第2話 召喚先はクソだった

 音もなく転移した先は、お世辞にも綺麗とは言い難かった。

 恐らくはどこかの城の一室……あるいは秘密の儀式場だろうか。


「ふむ、此度の木偶でくは五体か。異世界からの駒は、もっと沢山あってもよかろうに。まあよい、チェーザレ卿、こやつらを跪かせて名乗らせろ」


「勿論でございます、陛下」


 陛下、と呼ばれた男はまだ若い。二十代中盤ごろだろうか。肉体的にも気力的にも、大いに覇気がみなぎっている。


 ソレに傅くチェーザレと呼ばれた肥満気味の中年は、何やら大仰な術式を俺たちに向かって唱えている。


「陛下の御前である。跪け、木偶ども」


 胡乱げな瞳をした四名の地球人は、唯々諾々とその言葉に従った。


「おい、貴様、聞こえてるのか! 陛下に対して不敬であるぞ!」

「俺に言ってるのか……」


 俺は時間を稼ぐべく、囚人たちに倣ってそっと跪いた。


 言葉は発さず。

 俺は術式を解除しながら、相手の力量を測っていた。


(強制転移による能力付与。そして意識の混濁に命令違反者への即死魔法か)


 かなり強力な術式が組み込まれているようだが、まだ甘い。

 俺には魔術的干渉に対しての防壁がいくつも編み込まれている。


 能力付与に関してはそのままにしておこう。

 意識の混濁は自動で無効化されているので問題ない。

 

 俺への即死の術式は、たった今解呪が終わったところだ。


「お前たちはこれより、神聖ラーナ王国の戦士として、戦場へと赴くことになる。命令に従わねば死をもって償うべし。チェーザレ、意識を戻してやるがいい」


「かしこまりました」


 何事かを詠唱するチェーザレと呼ばれた男は、額に脂汗をかいている。どうやら彼は意識混濁の呪文を解いているらしい。


(随分長い詠唱だな……実戦で役に立つのか?)

 

 我に返った囚人たちが暴れ出すのかと思ったが、彼らは特に不満を述べるでもなく、そのまま跪いている。


「うむ。召喚時の教育が行き届いているな。よし、木偶の運用は軍師のクラウゼヴィッツに一任せよ。使い捨ての駒として立派に育て上げることだろう」


「ははあっ。そのように致します」


「さて、会うのは最後になるやもしれぬな。何か言うことはないか、異世界の木偶どもよ。今ならば余の耳に届くぞ」


 その言葉を受け、くすんだ金色の長髪をした男が、低い声で問いかける。


「なんでもいいけどよ、異世界召喚だっけか? んで俺たちはすげえ強くなってるんだろ? それにアシッドのやりすぎで震えてた身体も治まりやがった。アンタらの言うとおりにしてれば、殺せるのか、人をよ!」


「ふ、低俗な輩め。そうだ、お前たちの大好きな殺し合いに招待しようぞ。調べはついている、どうせ貴様らは元の世界でも居場所のない者たちだろう。余が存分に使ってやるから、命に従え」


「逆らわねえよ。どうせ逆らったら死ぬんだろ。だったら好き放題に暴れさせてもらうわ。ああ神様、マジで愛してますぜ。また殺って犯って虐りまくれるんだ!」


 とんだシリアルキラーを呼びだしたものだ。

 この不始末、召喚者たちはどう受け止めることやら。


「では、チェーザレ。木偶共を連れていけ」


 はぁ……もういいだろう。

 状況は理解した。

 

 俺はそっと手を挙げる。


「質問です」

「……ほう。面白い、申せ」

「—―貴方がたは異世界から人間を拉致監禁しています。この行為は犯罪に該当するでしょう。今ならば不問に付しますので、速やかな全員解放を要求します」


 一瞬、水を打ったように静まり返る。

 同じ地球人の嘲笑が静寂を破った。


「ばぁー--っかかおめえ、異世界にきてチートもらってんだよ、こっちは! しかも何人もブチ殺していいんだぜ! 帰るとかアホかよ、またあの刑務所だぞ?」


「地球で犯した罪は、地球で償うことで責任を果たしたことになります。貴方も大人なのだから、最低限の矜持は持ってほしいんだ……ですが」


「なあ王様よ、こいつもう殺していいんじゃないっすかねえ!? 命令きかねえって言ってるけどよ」


「ククク、斯様に面白き誤算もあるか。チェーザレ、疾く心臓を潰せ。あの男は廃棄処分だ」


 再び長い詠唱が唱えられる。


 たっぷり二分は待っただろうか。

 俺に向かって極めて弱い、即死魔法の起爆術式が飛んでくる。


 常人は肉眼では視認できないが、俺の目には赤い光線がはっきりと映っていた。


(避けるまでもない。既に解除したものをご苦労なことだ)


 起爆術式は命中した。当然のことながら、なんの効果ももたらさない。


「どうしたチェーザレ、死なんぞ、こやつ」


「まず認識を糺しておきましょう。俺は四条理御しじょうりおんと申します。リオンと呼んでもらえますか。さて、貴方たちの使う、クソしょぼい……コホン、威力の低い魔法は俺には通用しません。そちらのデブ……いえ、恰幅の良い方の術は解除済みです」


 バカな、と王の顔が青ざめる。


「と、取り押さえよ! この者は隔離する必要はない、この場で殺せ!」

「ふぅ……言葉で諭してもダメですか」


「殺れっ!」


「—―調子にのるなよ、原始人!!」

 

 魔力を解放する。

 もはやこれ以上の慈悲は不要。


「俺はお前たちの言い分を聞いてやってるんだぞ。ああめんどくせえ、これが最後の質問だ。どうもこの世界に来た人間は異能を付与されるそうだな。そうして兵を増やしているんだな――お前らの都合のみで」


「それが何の問題がある? 貴様らの世界は我らの世界の糧よ。テーブルに並べられた食材が、今更父母恋しと泣き叫ぶでないわ」


「大変結構。完璧に理解した。以後不必要に情報を交換する必要なし」


 立ち上がり、壁に手を当てる。

 瞬間、砂のように崩れ去り、人が通れるような穴が開いた。


「貴様らを俺の星の敵と断定する。聞けば他の国も行っているなどと、たわけたことを教えてくれた。この場で始末してもいいが、もう少し時間が要る」


「待たぬか! ええい、チェーザレ、彼奴を止めよ!」


「ぐぬ、陛下の御前ぞ! 俺の顔を潰す気か貴様ッ!」


 飛び降りる。


 吸い込む空気と同じように、この世界の文化や地理、歴史が流れ込んでくる。


 愚かなことだ。

 自分たちの技術水準を馬鹿正直に明かしてくれるのだからありがたい。


 ならばやることは一つ。

 地球の敵は塵殺するのみ。

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