第35話 溺愛と嫉妬と陰謀と➀


 夜会当日の朝を迎えました。

 今日は朝早くから城はにわかに騒がしくなっています。

 女官や侍女たちは忙しく城内を行き交っていて、次から次にくる来賓客の出迎え準備をしていました。

 そう、今夜はベアトリス主催の夜会が開かれるのです。

 帝国の後宮で暮らす王女たちの夜会には、帝国の外からもたくさんの王族や貴族たちが招待されています。後宮の女性たちにとっては、その招待客の顔ぶれすら競い合う材料なのです。

 そして私の元にも朝からたくさんの貴族が挨拶に来ていました。

 現在陛下がもっとも寵愛しているという理由だけで、私には挨拶をする価値が発生するようです。


「マリス様の美しさは私の国にも知れ渡っております。お近づきのあかしに、どうぞこれを受け取ってください。我が国の著名な銀細工師の作品でございます」

「ありがとうございます。お気持ちだけ受け取っておきます」

「そう言わずに是非。マリス様の美しさに比べれば霞んでしまいますが、どうぞどうぞ」


 強引です。すごく強引です。

 押し付ける手際もとても鮮やかなので、きっとこうして今の地位に登りつめてきたのでしょう。


「お時間です。次の方がいらっしゃいますので」


 侍女が謁見の終わりを告げました。

 貴族の男は渋々ながらも立ち上がり、「陛下にどうぞよろしくお願いいたします」と恭しく一礼して去っていきます。

 応接間に置かれた贈答品が片付けられていく。間もなく次の来客がこの応接間に入ってきます。


「……さっきのは何人目の方でしたか? あと何人いるんです?」


 私は重いため息とともに聞きました。

 いつもなら貧民区へ行っている時間ですが、今日は朝から来客対応に追われてそれどころではありません。


「先ほどの方で十六人目です。あと三十人ほどいますが、今しがた更に七人が控室に入ったようです」

「そんな……」


 眩暈がしました……。

 もう数えたくありません。


「マリス様、次の方をお呼びします」


 侍女はそう言うと新たな来客を応接間に呼びます。

 私は疲弊した気力を振り絞って姿勢を正しました。私が恥ずかしい対応をすれば陛下に迷惑がかかるのです。

 少しすると扉がノックされます。「どうぞ」と入室を許可しましたが。


「っ、どうして、ここに……!」


 驚愕に目を見開きました。

 入ってきたのはヘデルマリア王国の第二王子。そう、私の弟のレナードだったのです。

 レナードは柔和な笑顔を浮かべて恭しくお辞儀しました。


「兄上、お久しぶりです。お変わりはありませんか?」

「レナード、どうしてあなたが帝国にっ……」

「決まってるじゃないですか。ベアトリス様から招待を受けたんです。ベアトリス様の祖国は帝国の同盟国ですからね、せっかくのお誘いを断ることなんてできません」


 レナードは笑顔でそう言うと、「失礼しますね」と私の正面の椅子に座りました。

 ……どうしてベアトリスがわざわざレナードを招待したのでしょうか。

 レナードは王族の第二王子ですがヘデルマリア王国は従属国です。帝国の同盟国の王女であるベアトリスがわざわざ招待をするとは思えません。


「兄上が帝国へ行ってしまって寂しい思いをしていましたが、兄上の噂はヘデルマリアまで伝え聞いていますよ。さすが兄上、さぞ兄上の母上も鼻が高いでしょう。ヘデルマリアの宝石の美貌は帝国でも通用するようだ」

「なにが言いたいのです」

「褒めてるんです。そんな怖い顔しないでください」


 言葉とは裏腹にレナードの私を見る目は祖国を離れた時のままです。

 侮蔑を隠しきれていないそれに目が据わっていく。


「……早く用件を言いなさい。ただ挨拶をしに来たわけじゃないでしょう」

「さすが兄上、お察しのとおりです」


 レナードはニコリと笑うと、応接間にいる侍女たちを見回しました。


「ここからは兄弟水入らずの時間にしましょう。申し訳ありませんが、侍女の方々には退室願いたい」


 レナードの言葉に侍女たちがざわめきました。


「あなた、なにがしたいんですか」

「兄上と兄弟水入らずがしたいんです。たとえば、兄上が秘密で作っていた孤児院の話とか」

「まさかっ……」


 嫌な予感に背筋が冷たくなりました。

 レナードはニコリと笑って「兄弟水入らずの話をしましょう」と追い詰めてきます。

 私が断れないことを分かっているのです。


「……みなさん、退室をお願いします」

「しかし、マリス様をお一人にするわけには……」

「構いません。相手はレナード、私の弟です」


 私がそう言うと侍女たちは渋々納得してくれます。


かしこまりました。なにかあればすぐにお呼びください」


 そう言って侍女たちが全員出て行きます。

 応接間には私とレナード、あとはレナードが連れてきた三人の侍従が残りました。

 レナードの顔つきががらりと変わります。


「改めまして兄上、陛下のご寵愛おめでとうございます。やはり母親が卑しい身分だと、その子どもも同じように成りあがるようだ」

「余計な話はしたくありませんっ。孤児院は今どうなってるんですか!? 子どもたちは無事なんですよね!」

「分からないな……。あの孤児院になんの価値があるんです。兄上が帝国に旅立ってから兄上の私財を調べさせてもらいました。そしたら不審な動きをする資金があったので追ってみたら孤児院があるじゃないですか! ハハハハッ、もう傑作けっさくで! 子どもを集めてなにをするつもりだったんですか?」

「あなたには分かりませんよ。それで子どもたちは無事なんですか!? 子どもたちに手を出したら絶対に許しません!」

「あんな汚いガキどもに手を出すわけないじゃないですか。――――ただ、そんな汚いガキどもでも必要とする人はいますからね」

「それはどういう意味です……?」


 嫌な予感がしました。

 胸がざわつくような嫌な予感。

 レナードはニヤリと笑うと連れていた侍従に目配せします。

 すると目深くフードを被った一人の少年が応接間に連れられてきて、私は思わず立ち上がります。


「ニック! どうしてここにニックが!」

「マリス……さま……」


 フードの奥から聞こえてきたか細い声。ニックのこんな弱々しい声を聞いたことがありません。

 慌てて駆け寄ってニックを抱きしめます。

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