第18話 茂木

……そこには、自分がいた。





ずいぶん見ていなかった自分の姿だ。目は閉じている。皮膚は青く変色しており、特に唇は判別できないほどだった。


目の前で、自分が死んでいた。


涼介は声を出して泣いた。

なぜかはわからない。でも、もはや泣くこと以外はできなかった。



カ…… ……と、死体の目が開いた。

そして、涼介にこう言った。




「坂本龍馬はな、お前の年齢になるまでに成すべきことを成して、もう死んでるんだぞ」






 涼介のアパートの大家を務める茂木は、寝る支度を済ませていた。


灰谷さんはあの後どこに行ったのか気になってはいたが、幸い、あの後近所から苦情はこなかったから、大人しくしてるのではないだろうか。そうあってほしいと、願っていた。


 ぱりん、と、駐車場に面したリビングの方から音がして、誰かの叫び声がする。そして妻の悲鳴。


「どうしたの!?」


茂木がリビングに駆け込むと……


顔から血を流し、包丁を構えた涼介がリビングに立っていた。


「は……い……たに……さん?」


「お前えええ!!!! お前お前お前お前!! お前ええええ

 この嘘つきがあああああああ!!!!!!」


妻は混乱状態に陥っている。


茂木はなんとか妻を宥めた。


「落ち着きなさい! ……警察を呼んで。僕が話すから。いいね」


妻は泣きながら、リビングを出ていった。


「灰谷さん。落ち着こう? ね」


「俺はな……工場の地下にいったんだぞ……この大嘘つきめ!!!」


「工場の地下? あの工場のことかい?地下室なんてないよ!」


「こ……の……人でなしがあ!!! 人でなし! 人でなし! 人でなし! 人でなし!!

 人でなしめええええええええ!!!!!」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る