第14話 門限


 涼介はドアを睨み、やはり動かなかった。敵を睨む顔になっていた。しばらくしたらまた、インターホンの音、そしてドアをノックする音が続いた。


ついに、「奴ら」がここまできたかのか?


涼介は時間を確認した。午後6時45分。「門限」まではまだ2時間ある。


涼介は部屋の中に自分がいることを気取られないように、音を立てず立ち上がり、武器になりそうなものを探した。

しかし目ぼしいものが見当たらない。どうする、窓から逃げるか?

迷ってるうちに3度目のインターホンがなった。そしてドアのノック音。どうやら部屋に自分がいることはバレてると思っていいだろう。

心拍数が上がる。呼吸が浅くなり口の中が乾いていく。

涼介はドアを睨みつづけた。それくらいしか、涼介にはできなかった。


「灰谷さんー?」


ドアの向こうから声がする。聞き覚えのある声だ。またコン、コンとドアをノックする音が響いた。


「灰谷さんー? 大家の茂木ですー」


大家?大家がなんの用だ。そして涼介はキッチンに包丁が一個あるのを思い出した。

実家から持ってきたものですでに切れ味などないにも等しいが、身を守るには事足りるかも知れない。音を立てず、キッチンで包丁を探す。あった。


「灰谷さんー? ちょっといいですかー? 大家の茂木ですー」


音を立てず、涼介はドアの覗き口から外を見た。どうやら、大家一人で間違いなさそうだった。

涼介は包丁を持った手を背中に隠し、そっとドアを開けた。



「あ、灰谷さん?こんばんは。大家の茂木です」


「…… なんですか?」


「灰谷さんね、言いにくいけどそのー……最近この辺り出歩いてるでしょ?」


灰谷は緊張して思わず包丁を握る力が強くなり、肩が少し持ち上がった。呼吸が荒くなる。


「……それが何か?」


「いやね? ここの住民の他の人がさあ、気になるって私に言うんだよね?

 なんでも灰谷さんがものすごい顔してこの辺り何時間も何時間も歩き回ってるって言うからさ。なんかね? 怖いんだってさ。」


……白々しい。警告のつもりか?


「私は別に灰谷さんをどうこうしようとは思ってないんだよ?どうせあれだよね?散歩だよね?

 でもこんなご時世だからさ。みんなね?怖いんだって。

 それで私様子を観にこようと思って。変な話ほら。万が一灰谷さんが健忘症でも患ってらしたら、一人暮らしだし大変だと思ってさあ。」


敵は油断させようとしてるのかも知れない。涼介は、自分は無力ではないことを示そうと思った。

それで相手がどんな反応を示すか、試してみようと思った。


「でも、門限は守ってますよ?」


「え?なに?……門限?」


「ここのアパートの門限です」


「……ああ。ああ。あれね。ははは」


「守らないと、連れてかれちゃうわけでしょ?」


「え? どこに?」


「そこの工場ですよ」


どうだみたか。俺は全部知ってるぞ。この工場で何が行われてるかも、お前が奴らの仲間なのも。


「工場?そこの?……え、どうして?」


「僕ね、調べたんですそこの工場のこと。隠さなくていいですよ全部知ってるんで。

 ヒューマニテクス・エコマネージメントセンターなんてよくそんな名前つけて騙そうとしましたね。

 本当は処分場なんでしょ?」


「えーと、ごめんなさいねよく解らないけど。とりあえずそこの工場ね、誰も使ってないんだよ」

「…… はい?」


「今は廃工場なの。この辺りがまだ梅田だった頃だからだいぶ前だな。倒産しちゃってね。新しい買い手がつかないから手付かずなんだけど」


「……誰も使ってない?」


「まあ、不気味な工場だよね。私も区長に早く撤去しろって言ってるんだよね」


「嘘だ! 不動産屋に言われたんです!工場から騒音がするって!」


「あー、それね。まあ人知れず倒産しちゃったのもあるけど……私も当時の区長に倒産のこと偶然聞いて知ったんだよね。

 実は何年か前にね、ホームレスがここに住み着いちゃってさ。それでここの前の大家さんが怒っちゃって。

 毎日怒鳴り込みにいってたらしいんだね。『出てけ!』って。それで毎晩毎晩大声で大家さんとホームレスが喧嘩しちゃって。

 そのことじゃないかな。

 9時過ぎに外に人がいるとホームレスと間違えて大家さん怒鳴っちゃうから。だから門限がついたんだよね。

 あと不動産もいい加減なとこ多いからね。特にここのはね・・・ひどいって聞くよ。社員もすぐ辞めちゃうみたいだし」

「…… ……」

「……あ、そのことでもしかして不安にさせっちゃったのかな? ……ごめんなさいねちゃんと説明が足りてなかったみたいで」


「嘘だ」


「いやいや。本当本当。私ね、区長と仲良いいのよ」

「嘘だ!」


「あ、ちょっと灰谷さん!?」


嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。

嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。


涼介はそのままの格好で工場まで走った。すでに日は暮れており、街灯が頼りなく点々と灯っていた。




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