない。

 薬はなく、ただ死を待つのみだ。

 同様に怪我人も容体が悪化していくものもいる。


 だから秘中の秘を使うことにした。

 回復魔法だ。

 この世界にも体を癒す魔法は存在する。だが多少の怪我を直す程度で、深手を負ったものや、病気自体を取り除くことはできないそうだ。


「お爺さん、俺の手を握ってください。ああ、これは肺炎ですね……よし、では」


 回復魔法は、自然治癒力に大幅なブーストを与えるものだ。正常な細胞や免疫機構、白血球を強化し、患部を正しく機能するように強引に塗り替えてしまう。

 肺炎に関してはレンサ球菌の死滅が求められる。


 俺が地球で最も厳重管理されていたのが、この回復魔法だ。

 周知の事実となってしまえば、人は我先にと俺のもとに殺到することになるだろう。もしくは国家間紛争に発展してもおかしくない。


 魔法という素地があるこの世界—―グランシエルでは『ちょっと強い魔法』として受け入れてもらえる可能性が高いと思う。

 

「ああ、体に力がみなぎってくるわい……おお、歩ける、また歩けるぞい」

「よかった、偶然にも俺の回復魔法とは『相性が良かった』のですね。なんとかもちそうでしょうか」

「うむ、重い荷物も背負えそうじゃ。本当にお前さんには感謝しておるぞ、リオン」


 移動している集団は300名前後。毎日なにがしかのトラブルが起きる。

 同じ飯を食い、同じ水を飲む。寝床を合わせて夜空を見上げ、槍を持って見回りをする。

 

 地道こそが近道だ、と俺の先生の一人は言っていた。

 身に寸鉄帯びずして、民と同じ目線に立たなければ、真に心を得ることはできないだろうと。

 

 だから俺はどんな仕事でも進んで行った。

 人間という種族を、これ以上貶めないために。


――


「見えたぞ、あれが魔族勢力圏の町、ベルクトだ」


 おおお、と歓声が上がる。

 助かったと言うべきだろう。もうこれ以上の旅は不可能に近いところまで、俺たちは追い詰められていた。

 手の施しようもない状態の病人が数名、ここまでで脱落してしまっていた。


「……俺は未熟者の極みだ」

「ん、リオン、どうした?」


「ウェン……いや、約束を破ってしまって申し訳ない。全員連れてくると誓ったのに、このざまだ」

「何言ってんだよ、みんなリオンには感謝してるんだ。誰もお前のせいだなんて思ってないぞ。あの星を落とす魔法が無ければ、そもそもここまでこれなかったしな」


 温かい言葉だ。

 皆から向けられているのは信頼の瞳だ。それは懐疑的だったジェスも同じ。

 約束を守れなかった俺に、こうして心を開いてくれたのだ。この先何があろうとも、俺が護ってみせる。


「さあ急ごう。早いところ保護してもらって、皆を救おう」

「待て待て。人間のリオンが行っても警戒されるだけだ。ここは俺が行くよ」

「気をつけろよ、ウェン」


 こうして眺めていると、魔族も人間も特に変わりはないように思える。

 長い耳と、多少褐色が強い肌ぐらいだろうか。

 見かけや主義主張の違いで殺し合いするのは、どこの世界でも同じか。

 出来れば平和に外交手段で解決してほしいのだが。


 町の様子がおかしい。

 気が付けばウェンが急いでこちらに走ってくる。


 どうして俺は感じなかった?

 この異様なまでの死臭に。


「兄貴、リオン、逃げ――」


 ウェンが弓で撃たれる。そして血煙を上げて倒れ伏す。


 もう限界だ。

 どこまで俺を失望させれば気が済むんだ、人間よ。

 もう、理性を保ってはいられなかった。

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