第15話 Echoed in the well's of silence1
涼介は工場の2mはあるフェンスをよじ登った。
フェンスを登り切り、フェンスを跨ぎ、降りようとしたが視界が悪く、途中で足を踏み外して尻から地面に落ちた。
「……ってええ……」
フェンスに顔と、指と、爪を引っ掛けて怪我をしてしまった。手からは出血している。
涼介は部族の弓矢で射抜かれた鹿のようによろよろ立ち上がり、しかし目は狩人の闘争心を失ってはいなかった。
確かめなくては。自分が調べたことが正しかったことを、なんとしても確かめなくては。
工場一階の窓には鉄格子が嵌められていないことは知っている。
足元を、成長しきった雑草が生き物のように絡まる。夜道に雑草の中を進むのがこれほど困難とは思わなかった。
一歩、一歩、真実に向かって進んでいく。
そして工場一階の、窓ガラスが割れている部分にたどり着いた。いざ侵入するならここからと、何ヶ月も前から決めていた。
手を伸ばし、内側から鍵を開ける。鍵は開いていた。
涼介は工場の中に侵入した。あたりは、胸を悪くするような埃とカビの匂いで充満していた。そして暗い。暗黒より暗い。
1m先、いや、数センチ先さえ見ることがままならない。目と喉が痛いのは、埃とカビのせいかもしれない。
スマートフォンの明かりを頼ろうとしが、家に置いてきてしまったので、目を慣らす以外の選択肢がない。
しかし不思議と、恐怖心はなかった。痛みで感情がおかしくなってるのかも知れないが、恐怖心をも越える使命感があったからだ。
どうやらここは1階の廊下のようだ。歩くたびに膝と腰と、手と顔が痛い。どうやら顔からも出血しているようだ。
聞こえるのは、自分の虚しい呼吸の音のみ。少しづつ、少しづつ進んでいくと、足元に違和感を覚えたその刹那、涼介の体は横になっていた。どうやら瓦礫につまずいたようだ。
「痛ええ……」
涼介は横になりながらも手で地面を探り、先ほどからずっと握っている包丁を掴んだ。
何かあった時、身を衛るすべはこれしか期待できない。
足を引きずり、壁で体重を支えながら、1mを20秒はかけながら進んだ。
そのうちに、段々と目が慣れてきた。道中の扉には鍵がかかっていた。
おそらくこの扉から作業室に行けるはずだ。管理室を見つけて、スペアキーが残ってる可能性に賭けるしかない。
……ホームレスが住んでいたというのはあながち嘘ではないのかも知れない。
地面に、カップラーメンと、スーパーの惣菜のゴミが落ちているのを見つけた。
自分が入ってきた割れた窓ガラスは、ホームレスが割ったのかも知れない……。
このような生活の跡を見つけると、突然何かと鉢合わせてしまいそうな予感がしてきた。
……しかし工場からする音は何もなく、水の抜かれた水族館よろしく、しん。としていた。
壁に残されたポスターには、やれ事故発生ゼロだの、指差し確認だの、工場然とした文句が書いてあった。
管理室を見つけなければならない。その前に、この工場の地図はないだろうか。
工場に入って何分経過しただろう。大家がうちに来たのは確かに7時前だった。今は7時半か? もっと経ってるだろうか?
10時を過ぎたら、「奴ら」が来るかも知れない。
廊下の角を曲がったら、広いフロアに出た。
涼介は曲がった先にあるのは正面ロビーだと思ったが、想像とは異なりそこには階段があった。そうだった。2階があったんだこの工場は。
ここに階段があるとすれば廊下の反対側に行けば正面ロビーかも知れない。
2階にはおそらく用はないない。引き返そう、と思った時に、違和感を感じた。
……下り階段がある。
地下室? この工場に地下室?自家発電機でもあるのだろうか?
それとも……?
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