第44話 不思議ちゃんでも愛しいマリス
その後、人身売買組織は壊滅して攫われていた子どもたちが解放されました。子どもたちは帝国によって保護され、それぞれの家に帰ることができました。
でも、この人身売買組織の騒動は帝国中を揺るがすものになったのです。
人身売買組織を帝国内に手引きしたのは同盟国の王女ベアトリスだったのです。ベアトリスの処分は後宮からの追放だけでなく、今後一切帝国の地に踏み入ってはならないという厳しいものでした。しかも同盟が破棄されたことでベアトリスの父王は激昂し、ベアトリスを絶縁して王女の地位から降ろしたそうです。彼女は下級貴族の養女になったと聞きました。
他にもベアトリスに協力した貴族が十四人いたそうで、それぞれ地位降格や禁固刑などの処分がくだされました。もちろんその中には私の弟レナードもいます。レナードは今後一切帝国に立ち入ることは許されず、ヘデルマリア王国の王位継承権からも外されました。
今頃ヘデルマリアは混乱しているでしょうが、こればかりは仕方ありません。
なぜならすべての裁判は公正に行なわれています。
裁判の前、陛下が私に確認しました。
「マリス、お前の弟も本件に深く関わっている。処刑してもいいか?」
陛下は裁判など行なわず処刑する気満々だったのです。
陛下はひどく憤っているようでした。
静かな面差しで私に問いましたが、その瞳は爛々とした怒りを宿していたのです。
だから私は首を横に振りました。
「帝国の法による裁きを望みます」
「…………」
陛下は黙り込んでしまいました。
でもダメです。陛下は法の上に立っているので裁判などせずに処刑が可能だと分かっています。でもだからこそいけません。
従属国の罪人とはいえ私情で殺せばいらぬ噂が立つでしょう。それは恐ろしい謀略へとつながる可能性もあるのです。
それは困ります。だって私はあなたを愛しているのですから。
たとえ一方通行の想いだったとしても、私はあなたを愛しています。
陛下は不満そうでしたが、それでも聞き届けてくれます。
こうして公正な裁判によって処分がくだされたのでした。
◆◆◆◆◆◆
帝国、執務室。
「本件にまつわる最終報告書だ」
「やっとか。ようやく片が付く」
ヴェルハルトはグレゴワールから受け取った最終報告書を手に取った。
報告書には人身売買組織の壊滅とベアトリスの一件について経緯と結末が書かれている。ベアトリスに協力した貴族の処罰は貴族界に激震を与えたが、それも良い薬になったとヴェルハルトは考えていた。
貴族は日常でなにかと優遇されていることもあって選民意識を持つ者が多いのだ。選民意識はいらぬ
これはヴェルハルトの皇帝としての思惑、見せしめも兼ねていたのだ。
表向きは公正な判決としているが、そんな思惑を持つくらいは許されたい。本当は関わった貴族は全員処刑したいくらいだったのだから。
だがもちろん内緒だ。
マリスは公正な判断に感謝してくれているので、ヴェルハルトは気分がいいのだ。
(マリスが俺に惚れ直してくれたかもしれないのに、わざわざ言うわけないな)
ヴェルハルトは報告書を読み進める。
そこには人身売買組織に攫われた子どもの救出と保護の件が書かれていた。
リリーやニックなどあの迎賓館に捕らわれていた子どもたちは故郷に帰した。ほかにも今まで攫われて売られていた子どもたちもすべて調査して救出を完了させた。マリスが聞いたら喜ぶだろう。
あともう一つマリスが喜ぶことをしている。
「グレゴワール、ヘデルマリアのマリスの孤児院の再建はどうなっている。進んでいるか?」
「あと三日で完成だ」
「そうか。ならば完成した孤児院には管理者を任命して配置しろ。信用のおける者にしろよ? 子どもだけで生活させていることをマリスは憂いていた」
「……承知した」
「あとこれを」
ヴェルハルトは小切手を取り出すとさらさら数字を書いてグレゴワールに渡した。
そこには孤児院が十回再建できそうな金額が書かれている。ヴェルハルトのポケットマネーの小切手だが。
「…………聞きたくないが、これは?」
「マリスの孤児院の再建祝いと支援金だ。マリスの孤児院は俺の孤児院みたいなものだからな」
ヴェルハルトは勝手にマリスの孤児院を自分の孤児院ということにした。共同作業で作ったみたいでとてもいい。
グレゴワールは
マリスが喜ぶとヴェルハルトも嬉しくなるのだ。
ヴェルハルトは報告書にサインする。これで本件は無事に一件落着である。
しかしヴェルハルトには個人的に決着していないことが一つあった。
「グレゴワール、一つ聞きたいんだが」
「なんだね」
「転生ってどう思う」
「は?」
グレゴワールは怪訝な顔でヴェルハルトを見た。
突然なにを言いだすかと思ったら……。
「なにか書物でも読んだのかね」
「そういうわけじゃないんだが……」
ヴェルハルトはふむと思案する。
マリスの秘密の話を聞いてからずっと考えていた。
だがうまく飲み込めないのだ。
はっきり言ってマリス以外が話してきたら医師を紹介している。
なに言ってるんだお前は、と突き放してヴェルハルトは考えることもしていない。
しかし転生を語ったのはマリス。マリスの語ることは真剣に受け止めたい。
だが。
(……マリスは不思議ちゃんなのか? まあそんなところも可愛くていいがな)
完全に惚れた欲目である。
「陛下、さっきからなんなんだ。書物でないなら何かあったのかね」
「ハハハッ、気にしなくていい。困らせて悪かったな」
笑って誤魔化した。
マリスとの二人だけの秘密である。いくら相手がグレゴワールでも話したくない。
転生についてはヴェルハルトもよく分かっていないが、とりあえずマリスとの秘密の共有は嬉しいので楽しむことにした。
「さて、俺の今日の政務はここまでだ。今から馬術場へ行ってくる」
「馬術場? どうしてまた」
「マリスがエヴァンの馬術の訓練を見学するそうだ。俺も行ってくる」
ヴェルハルトは当然のように言った。
グレゴワールは頭を抱えたが、ヴェルハルトは上機嫌に執務室を出たのだった。
◆◆◆◆◆◆
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