第43話 陛下とマリス③
「首尾は?」
「ここに潜伏していた者はすべて捕縛完了しました。明日には人身売買組織を壊滅させられるかと思われます。ご命令の尋問も現在進行中で、現段階でベアトリス他、数人の名があがっているようです」
「分かった、尋問を続けろ。本件に関わった者は誰であろうと一人も逃がすな」
「はっ」
武装兵士は敬礼すると立ち去っていきました。
続いて別の兵士が報告にやってきます。
「森に逃げていた子どもを発見、保護いたしました」
「子どもたちは無事なんですね!」
これには私が反応しました。
兵士は驚きつつも連れて来てくれます。
「マリス様っ、マリス様ー!」
「マリスさま! マリスさま!」
子どもたちがこちらに走ってきます。
リリーです。他の子どもたちも全員います。全員逃げてくれていたのです。
「リリー! ああっ、みんなもいますね!」
「マリス様もご無事でよかったですっ。マリス様が捕まったらどうしようって……! マリスさま~!」
「私は大丈夫です。それよりよくみんなを守っていてくれました」
私はリリーと他の子どもたちを抱きしめました。
誰も怪我をしていませんね、本当によかったです。
しかも陛下からも嬉しい知らせが。
「マリス、もう一人ここに来るまでに保護している。名はニックといったか」
「本当ですか!?」
「ああ、今は医療所で治療を受けさせている。保護した子どもも今夜はそこで休むといい」
「陛下、私はあなたになんて感謝をすればいいかっ。ありがとうございます!」
私は陛下に礼を言うとリリーに向き直りました。
「リリー、もう大丈夫です。ニックも無事ですよ。今夜は医療所に泊まってゆっくり休みなさい。もう大丈夫、もうあなた達を苦しめる者はいません。もうなにも怯えなくていいんです」
「うぅ、マリス様っ、ありがとうございます」
「もう大丈夫です。よく頑張りましたね」
私はリリーや子どもたちの頭をなでなでしてあげます。絶望の中を今まで本当によく耐えてくれました。
私は兵士にリリーと子どもたちをお願いしました。今夜はぐっすり眠れることでしょう。
「マリス様、またね!」
「マリスさま、ありがとう!」
子どもたちが手を振ってくれます。でも子どもたちは初めて乗車する帝国の立派な馬車に感激し、瞳をキラキラさせて馬車の周りではしゃぎだしました。
ああいけません、それじゃあいつまで経っても出発できないじゃないですか。
でもそうした子どもたちの様子は微笑ましいもので、私はクスクス笑って見守ります。
しかしそんな私を陛下がじっと見ていました。そして。
「お前はなぜそこまでする」
「陛下?」
ぽつりと問われて振り返ります。
陛下は思いがけないほど真剣な顔で私を見ていました。
怖いほどのそれに息を飲む。でも陛下は私を見つめたまま聞いてきます。
「お前が無茶をした理由はあの子どもたちを救うためか? ならばなぜだ。お前はヘデルマリアでは孤児院を営んで孤児を救い、帝国に来てからは貧民区の貧しい子どもを救った。俺はお前が優しく慈悲深いからそうするんだと思っていた。だが、今回のことは明らかに度を越えている」
「陛下……」
「教えろ。なぜこんな無謀なことをした」
陛下は……怒っていました。
静かな物言いですが、無謀な決断をした私に憤っているのです。
それはもっともなことです。こうして陛下が助けに来てくれなければ私は今ここにいませんでした。明日にはどこか遠い国に売られていたことでしょう。もしかしたら酷い凌辱の末に殺されていたかもしれませんね。
私は少し迷って目を伏せます。でも決意してゆっくり顔をあげました。
「陛下は私を慈悲深いとおっしゃってくれましたが、私は慈悲で子どもたちを救ったことは一度もありません。すべて自分を救うためにしていることなんです」
「自分を救うだと?」
「はい、その通りですよ。すべて自分のためです」
私は淡々と語ります。
陛下だから聞いてほしいのかもしれません。誰にも語ったことがない世界で私だけの秘密。
私は馬車の横で笑っているリリーを指差します。
