第23話 殿下と私➁
「こんにちは。今日も頑張っていますね。お芋もよく育っているようです」
「はい、もうすぐみんなで収穫するんです! マリスさまもぜひ来てください!」
「それは楽しみですね。ではそのお芋でお菓子を作ってあげましょう」
「ほんと!? やったー!」
「マリスさまのてづくりおかし~!」
子どもたちが喜んではしゃいでくれます。
そんなに楽しみにされると私も張り切ってしまうではないですか。
「マリスさま、やくそくだからね!」
「ぜったい作ってね!」
子どもたちは嬉しそうに言うと、また畑作業に戻っていきました。
広い畑を見回すと、以前よりたくさんの子どもたちが手伝ってくれています。手伝いたいと申し出てくれる子どもたちが少しずつ増えてきてだいぶにぎやかになりました。
でも気になることが一つ。ここに大人はいません。
貧民区の大人たちは畑を遠巻きに見ているだけです。しかも良い印象を持っているわけではなく、苛立ちと困惑、なかには怒りの顔を向けてくる者もいました。
どうしたものかとため息をつきましたが、ふと裾をくいくい引っ張られます。殿下です。
「エヴァン様、どうしました?」
「お菓子って、イモダンゴなのか……?」
「そうですね、あれは手軽で簡単ですし、子どもたちにも作り方を教えてあげられますから」
「ふーん……」
殿下が素っ気なく返事をしました。
でも面白くなさそうに唇を尖らせていて、私はこっそり笑ってしまう。やっぱりあなた、かわいいところを見せてくれるようになりましたね。
頭を撫でてあげたくなったけれど、さすがに殿下に対してそんなことはできません。
こうして殿下と畑作業を見学します。
最初は殿下も困惑でいっぱいの様子でしたが、「あれはなんだ」「これはどうするんだ」「ここはなにが育つんだ」と少しずつ興味を示してくれるようになりました。
殿下から質問されることが嬉しくて、私もひとつひとつ丁寧に答えていました。
「マリス様! よくいらっしゃいました!」
少ししてコリンが走ってきます。
私が訪れたことに気づいて来てくれたのです。最近のコリンは子どもたちのまとめ役になっていて忙しそうにしていました。
「コリン、こんにちは。畑も順調ですね」
「はい、マリス様のおかげです! あの、こちらの方は?」
コリンが殿下を見下ろしました。
…………ちょっと微妙な空気です。
コリンは私が外から連れてきた子どもに興味を覚えつつも、殿下の雰囲気や服装から自分たちとは違う世界の子どもなのだと察した様子です。
殿下のほうはというと、あからさまに困惑しています。しかもまだ幼いので自分が理解できないことにたいして排他的というかなんというか……。殿下の顔は誰が見ても警戒心丸出しでした。
「コリン、この御方はエヴァン様です。私がお仕えしている御方ですよ」
「そうでしたか。こんにちは、エヴァン様」
「……ん」
殿下もなんとか反応しますが警戒心は隠しきれていないですね。
少しでも仲良くしてくれればいいのですが……。
私は苦笑しながら警戒しあう殿下とコリンの様子を見ていましたが、同時にヘデルマリアに残してきた孤児院の子どもたちを思い出していました。
ここの子どもたちを見ていると、小さな孤児院で助け合って暮らしている子どもたちの姿と重なるのです。
あの子たちは元気でしょうか。リリーの手伝いをして仲良くしているでしょうか。ニックはみんなと打ち解けたでしょうか。
孤児院は戦火で燃えてしまいましたが、子どもたちは孤児院のあった場所の近くに急ごしらえの掘っ立て小屋を作って暮らしているようです。
帝国へ人質に行く前に孤児院の再建資金が建設業者に支払われるように手配してきたので、すぐに孤児院に戻れると思いますが心細い思いをしていることでしょう。側にいてやれないことがもどかしい。
そうしていると、ふと怒鳴り声が聞こえてきました。
「おい、出てこい!! 来てるってことは分かってるんだぞ!!」
「お、お父さんっ……!」
その怒鳴り声にコリンが真っ青になります。
どうやらコリンのお父さまのようですね。以前、子どもたちに畑作業させるなと怒鳴られたことがありました。
「マリス様……」
「コリン、心配しなくても大丈夫ですよ」
不安そうにするコリンに優しく言いました。
そしてコリンとエヴァンを背後に下がらせると私は男と対峙します。
男は相変わらずアルコールの臭いを撒き散らしていました。昼間から飲んでいたのですね、その姿を見るコリンがどういう気持ちになっているか知らずに。
「なにか御用でしょうか」
「なにが御用だ気取りやがって! 前にも言っただろ! 貴族の道楽で俺たちの生活をめちゃくちゃにすんじゃねぇ!!」
「あなたのいう生活とは、あなたのためだけの生活でしょう。コリンは明日、明後日、一週間後、一カ月後のみんなの暮らしを見つめているのです。この場所で一緒に苦楽をともにしている人たちの」
私は男に強い口調で言い返しました。
ここで引くことはしません。後ろには不安そうな顔をしている子どもたちがいる。守ってあげなければいけません。
「畑を手伝う気がないなら帰ってください。コリンをこれ以上悲しませないでください」
「ああ? 俺が自分のガキをどうしようと勝手だろ。てめぇこそ人のガキを
ひどい侮辱でした。
私は言い返そうとしましたが。
「――――マリスにそんなこと言うな!」
「エヴァン様!?」
殿下が私の前に飛び出してきました。
私の前で両手を広げると男を睨みつけます。
「なんだこのガキはっ。貴族の道楽で貴族のガキまで連れてきたのか。ここは見世物じゃねぇんだよっ。御貴族様は帰って茶会でもしてろ!」
「なんだとっ、お前のような勝手な大人は嫌いだ! 命令だ、あっちへ行け!」
「ガキが舐めやがって!」
男が拳を振り上げました。
アルコールの臭い。理不尽な暴言。歪んだ形相で振り上げられた拳。
――――ゴッ!
瞬間、頬に衝撃が走りました。
衝撃に私の体が吹っ飛びます。
殿下が殴られる寸前、咄嗟に飛び出して庇ったのです。
「マリス!!」
殿下の悲鳴のような声。
殿下が泣きそうな顔で私に駆け寄ってきます。
「マリスっ、マリス!」
殿下が私に抱きついて泣きながら名前を呼んでくれる。
よかった、ご無事なようですね。
「っ、う……」
大丈夫と慰めたいのに、呻き声しか出せません。
殴られた衝撃に頭がぐらぐらして、言葉がうまくでてこないのです。
「うわあああああん! マリス、マリス……!」
殿下、泣かないでください。
殴られるのは慣れているのです。
殴られそうになったら、素早く身を引いてダメージを軽くするのですよ。私は前世で何度もそうしているので上手なんです。
痛そうに見えるかもしれませんが、じつは痛くないのですよ。
だからどうか、もうそんな顔しないでください……。
どうか…………。
意識が急速に薄れていく。
大丈夫だと早く安心させたいのに、ごめんなさい、もう……意識が……。
殴られた衝撃で私の意志が強制的に落ちていきました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます