第12話 証拠

 相川のマンションにつき、涼介をリビングに上げると、涼介は一言も言わずにコンセントを探して当たり前のような手つきで自分のスマートフォンを充電した。


靴下には穴が空いているが、もはや穴が空いていてくれてた方が自然に思えるみなりだった。


妻と娘が帰ってくるまでに掃除をしなくてはならない……。


「悪いな。巻き込んじゃって」


涼介の顔はとても冗談を言っているようには見えなかった。一体自分はいつの間に、何に巻き込まれたというのか。

涼介はリュックをあさり、クリアファイルを取り出した。


「見てくれ」


テーブルの上に広げられたのは、文章が書かれたA4用紙2枚。

おそらくインターネットのサイトから印刷したものに、涼介が後からペンで色々書き足したと思われるものだ。

それぞれ、「WHO役員失踪事件の真実」「左翼下部組織、『七曜社』の実態!?」という見出しがついている。

「…… これは?」


「この数日で探し当てた。なんとか2団体まで絞り込んだよ。これが『敵』の正体だ」


「なんだよ、敵って」


「黙って読めよ」


相川が、WHO役員失踪事件の真実という資料に目を通すと、『ノックス・カンパニー』『エドワード・ノックス』という名詞に手書きの丸が付けられている。

エドワード・ノックスに至っては、グルグルと力を込めてペンで囲った形跡がある。


「そいつは感染症ワクチンの開発をおこなってる『ノックス・カンパニー』のCEO、通称『カンゴルー・エディー』だ。

 アメリカの政界、財界、そして日本の与党とも太いパイプを持つ野心家のユダヤ系アメリカ人でな。

 『エディーと商談するときは気をつけろ。一度エディーのポケットに入れられたら匂いが染み付いて離れないぞ』と言われている」


「だから『カンゴルー・エディー』なのか?」


「そんなことはどうでもいい。問題なのは、この『ノックス・カンパニー』が日本のワクチン産業に介入したがってるという話だ。

 しかしそれにはどうしても邪魔な人物がいた。日本に違う製薬会社を売り込んでるやつだ。それがこのー

 WHO役員のクリス・マウロー氏だ。被害に遭ったのはマウロー氏だけじゃない。米製薬会社役員、エディーと関わったとされるジャーナリスト達が次々と失踪している」


「待て、待ってくれよ。急にそんなこと話されてもだな……お前は何と戦ってるんだ?」


「三ヶ月前、自宅の向かいの工場に『人間』が運ばれていくのを見た。それも深夜にだぞ?おそらくこいつらが『処分』した現場に鉢合わせたんだ」


「……なんで日本の、練馬……じゃ無かった足立区でわざわざ外国人を処分するんだ?」

「日本だからさ! 外国人を処分するなら足がつきにくい。だからノックスカンパニーは『梅田化学工場』を買収したんだ。

 工場の正体はこの組織の処分場だったと考えれば普段は誰も出入りしてないのにも辻褄が合う。

 しかも足立区だ。羽田と成田のだいたい中間くらいだろ。東京湾だって近い!」


「旅客機が死体を運ぶかね?」


「プライベートジェットくらい持ってるだろ。それか標的を日本に接待して、日本で殺すのかもしれない」


「うん、そうだとしてだよ? その失踪事件と、エディーが関わってる根拠はなんだ?」


「インターネットさ。少し調べれば山のように出てくる」


「……お前な、言いずらいが……」

「黙って聞けよまだ俺が喋ってるんだから!!! ……(舌打ち)。俺が初めてそのバンから工場に人が入るのを見たとき、『こいつら妙にでかいな』と直感で思った。

 つまりあのとき俺が見たのは外国人だった可能性が高い。証拠ならまだある」


涼介は充電中のスマートフォンを手に取り、録画した動画を再生した。


「三ヶ月張り込んで、ついに掴んだんだ」


それは3分程度の動画で、おそらく涼介の部屋から外を録画したものだと思われる・・・が、画面が暗すぎて何も見えない。

そして、画面に何も映らないまま3分が経過してしまった。


「……何か映ってたか?」


「違う。音だ」


「音?」


「……ここだ。よくきけ」


涼介が再び動画を再生した。

……画面外から、言われれば確かに男性の声がする程度のものだった。それもたった一言だ。

「聞こえたか?」


「一瞬な。『ドゥー』? だか……『ダウ』……って言ってるのか?」


「『ダム』だ。ヘブライ語で『血』を意味する。ユダヤ人が使う言葉だ」


「ああ……そう……」


突然、涼介はリュックの中のものをテーブルに広げた。

汚れた手袋、何かのプラスチックの破片、錆びて劣化したボルト、石、いつのものか解らない週刊誌、そのようなもの達だ。相川には、全てゴミに見えた。


「おいおいおいおい!! なんだよ!!」


