☆ ほろ苦いショコラを、あなたに

 バレンタイン特設売り場には、鮮やかなピンクや金色のハートが踊る。

 みんな楽しそうにチョコを選んでいて、幸せな気持ちやドキドキ感で私までわくわくしてくる。


 自分へのごほうび用以外にチョコを選ぶのは、かなりひさしぶり。


「どうしようかな……」


 会社でまとめて義理チョコを贈るらしく、その購入を任されちゃったんだよね。

 わりと最近まで、裏で魔法少女をやりつつ社会人をしていて早退ばかりだったからな〜。


 お金こそ出していたけど、買い出し役は初めてだ。


 例年何を買っていたのか、もっと見ておけばよかったな。

 個包装されていて、ほどほどの大きさで、予算内? キラキラしたショーケースに並ぶチョコたちをひとつひとつ確認していく。


 せっかくだから、自分にも買おうかな。あと……、二ノ宮くんにも。


 まだ大失恋をしたと誤解しているのか、報告の日からずっと気を使ってくれてる。

 市場調査しごとの手伝いに限らず、気晴らしに誘ってくれることが増えた。


 結局、予定が合わないことがほとんどだけど、会うと一生懸命、元気づけようとしてくれる。

 

 恋愛対象としてじゃないのは、ちゃんとわかってる。だって、もしそうなら恋の応援なんてしないよね?


 いつも優しい二ノ宮くんが余計に優しくて。かけてくれる言葉を甘く感じてしまって。


 すぐに、『ぽぽんっ』と魔法の小さな花が出てきてしまうから、隠すのも大変だ。

 隠そうとすればするほど不自然になって、変に思われていそう。

 こんなに魔法がもれることなんてなかったのに。意外と失恋がこたえているのかな〜?


 ちゃんと切り替えてもとの調子に戻さないと、普通に出かけるにも困っちゃうよ……!

 きっと、私が変だから二ノ宮くんも、いつまでも気にしちゃうんだよね? ヘタに相談なんかして、悪いことしちゃったな〜。


 せっかくだから、バレンタインに便乗してお礼に何か渡そう。


 だけど、二ノ宮くん。

 普段から市場調査を欠かさないくらい、仕事熱心だから。めぼしいものは自分で買っているかもしれない。

 ほかの子からも貰うだろうし、私からのチョコなんていらないかも。


『欲しい?』って聞いてみればよかったかな? 余計に気を使わせちゃうかな?


 ちらっとよぎるのは、接客担当の子との楽しそうな姿。明るい髪色のショートヘアが似合う美人さんで、この前もショーウィンドウで仲良く、照れたように話してた。


 微笑ましい、としか思わない……はずなのに。どこか、ちくちくと心に引っかかる。

 義理でもチョコなんか渡したら迷惑かな?


 コーヒー豆とか、茶葉とか。いっそのことパスタソースとかのほうがよいのかも……?


 会社用のチョコを探して売り場を一周するうちに、ハイカカオのチョコのブランドに目がいった。

 カカオマスにこだわったメーカーで、タブレット型の板チョコがいくつも並んでいる。


 宝石みたいな売り場の中で、無骨な板チョコは逆に目を引いた。

 期間限定らしい小さなタブレットの詰め合わせは、産地の違うハイカカオのチョコをいくつか並べて包装してあって、味比べにもよさそう。


 これくらいなら、義理であげても問題ないよね……?


 別のものを買いなおして、チョコは自分で食べてもいいんだし!







 バレンタイン当日――は申し訳ないし、前日の木曜日。お互いに出勤だから、仕事終わりに、お店まで行って渡させてもらうことにした。

 ここの飾り付けもすっかりバレンタイン仕様。

 閉店時間が過ぎて、もうお客さんが入らないよう店舗の電気は落としてある。けれど、店の前のイルミネーションはまだぴかぴか光ってる。


「お仕事中にごめんね」

「ううん。もう片付けだけだから」


 コートを羽織った二ノ宮くんが白い息を吐きながら、嬉しそうに笑う。

 忙しそう。私も残業で遅くなっちゃったのに、これからまだお仕事なんて大変だ。


「あのね、これ、いつものお礼。受け取ってくれる?」


 街灯とイルミネーションの光が、差し出した紙袋に反射する。

 二ノ宮くんが、紙袋とこちらを交互に見る。困らせちゃったかな?


「おれ、に……?」

「色々迷ってチョコにしたけど、いらなければ――」

「いる!」


 言葉と同時に袋を受け取る勢いに『他のものを選ぶよ』という言葉を飲み込んだ。


「だいじに食べる。……いや、食べられないかも、飾る。うん。だいじに飾る!」

「……あはは! ちゃんと食べてね」


 予想以上に喜んでくれて、なんだか、とてもほっとした。


「野乃花さんから、チョコ……」


 こんなに喜んでくれるならもっと豪華なのを買えばよかったかな?

 二ノ宮くんが小さな紙袋を嬉しそうにみつめてる。


「売り場をみにいったら、ちょうど良いのがあって。カカオマスの配合からこだわっているらしいし、日持ちもするし二ノ宮くんにいいかな〜、って」


 なんだか気まずくて、言葉を連ねていく。

 ほっとしたはずなのに。どうして。


 あはは、と誤魔化すと、二ノ宮くんが柔らかく微笑んだ。


「すごく、嬉しい」


 その瞬間、きゅんと胸が高鳴って、『ぽぽんっ』と魔法の花が舞った。


「え?」


 言葉が漏れたのは同時だった。二ノ宮くんと顔を見合わせる。


「これは……手品……! 手品、なの……!」

「うん……? 綺麗だね?」


 二ノ宮くんが、首を傾げる。

 どうして、私――?


「ごめん、帰るね! 時間をとってくれてありがとう」


 巻き込む覚悟なんてできてないのに。

 しっかり考えてから、恋をしたいのに。


 ちゃんと守れるか、とか。ずっと一緒にいられるか、とか。

 ……私のせいで、不幸にしちゃわないか、とか。


 話して信じてもらえるか、とか。秘密を話して後悔しないか、とか。


「野乃花さん……?」


 ……やっぱり、ダメだよ。


 こんな話、二ノ宮くんにしたくない。

 魔法なんて知らないまま、平和に過ごしてほしい。


「何かあった?」


 心配そうに眉が下がってる。


 憧れるだけの恋は甘くて、ドキドキして。幸せなだけだったのに。

 苦しくて、胸の奥がぎゅっとする。


「ううん。なんでもない。お仕事中に悪いな〜って。

 バイバイ、二ノ宮くん」


「う、うん。野乃花さん、またね。

 これ、ありがとう」


 にっこり笑って、小さく手を振った。踵を返して、足早に最寄り駅を目指す。

 電車の音が聞こえてくるあたりまできて、足が止まる。


 どうしよう。


 私、二ノ宮くんのこと、……好きになっちゃってるのかも。

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