「陛下、あそこにいる少女はリリーといいます。リリーは親に娼館に売られましたが、そこから逃げて路頭に迷い餓死寸前でした。リリーは私なんです」
「……マリス?」
突然語りだした私に陛下が不思議そうな顔になりました。
ごめんなさい。でもリリーだけではないのです。
「陛下が保護してくれたニックは父親と二人暮らしでしたが、父親を亡くして孤児になりました。犯罪に手を染める寸前でした。ニックは私なんです」
リリーやニックだけでもありません。もっと他にもたくさん。
私は馬車の周りではしゃいでいる子どもたちひとりひとりを指差します。
「陛下、あの髪がぼさぼさの子も、皮膚が汚れで黒ずんでしまっている子も、あそこにいる穴の開いた服を着ている子も、靴に穴が空いているあの子も、みんな私なんです」
私は子どもたちを見ながら淡々と言いました。
私はヘデルマリアや帝国で出会った貧しい子どもたちを思い出す。私がパンを配ったひとりひとりの顔を。だって私も同じだから。同じ顔をしているから。
「路地裏に毎日座っている子も、日銭を稼ぐためにゴミを拾っている子も、飢えに苦しんで横たわっている子も、一つのパンを買うために
陛下は怪訝な顔をするけれど、この世界に私はたくさんいます。
生きているのに亡霊のような、そんな人たちが。
「陛下、私はこことは違う世界からこの世界に転生しました。十三歳の時に
「待ってくれ。転生? 前世の記憶? マリス、お前は……」
陛下が困惑しています。
当然ですよね、あまりに突然の話です。
私は小さく笑って謝ります。
「ごめんなさい。信じても信じなくてもいいです。でも私の秘密のお話です。続けても?」
「あ、ああ。お前の秘密なら知りたい」
動揺しながらも頷いてくれました。
ありがとうございます。優しいですね。
「私は前世で親に恵まれなかった子どもでした。飢えで体は瘦せ細り、いつも薄汚れた格好をして、父親に毎日怒鳴られたり殴られたり、散々な前世でした。最期は夏の暑い日で、暑さと飢えであっけなく死にました」
陛下は黙って聞いてくれます。
こんな突拍子もない話なのに、あなたはやっぱり優しい。冷徹だとうかがっていたのに、私が知っている陛下はいつも優しい。
「その時の傷がね、転生した今も癒えないんですよ。この世界で記憶を取り戻した時、私は猛烈に傷ついたのです。死んでしまいたかったくらいに。私は前世で臭いと言われました。汚いと言われました。みすぼらしいと言われました。たくさんの理不尽な侮蔑を浴びました。その時は傷ついてないと無視していましたが、ずっと傷ついていたんです。今もふとした瞬間に思い出すとどうしようもなく遣る瀬ない気持ちになります。だからね、少しでも自分を慰めたかったんです。今の私の持てるすべてを使って私は私を救いたかった。慰めたかった。それだけなんです。だから陛下が思ってくださるような慈悲の心なんてないんですよ」
沈黙が落ちました。
どうやら本当に陛下を困らせてしまっただけのようです。
私は苦笑して「忘れてください」と言いました。
すべては私の自己満足。慈悲深いなどと思われるのは
沈黙が落ちる中、馬車に乗った子どもたちが手を振ってくれます。
「マリス様、またねー!」
全員ようやく馬車に乗ったようです。はしゃぎすぎです。兵士が困っているではないですか。
でも窓から大きく手を振ってくれる姿がかわいくて、「また会いましょう」と私も手を振り返しました。
馬車が森の小道を走っていきます。
見えなくなるまで見送ると陛下を振り返りました。
「陛下、今夜はありがとうございました。助けていただき感謝しています」
改めてお礼を言いました。
陛下のおかげで私も子どもたちも救われました。
陛下はしばらく沈黙していたけれど、少しして私の肩をそっと抱きます。
「マリス、帰るぞ」
私は肩に置かれた陛下の手を見ます。
その手から伝わる温もりに目を細め、「はい」と小さく頷いて従いました。
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