「……これだ。みろ」


涼介は、瓦礫の山から汚れた紐を取り出した。長い間雨曝しになってたのかシミがついていて、元の色がわからない。


「靴紐か?それ」


「そうだ靴紐だ。アメリカの『オールデンズ』というメーカーの革靴のな。工場の裏で見つけた」


「靴紐でわかるのか?」


「少し調べればわかる。特徴があるんだ」


相川は、瓦礫の山の中から、10センチ四方の紙切れを取り出した。

触った瞬間、ベトベトした感触がして、相川は思わず手か振り落とし、床に落ちたそれを慌てて拾った。

紙には、青い五芒星の上から、赤い一の文字が書き加えてある見たことない図形と、その図形を上下に挟む言葉が書いてあった。

「くわえる、じつ、こ? ……救済、逃げる……滅びる……?」


「『如実了、知者救済、迷者滅亡』と書いてある。『知るものは救われ、迷うものは滅ぶ』という意味だと思う。それは別の証拠だ。こっちの……」


涼介は、「左翼下部組織、『七曜社』の実態!?」という記事を印刷したA4用紙を取り出した。


「お前が今持ってるそのシールは工場から200m圏内の電柱に貼ってあったものだ。

 日本では年間8万人近くが行方不明事件に巻き込まれている。そのうちの7割にはこの『七曜社』という組織が関係していると言われている。

 七曜社とはただの左翼の下部組織ではなくてな、『光明真教』という宗教団体と強い関わりがあると俺は見てる。これを見てくれ」


涼介は、クリアファイルから、画像を印刷した紙を数枚取り出した。お坊さんと、スーツを着た男達合計5人の姿が映っている。


「こいつが光明真教の教祖、如光大師だ。こっちが在中日本大使館の人間。それでこいつは左翼の大物、そしてこいつは日本共産党員だ。……だとしたら、こいつは誰だ?」

「さあ?」

「あと、これだ。これをみろ」

そう言って涼介が取り出したものには、何か撮影したものを最大限まで拡大コピーした画像だった。

「……何かの建物か?」

「光明真教の本部だ。ここをみろ。『如実了、真理顕現、道を求めよ』と書いてある!

 そして五芒星は中国の国旗に採用されてるくらいだ。こいつらが左翼の組織と関わりがあっても不思議じゃない。

 それだけじゃない。この工場の名前は『梅田化学工場』だ。

 共産党の足立区地域委員会はどこにあると思う?

 足立区梅島だ! 梅島、梅田! こんな偶然があるか!? この工場は左翼の持ち物の可能性が高い!

 ここだけの話だが……俺はこの工場周辺の人間はみんな『光明真教』の信者だと思ってる!」


続いて涼介は、ゴミの山からもう一枚シールを取り出した。やはり10センチ四方の白地に、似たような図形に、似たような文言が書かれていた。


「これはな……東京都の行方不明事件の現場に行った時、現場の近くの電柱に貼ってあったのをとってきた。それと……これだ。これをみろ!」


涼介が取り出したのは、似たようなデザインの、また別のシールだ。 おそらく若者の間で流行ってるのだろうと相川は思った。


「山本が事件を起こした歌舞伎町の電信柱に貼ってあった」


「うん。それで?」


「それとこっちだ……」


次に涼介が取り出したのは、汚れたキーホルダー、それと鉄製の黒い「ボルト」だった。


「それが?」


「覚えがないか? 山本の鞄にくっついてたやつに似てないか!?」


言われてみれば、そのような気もする程度のものだった。


「落としたんじゃねえの?」


「これは歌舞伎町に落ちてたんじゃない。川崎市、神奈川県道六号線に二つとも落ちてた」


「なんでわざわざ、そんなとこ行ったんだよ……」


「行方不明事件があるところには、七曜社のシールがもれなく貼ってある。俺は一個一個調査して周ったんだ」


「何やってんだお前……」


「それとこのボルトも同じ場所に落ちてた。見覚えあるだろう!俺等が働いてた工場で使ってたやつだよ!」


「いやいやいやそうとは限らんだろうが……」


「いいや言い切れるね! 根拠がある! この黒いボルト……黒いのはなんでか知ってるか?JIS規格をクリアしてないのを隠蔽するためだ。

 これはいわば海外のパチモンだ。材料費をケチってこんな違法ボルトを使ってるのは、ウチくらいだろう!」


「じゃあ、わかったよ。そうだとして?一体なんだってんだ?」


「山本だよ!! あいつも七曜社の一員だったんだ!! あいつが逮捕された時、おかしいと思わなかったか!?

 キャバ嬢だの、違法薬物だの、あいつと関係があると思えない! そうだろ!?

 きっと……政府が事実を隠したんだ」 




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